第2話 敵との出会い

 アブーが背負っているリックが大きすぎて馬車に入れない、っていう珍事件があったけど、どうにか押し込んで馬車に乗り込んだ。


 馬車は日本でいうところのタクシーみたいなモンである。こんな何も無い村でも馬車乗り場があって、1台だけ馬車が稼働していた。


 馬車を轢くのは馬じゃなくて大きな黄色い鳥である。ダチョウっぽいっていうか、王道ファンタジーゲームに登場する鳥っぽいっていうか、空を飛ぶタイプの鳥じゃなくて地上を力強く走るタイプの鳥である。


 この村には馬車は1台しかなかった。だからおじいちゃんが俺達に追いつくことは、たぶん無い。俺の知る限りおじいちゃんはそんなに早くは走れない。


 それにしても水晶を盗んだだけで、あんなに怒るモノかね? 祀っていたってことは置いてたってことじゃん? 置いてたって事は使ってないって事じゃん? 使ってないんだったら貰ってもいいじゃん。

 

 俺は馬車からの景色を眺めた。

「気持ち悪っ」と俺は言って、口を手で押さえた。

 砂利道を馬車が走っていて車内は揺れた。


「まだ馬車に乗って10分も経ってないよ?」

 とアブーが言った。


「お前は酔わないのかよ?」


「じぇんじぇん」とアブーが言って、ニッコリと笑った。彼女が笑うと可愛らしい八重歯が見えた。


「どうしてヘンゼルは魔法学校に行きたいの?」

 とアブーが尋ねた。


 前世の嫌な思い出をぶっ殺したい、と彼女に言っても伝わらないだろう。そのために大っ嫌いな学校に行って、いい思い出を作るしかなかった。

 男達からカリスマと崇められ、女達からはキャーキャーと黄色い声援を浴びせられる。そんな学校生活を送りたかった。

 だけど、そんな事をアブーに言うのは気が引けた。


「最強になるために、それと優しくなるために魔法学校に行きたいんだ」

 と俺は言った。


 最強になれば男からカリスマと崇められるだろう。それにイジメられないだろう。優しくなれば女からもモテるだろう。


「どうして最強になって優しくなりたいの?」

 とアブーは首を傾げた。


 前世の嫌な思い出をぶっ殺すため、と言ってもアブーには伝わらないだろう。

 なんて言えばいいんだろう?

 俺はイジメられていた自分を思い出す。

 誰かに守ってもらいたかったのかもしれない。誰かに幸せにしてもらいたかったのかもしれない。

 あの時のイジメられっ子の自分を幸せにしてあげられるのは、今の自分しかいなかった。


「アブーのような子を守るため」

 と俺は言った。

 アブーも村ではイジメられていた。

 前世の俺がどうこう言うより、アブーのような子と言った方が彼女には伝わるだろう。


 獣人の幼馴染は、なぜか顔を真っ赤にさせた。


「な、な、な、な、なに言ってるの? わた、わたしを守るため?」

 とアブーがアタフタしている。


「そうだ。アブーのような子を守るため」

 と俺は言って、イジメられっ子だった前世の自分を思い出す。


 前世ではイジメられて殺されたようなモノだった。生きていて楽しい事なんて何一つなかった。


「誰よりも強くなって、誰よりも優しくなって、アブーのような子を幸せにしてやりてぇーんだよ」

 と俺は言った。


 アブーの顔が真っ赤を通り越して、頭から煙を出している。


「応援する」

 と手をモジモジしながらアブーが言った。

 俺は気分が悪くて窓を開けて景色をジッと見つめた。



 馬車で何時間も走り続け、途中で何度か吐いて、ようやく魔法電車のホームに到着する。

 魔法電車とは魔石を動力源として動く電車である。新幹線より、SLに近いフォルムをしている。


「気分悪っ」

 と俺は言いながら、ホームの柱に手をついた。


「大丈夫?」

 とアブーが言って俺の背中をさすってくれた。


「大丈夫。俺はラスボスで魔王で勇者で令嬢でカリスマで天才なのだ」と俺が言う。

 勢いで男なのに令嬢まで入れてしまった。まぁ、別にいいか。


「ラスボスってなに?」とアブーが尋ねた。


 魔法学校のラスボスとはなにか? と俺は考える。

「ラスボスって番長のことだよ。たぶん」

 と俺が言う。


「番長ってなに?」


「番長って言うのは、暴力で学校を治る悪い奴だよ」


「優しい人になるって言ってたじゃん」


「俺の強さを見せて、全校生徒が俺にひれ伏した後に優しくなるんだよ」と俺が言う。


 その時、視線を感じた。

 熱い視線である。

 視線を感じた方向を見た。


 鋭い目で俺を睨んでいる女がいた。

 彼女は赤髪で、夜の闇よりも黒いドレスに、人の血が染まったような赤いローブを着ている。

 顔は絶世の美女なのに、目に狂気が宿っていた。

 彼女の足元には3人の男が倒れている。

 どうして倒れているんですか? 彼女にやられたんですか? 怖い。怖いよ。


 睨んでいる女のことを俺は知っている。有名人だからである。


 天才魔女姉妹。その妹のハートである。

 通称、煉獄の魔女。


 辺鄙な村に天才魔女姉妹が一度だけ来たことがあった。森で修行するらしく、我が村の宿に泊まったのだ。


 彼女達が修行をした森の一部は焼け野原になり、今も復旧が出来ていない。そのせいで本来は家になるはずだった売り物の木は減り、食料になるはずだった動物達も減り、野草や山菜も減った。


 そういえば、その頃から木コリの息子がアブーをイジメ出したのだ。

 もしかしたら森が焼かれて生活が苦しかったのかもしれない。

 

 出会ってはいけない奴に出会ってしまった。

 俺は蛇に睨まれた何とやらで、体が硬直して動けなくなってしまった。


「ヘンゼルは強いもんね。番長の意味はわからないけど、ヘンゼルなら魔法学校で1番強くなれるよ」

 とアブーが言った。


 煉獄の魔女が俺を睨んでいる。

 煉獄の魔女は俺達と同い年ぐらいである。もしかして同じ学校? そんな訳がない。

 

「そんなに強いのか」と煉獄の魔女がニヤリと笑って、呟いた。。


 ヒー、と俺は心の中で悲鳴を上げた。

 もしかしてコイツは強い奴と戦いたい系の人種か? 最悪である。

 煉獄の魔女だけには目を付けられてはいけない。


「イヤですわ、アブーさん。私が強いわけありませんわ。生まれてからスプーン以上の重たいモノを持った事がありませんですのホホホホ」と俺は必死に誤魔化した。


「なんか喋り方キモーい」

 とアブーが顔をしかめて言った。


「私の中の令嬢が出てきていますの。キモいなんて下品な言葉を使ったらいけませんですわ」

 と俺が言う。


 正義のヒーローのように魔法電車がやって来た。

 コレで煉獄の魔女から逃げ切れる。

 さっさと電車に乗って、煉獄の魔女から離れよう。


「それじゃあアブーさん、電車に乗りましょう」

 と俺は言って、歩き出した。

 

 電車に乗ろうとしたところで、後ろからドスンと音がした。

 振り返ると煉獄の魔女が尻もちを付いていた。どうやらアブーのリックが当たったっぽい。


「なにするんだよ、殺すぞ」

 と怒鳴り声が聞こえた。

 その声の主は目を般若のように吊り上げた煉獄の魔女だった。


 ヒーーーー、と俺は心で悲鳴を上げた。


「君も見てないからぶつかったんでしょ、お互い様じゃん」

 とアブーが言う。


 どうやらアブーは、煉獄の魔女だという事に気づいていないらしい。


「ヘンゼルもそう思うよね?」

 とアブーが尋ねてきた。


 俺に話題を振るんじゃねぇ。

 そのやり取りは2人でやってくれ。


「絶対に殺す」

 と煉獄の魔女が言って立ち上がった。


 本当に殺されそうです。

 3人の男が倒れている。アレは死んでいるんじゃねぇの?


「ねぇ? ぶつかったのはお互い様だよね?」

 とアブーが、俺を信じる目で尋ねてきた。


 そんな目で俺を見るなよ。こっち向くなよ。


「そうかもしれない」

 と俺はアブーにだけ聞こえる小さな声で呟いた。


「ヘンゼルだって悪いのはお互い様って言ってるじゃん。お互いに謝ろう。ごめんなさい」とアブーが言う。


「はい。お前等2人共殺す」

 とハートが言う。


 2人共殺す? いやー、なんで俺も殺されるメンバーに入ってるの? いつメンバー入りしたの?


 本気怒りモードの煉獄の魔女の手に、炎の球が出現した。

 もしかしてファイアを撃つのか?

 森の一部が焼け野原になっている映像が頭に浮かんだ。絶対に死ぬ。


 ピーピー、と笛の音が聞こえた。

 車掌さんが笛を吹いたのだ。

「電車に当たりますのでホームでの魔法はおやめ下さい」と車掌さんが言って、走って来る。


 

 煉獄の魔女はファイアを撃つのをやめた。手の平の炎の玉が消滅した。

 どうやら車掌さんの言う事は聞くらしい。


 俺はアブーの手を引っ張って電車に乗った。

 煉獄の魔女も俺達に続いて乗って来る。


「私、ごめんなさいって言ったよ?」

 とアブーが言う。


「謝って許してもらえる相手じゃねぇーんだよ」と俺は言って、アブーの手を握って電車の中を足早に歩く。


 煉獄の魔女が俺達に付いて来ている。

 怖い。怖いっす。なんで付いて来るんだよ?


「お前、強いらしいな。私と戦え」

 と後ろから煉獄の魔女の声が聞こえた。


 俺が強いわけねぇーだろう。

 魔力ゼロだし、筋力もねぇー。顔がいいだけである。


「ヘンゼルは強いんだよ。イジメっ子を倒したんだよ。ラスボスになるんだよ」

 とアブーが嬉しそうに言った。


 そんな事を言っちゃいけません。


「そんなに強いのか?」と煉獄の魔女が呟いた。

 

 怖くて後ろが向けん。


「ねぇ〜?」

 とアブーが嬉しそうに俺を見る。

 そんな期待する目で俺を見るんじゃねぇ。強い俺をアブーに見せなきゃいけなくなるじゃねぇか。


 ポーポー、と汽笛の音が聞こえた。出発の合図である。


 俺は後ろを振りかえたった。


「そうだ。俺が魔法学校で1番になる。俺がラスボスで魔王で勇者で大賢者でカリスマで天才なのだ。覚えておけ」

 と俺は変顔をしながら言った。

 顔のパーツを全て中心に寄せたような、梅干しを100個ぐらい口にいれたような顔である。

 変顔をしているのは、煉獄の魔女に顔を覚えられたくないからだ。


「あっ、忘れ物した」

 と俺は言って、アブーの手を引っ張って電車を降りた。


 俺達が降りたと同時に電車の扉が閉まった。計算通りである。


 扉の向こう側には、目を吊り上げて怒っている煉獄の魔女が立っていた。

 電車が去って行く。



「忘れモノってなに?」 

 とアブーが尋ねて、俺を見る。


 ブーー、と彼女が変顔をしている俺の顔を見て吹き出した。

「なにその顔」とアブーが言って、ゲラゲラと笑った。


 俺は変顔を解いた。

「惚れられると困るからな」と俺が言う。「イケメンすぎてごめんなさい」


 俺は倒れている3人の男達のところに向かった。


「お前達、大丈夫か?」

 と俺が言う。


 俺はアブーを見た。

「人に優しくする事を忘れるところだったぜ」


「さすがヘンゼル」

 とアブーが嬉しそうに言った。

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