第13話 キス

 キスしたい、キスしたい、キスしたい。


 俺、うずくまる彼女の隣に座った。

 スノーホワイトちゃん。

 色白の綺麗な肌。

 全てが目の肥やしである。


「アイツ、東京に行くんだってさ」

 と俺は言った。

 アイツって誰だよ?

 それに異世界で東京って言っても伝らねぇ。


 でもこういう時って、「アイツ、東京に行くんだってさ」っていうセリフなんだよ。

 そういうセリフがピッタリと合うような気がするんだよ。


「私、無理」

 と彼女が呟いた。


 スノーホワイトちゃんが何を無理、と言っているのか俺には分からない。

 キスを無理、と言っているんだろうか?

 そんな訳がない。

 これは試練なのだ。

 俺だってキスがしたくてしたい、って訳じゃないんだ。試練だから仕方なくしなくてはいけないのだ。


「俺、スノーホワイトちゃんの事を幸せにする」

 と俺は言った。


「いや」

 と彼女は言って、顔を上げた。

 彼女の表情が化け物を見るような目をしていた。


「スノーホワイトちゃんって、そんな顔だっけ?」

 と俺は彼女の顔をマジマジ見ながら尋ねた。


 化け物を見るような目で俺の事を見る彼女は、まったくの別人のように見えたのだ。


「えっ? そんな事ない。私、ずっとこの顔だよ」

 と彼女が急に焦り出す。


「えっ、でも、そんな顔じゃなかったような気がする」


「違う。私は、こんな顔」

 と彼女が言う。


「そんな顔のスノーホワイトちゃんを見た事がない。まるで別人みたい」

 と俺は言った。

 そもそも昨日出会ったばかりだからスノーホワイトちゃんの色んな表情を見た事がないのだ。


「別人じゃない」

 と彼女が叫んだ。


 別人みたい、って言っただけじゃん。

 そんなに叫ばなくても。


「普段のスノーホワイトちゃんならキスぐらいしてくれるのに」

 と俺は言った。

 いや、一度もしてもらった事ないし、そもそも昨日初めて会ったばっかりなのである。


「わかった」と彼女が言った。「キスする」


「えっ、マジで? いいの?」

 と俺は喜んで尋ねた。


「その代わり、ヘンゼル君が目を瞑って」


「わかった」

 と俺は頷く。


「早く、目を瞑って」

 とスノーホワイトが言う。


「目が開いてるように見えるだろう。瞑ってるんだぜ」


「嘘じゃん。早く瞑ってよ」


 俺はゆっくりと目を瞑る。でも薄目で彼女を見た。


 スノーホワイトは、ゆっくりと俺に近づいて来る。


 そして俺の頬に、チュッとした。


 頬に?


「終わったよ」

 とスノーホワイトが言った。


「これはノーカンだ。頬はキスじゃねぇ。キスっていうのは、口の中の柔らかいモノと柔らかいモノが重なり合う事をキスというんだ」

 と俺が言った。


 いや、と彼女が言って、立ち上がった。


「俺が本当のキスを見せてやるよ」

 と俺は言って、逃げて行く彼女を追いかけた。


 彼女は扉を開けて、次の試練に入って行く。

 なぜだ。なぜ頬にチューで試練の扉が開いてしまうんだよ。

 こんなの、全然試練でも何でもねぇー。

 次の部屋にはベッドが置かれていた。


 次の試練は『69』と書かれていた。

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