第6話 はい、死にました

 俺の中の大賢者が計算を開始する。

 煉獄の魔女とは戦いたくない。

 それにコイツ等に日和ったとも思われたくない。日和ったというのはビビる、という意味である。ラスボスで魔王で勇者で大賢者で、なんだったら天才でカリスマの俺様が1人の魔女相手にビビる訳にはいかないのだ。


 それに可憐なスノーホワイトにカッコいいところを見せたい。

 この全てを可能にする方法はないのか?


 俺の頭の中に色んな情報と数式が流れる。

 俺、数学苦手だから、きっと頭の中で流れている数式は間違ったモノである。



 そして答えを導き出した。

 もう少しで担任の先生がやって来る。そろそろ授業の開始時間である。「君達、教室に戻りなさい」となるだろう。

 決闘を先生に止めてもらったらいいのだ。

 つまり今すぐ学生証を奪いに行って、先生に決闘を止めてもらう。

 

 だけど煉獄の魔女の教室はわからない。

 校庭から叫んで煉獄の魔女を呼び出す。

 煉獄の魔女が来なければそれでいい。むしろそれがいい。アイツ俺にビビっちゃって来なかったよ、と言えるのだから。

 煉獄の魔女が来た場合でも、先生に止めてもらえばいいのだ。

 これで学生証を奪われた彼等も納得するだろう。

 カッコいい俺をスノーホワイトに見せつけることもできるだろう。

 

「今すぐ取り返して来る」

 と俺は言って、怒った演技をしつつ校庭に向かった。

 演技プランは舎弟の学生証を奪われて怒り狂った兄貴分、ってところである。


 


 校庭に出ると小屋の窓から、みんなが見える位置に立った。


「煉獄の魔女!」

 と俺は校舎に向かって叫んだ。

 校舎はイギリスのお城のような建造物である。

 俺達の学舎だけが公衆便所みたいな建造物だった。


「俺の友の学生証を返せ!」

 と俺が叫ぶ。

 お前等の学生証は必ず取り返してやるかなら、と俺は思う。そういう演技プランである。

 俺が煉獄の魔女から学生証を取り戻せる訳がねぇー。


「俺にビビっているのか? だから俺以外から学生証を取るのか?」

 と俺は言う。

 謎理論である。

 なぜ俺にビビる? ビビる訳がない。こっちが煉獄の魔女にビビっている。


「俺が怖いから、弱い奴等から学生証を奪うのか?」

 と俺が叫ぶ。


 俺の叫び声に気づいて、チラホラと校舎からコチラを見る学生達が現れた。


「学生証をかけて決闘をしよう」

 と俺が叫ぶ。

 どうか現れないでください、と俺は願う。

 現れなかったら、それでいいのだ。

 戦わないことがベストなのだ。


「日和りやがって。天才魔女姉妹の名前もハッタリなんだろう? 煉獄の魔女。お前はただの弱い者イジめのしょーもない奴なんだ。俺の事が怖くて顔も見せねぇーじゃねぇーか。俺はお前みたいな弱い者イジメする奴が嫌いなんだよ。そしてお前は言うんだろうな、イジメられている方も悪い。そんな事はねぇーんだよ。絶対にそんな事はねぇーんだよ。もし仮にイジメられている方も悪かったとしても無視すればいいだけじゃねぇーか。攻撃する方が悪いに決まっているだろう。お前みたいなしょーもないイジメっ子は俺が倒してやるよ。でもお前みたいな奴は強い奴に立ち向かえないもんな。だから俺の前に現れない。しょーもないぜ、煉獄の魔女」

 と俺が叫ぶ。


 ついムキになって喋ってしまった。

 前世の記憶が混じって、イジメっ子に対しての憎悪が溢れ出してしまった。


「煉獄の魔女は俺にビビって現れやしねぇ」

 と俺は言った。

 みんながいる公衆便所みたいな教室に戻ろうとした。


「おい」

 と声が聞こえた。

 その声は明らかにキレている。


 声がした方を振り返るのが嫌だった。

 だけど覚悟を決めるしかない。

 そろそろ担任の先生がやって来て決闘を止めてくれるはずだった。


 俺は声がした方を振り返った。

 そこにいたのは野菜戦士のようにメラメラと燃え上がった煉獄の魔女がいた。


「誰がビビってるって?」

 と煉獄の魔女が静かに尋ねた。


 イヤーーーーーーーーー。

 危うく絶叫しかけた。

 本当はビビリすぎて声も出ない。


 担任の先生が来るまで、もう少し。

 戦うまでの時間を引き延ばさないといけない。

 がんばれ俺。



「来たか」と俺は呟き、不敵に笑った。

 不敵に笑うっていうのも、戦うのが楽しみで仕方がねぇー、みたいな感じにしております。

「来ると思ってたぜ」と俺は言った。

 来ないでくれ、と願ってたぜ。


「お前、俺の友達の学生証を奪ったらしいな?」

 と俺は尋ねた。


「友達?」

 と煉獄の魔女が尋ねた。


「獣人とドワーフ」と俺が言う。


「あぁ、雑魚共か」

 と煉獄の魔女が呟く。

 冷静の口調だけど、彼女が怒っているのは伝わる。


「学生証を返してもらおうか?」

 と俺は言った。


「そんな雑魚共の学生証なんて、いくらでも返してやる」

 と煉獄の魔女が言う。


 それじゃあ決闘せずに返してくれませんか?


「ただしお前が決闘で勝ったらな」と煉獄の魔女が言う。


 ですよね。

 でも、もう少しで先生がやって来る。

 もう少し引きのばさなくちゃ。


「俺に勝てると思ってるのか?」

 と挑発する。


 早く先生来い。


「私が勝ったらお前の学生証は統合せずにビリビリに破ってから燃やす」

 と煉獄の魔女が言う。


「学生証を燃やされた場合はどうなるだ?」

 と俺は尋ねた。


「もう2度と学校では魔力は使えない」

 と脅すように煉獄の魔女が言う。


 ククククク、と俺は笑う。

 そもそも俺は魔力を持っていない。

 意味がないことを彼女はしようとしているのだ。

 しかも学生証を燃やされたから魔力は使えません、と言い訳もできるようになるのだ。俺にとって学生証を燃やされるのはプラスだった。


「なにが面白い?」

 と煉獄の魔女が尋ねた。


「面白いに決まっているだろう」と俺が言う。

 彼女の脅しは、俺には何の意味も無いんだから。

「決闘せずにお前に学生証を渡したいぐらい、面白いわ」

 と俺が言う。


 心の底から決闘はしたくなかった。

 怪我はしたくない。

 だから決闘せずに学生証を渡したい、というのが本音である。


「そうか」と煉獄の魔女が言った。「お前は決闘で半殺しにしてやるよ」


 なんでそうなるの? 

 決闘せずに学生証を渡す、って言ってるじゃん。

 早く先生来い、と俺は願った。


 30代で髭を生やした男性がコチラに向かって来るのが見えた。あの方は学生じゃない。つまり決闘を止めに来てくれた先生様である。


 俺はニヤリと笑った。

「お前に俺が半殺しにできるのか? お前の炎なんて、オシッコで消してやるよ」

 と俺は言った。

 

 センセー、こっちです。授業が始まりそうなので決闘を早く止めてください。


 30代で髭を生やした男性がコチラに近づいて来る。


「話は聞かせてもらった」と男性が言った。


 やったー。計画は成功である。先生様が決闘を止めに入って来てくれた。

 校舎を見ると学生達が観客になっている。

 すまんな、みんな大注目だけど先生が止めに入ったから決闘は行われない。


「私が立会人をしよう」

 と30代の男性が言った。

 

 えっ? 聞き間違い?


 このおっさん何て言った?


 ワタシがタチアイニンをしよう?


 お前が言うのは「君達、教室に戻りなさい」じゃねぇーのか?


 このおっさんは何を言っちゃてるんだ?

 訳がわからん。


「ヘンゼル、がんばれ」と後ろからアブーの声が聞こえた。

 後ろを振り返ると、公衆便所みたいな教室の窓から彼女が応援をしている。

 3人のドワーフ達も俺の事を見ていた。

 スノーホワイトも俺の事を心配そうに見ていた。


 いや、戦う気ないよ?


「まず、お互いに学生証を見せ合いなさい」

 と立会人の先生が言った。


 煉獄の魔女の内ポケットから学生証が飛び出し、宙に浮いた。

 そしてパラパラとページが開き、顔写真があるページを開く。

 自分の学生証があるのを証明しているのだろう。


「早く君も出しなさい」


 えっ、嫌ですが。

 負けでいいです、と言いそうになった。


「頑張って」と小さい声が聞こえた。

 スノーホワイトの美しい声である。

 俺は公衆便所みたいな教室に振り返った。

 スノーホワイトが両手を握り、祈りのポーズでコチラを見つめていた。


 俺は内ポケットに入れていた学生証を取り出す。

 そして顔写真のページを開く。


「コレが俺の学生証だ。奪えるモノなら奪ってみろ」

 と俺が言う。


「決闘の宣誓は知っているか?」と立会人が尋ねた。


「知らねぇーよ、そんなの」と俺が言う。


「学生証の1ページ目を開けなさい」と立会人が言った。


 俺は学生証の1ページ目を開ける。


「私が宣誓と言ったら、それを読みなさい」


 そして3秒ぐらいの間を開けてから、

「宣誓」と立会人が言った。


 俺は学生書に書かれた文言を読む。

「「魔法使いの栄光と繁栄のために、決闘に合意して学生証をかけて戦う事を誓います」」


 煉獄の魔女も、俺と同じタイミングで宣誓を声にしていた。

 彼女は宣誓を覚えているらしく、学生証を見ていなかった。


「学生証を内ポケットへ」と立会人の先生が言った。


 ココに学生証を入れてますよ、という事を相手にわからせているんだろう。

 

 内ポケットに学生証を仕舞うと、魔力の無い俺は杖と料理本をギュッと握りしめた。

 煉獄の魔女が、俺の事を睨んでいる。


 

 はい、死にました。

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