イジメられっ子で魔力ゼロなのに、ハッタリだけで魔法学校最強に!?

お小遣い月3万

第1話 ぶっ殺す

 ぶっ殺す。


 そう心に決めたのは前世の記憶が蘇ったからだった。

 

 特定の誰かを殺したいわけじゃなくて、周りにいる全てというか、社会というか、わからんかな、このモヤモヤした気持ち。

 俺じゃなくて社会が悪い、政治が悪い、みんなが悪い。だから人様のバイクを盗んで走り出したい。昔の懐メロにそんな歌があったような気がする。


 とにかく俺は誰かをぶっ殺したかった。


 俺の前世の記憶が戻ったのはバイクを盗むには適した15歳だった。 

 獣人の女の子が村のイジめっ子に殴られているのを止めて、代わりに殴られた時に過去の記憶が流れ星のように一瞬で蘇ってきた。

 獣人の女の子を殴っていたのは木コリの息子で、家の仕事を手伝っているらしく、体格がゴリラみたいな奴だった。

 

 獣人の女の子はアブーという名前で、犬のような可愛らしい耳が生えていて、お尻には茶色い尻尾も生えている。


 なぜ人間の村に獣人がいるのか?  

 アブーの家族は獣人のコロニーを抜けてきた。

 そんな獣人の家族を俺のおじいちゃんである村長が連れて来たのだ。獣人の家族がコロニーを抜けてきた理由までは知らない。

 村には獣人の家族を、よく思っていない連中がいた。

 ゴリラがアブーを殴っていたのも、彼女の事が気にくわなかったんだろう。



 取り戻した俺の前世の記憶は、日本人でイジメられっ子だった。

 小学生の頃はクラスメイトから冷やかしや悪口や嫌なことを言われるだけだったけど、中学生になるとお金を要求された。俺が何か悪いことをしたのか? 

 休み時間も黙って机を見つめていただけだった。

 思い出すと腹が立つ。

 早死にするぐらいならアイツ等に仕返しをすればよかった、と俺は後悔をしている。

 俺には力も無ければ金も無い。

 だからそれ以外を武器にして戦えばよかったのだ。

 それ以外の武器ってなに?

 

 そういえば俺のことをイジメていた連中もゴリラみたいな奴等だった。

 高校生になれば、この環境から抜け出せると思っていた。

 だけど俺は高校生になる前に不慮の事故で死んでしまった。

 いや、あれは不慮の事故じゃない。「ぼくは死にましぇーん」というギャグか何かわからんことを車道に飛び出してやれ、とゴリラに命令されて、車道に飛び出してトラックに撥ねられて死んだのだ。


 思い出しただけでも腹が立つ。

 ぶっ殺してやりたい。

 俺のことをイジメていたアイツ等と会うことは2度とないだろう。住む世界が違うのだ。俺が生まれ変わったのは地球とは別の世界だった。

 イジメっ子達がいない世界で俺は自分の青春を取り戻したい、と思った。


 中学2年生の時に読んだ舞城王太郎の『熊の場所』という本がある。内容はあんまり覚えていないけど、なんとなく熊の場所の意味は覚えている。

 熊と出会った場所は怖くて2度と歩けなくなる。だから次の日には熊と出会った場所に戻らなくてはいけない。そうしないと2度とその道は使えない。

 俺は学校に行かなければ2度と青春を楽しむことができない、と思った。

 女の子からキャーキャー言われて、男達からはカリスマのように崇められる。そんな学生生活を送りたい。

 俺は天才でカリスマになって、あの嫌な前世の記憶を全てぶっ殺してやりたかった。

 

 俺は転生者だから、なにかしらのチート能力があるはずだった。

 もし仮にチート能力が無くても日本にいた頃の知識で無双できるはずだった。



 前世の記憶を取り戻して1年の月日が経過した。

 テレビもねぇーラジオもねぇー車も一台も走ってねぇこんな村嫌だぁと思っていた田舎の村を出て魔法学校がある都会へ今日から住むことになる。


 この世界には学校といえば魔法学校ぐらいしかない。

 魔法学校では、魔法以外にも普通に勉強をするらしいのだけど、魔力を持っている奴しか学校には入学できない。魔力が無かったら勉強すらもできないのだ。


 16歳で入学して20歳で卒業する。学校に所属する期間は4年間である。

 もちろん俺は魔力至上主義の世界で、異常なほどの魔力を持っていた。

 魔力カウンターみたいなモノがあったら俺を見た瞬間に煙が出て壊れるだろう。

 俺は生まれ持っての天才なのだ。

 俺こそがラスボスであり、魔王であり、勇者であり、大賢者様であり、なんだったら天才でカリスマでもあった。

 我こそは、この世界を好き勝手に楽しむ転生者である。

 つまりパーフェクトヒューマンである。

 なんだったら海が青いのも、空が青いのも、草花が咲き誇るのも、我のおかげである。我がいるから空と海が青く、草花は咲き誇るのだ。

 転生者だと気付いた時は、そんな事を考えていた時もありました。


 ココからは白状タイムでござぁーます。

 魔力カウンターみたいなモノはこの世界にはないけど、魔力を測る水晶みたいなモノはあった。

 うちのおじいちゃん、腐っても村長である。

 だから魔力を測る水晶が家にあったのだ。この村で、そんな特別な水晶があるのはウチだけだった。


 毎年、魔力学校に行く子どもを選別するために15歳になった子ども達を集めて水晶で魔力を測る儀式がある。

 ちなみに10年に1人ぐらいしか魔法学校には行けない。この村では魔力がある奴が滅多に現れない。

 その儀式の前にフライングして魔力を測ってみた。

 魔力があれば水晶の色が変わるらしい。転生者の俺が水晶に手をかざすと……何も変わらなかった。

 つまり魔力が無い、ということである。


 パーフェクトヒューマンだったはずが、全てが終わった。

 だけど俺は青春を諦めなかった。イジメられっ子だった過去の記憶を俺はこの手でぶっ殺すと決めたのだ。

 だから熊の場所に行かないといけない。学校に行かないといけない。

 だから儀式の本番の時は細工をさせていただきました。

 ちょっとだけの細工っす。




 裏山に隠していた俺特製の杖を手に取り、アブーとの待ち合わせ場所に向かった。

 アブーと2人で魔法学校がある都会へ行くのだ。

 俺は黒のローブで顔を隠していた。それと大きな杖を右手に持っていた。

 杖には黒い水晶が埋め込まれている。

 村で祀っていた特別な水晶を盗んで入れたのだ。だからわざわざおじいちゃんにバレないように杖を隠していた。


 この水晶は魔力災害から村を守る特別な水晶らしく、そりゃあご立派に祀られていた。魔力災害なんて起きたこともないのに。

 そんな有難いモノを持ち歩いていたら俺の運も上昇するんじゃねぇ? みたいな安易な気持ちで製作した杖である。


 水晶を盗んだことがバレないように、現在では俺が黒く塗っただけの石が祀られている。

 まさか石が祀られているなんて誰も思わないだろう。

 俺を見ただけで、ご立派な魔法使いだとわかるように、俺は日本にいた頃に見たアニメや映画の大賢者様をイメージした格好をしている。


 ちなみに左手には魔道書のような茶色くて分厚い本を握っていた。

 本の内容は料理本である。俺の家にある本の中から魔道書っぽいものを選んで持って来たのだ。

 魔道書を持っていれば大賢者感が出るような気がした。

 大賢者っぽく見えれば、とりあえずはOKなのだ。

 引っ越しの荷物は、すでに送ってもらっていた。だから荷物は杖と料理本だけだった。

 


 アブーと待ち合わせをしている場所は、この村では一軒しかない宿屋の前だった。

 ボロボロの宿屋の前に大きなリュックを背負ったアブーが手を振っていた。

「ヘンゼル〜」

 とアブーが叫んだ。


 ヘンゼルというのは俺の名前である。ちなみに日本人だった頃の名前は新井仁である。


 アブーの尻尾がゆさゆさと揺れていた。

 これから魔法学校に行こうっていうのにアブーの格好は麻の服である。駆け出しの冒険者のようなヨレヨレの服に短パンを履いていた。

 コイツは魔法使いっていうのを全然わかってねぇー。


「叫ばなくても聞こえてるよ」と俺は叫んでいるアブーに言う。


「おはようヘンゼル。なにその格好? 暑くない?」


「これが大賢者様仕様なんだよ」


「なんで本なんて持ってるの?」


「色んな魔法を出すために持ってるんだよ。それにこの本自体にも魔力が宿ってんだよ」と俺が言う。そういう設定である。


「それって料理本じゃん。ヘンゼルのおじいちゃんが料理する時に、よく見てるヤツじゃん」


「魔法使いには魔道書が必須なんだよ。魔道書を開いて詠唱するんだよ」と俺が言う。


「えっ? そうなの? でもイメージだけで魔法出せるよ」

 とアブーが言う。


 彼女も魔力を持っていた。

『も』と言えば、俺も持っているみたいになってしまうけど、彼女だけが魔力を持っている。


「これだから素人は」と俺は言った。

「魔道書を使えば、使える魔法の種類が増えるんだよ」

 と俺が言う。


「この木は?」


「杖だよ」

 と俺が言う。


「杖?」


「杖というのは魔力を媒介にして、発動する魔道具だよ」


「ばいかい? なにそれ? そんなモノなくてもイメージで魔法が出せるよ?」


「これだから素人は」と俺は溜息をついた。「杖が無くても魔法は出るかもしれない。だけど杖を媒介することによって、魔法攻撃が2倍にも3倍にもなるんだ」


「そもそもヘンゼルに魔力ないじゃん」

 と無邪気な笑顔でアブーが言った。


「あるっちゅうねん。めっちゃあるわ」

 と俺は関西弁で叫ぶ。


「儀式の時も私が後ろから魔力を注いで水晶の色を変えてあげたじゃん」


「それは墓場まで持って行こうぜ。つーか、お前、なんで大量の荷物を持って来てんだよ? 荷物を送らなかったのかよ?」と俺が言って、話を逸らす。

 もう儀式の時の話は無しである。


「うちお金ないから。荷物も送れないんだ」

 とアブーが言った。


「魔法使いになって、お金をいっぱい稼いでお母さんとお父さんを楽させるんだ」と彼女が言った。


 魔法学校に行くにもお金はかかる。だけど村から魔法使いを出せるのは誇りだった。

 だから村でお金を集めて学費を払い、魔法使いになってから返すという制度があった。その制度をアブーは使って学校に行く。

 奨学金みたいな制度である。日本にも似たような制度があったような気がするけど、前世はそこまで生きていないのでわからん。



「おい」

 と嫌な声が聞こえた。

 声が聞こえた方を振り返ると木コリの息子のゴリラがいた。

 日本にいた頃のイジメっ子を思い出す。めっちゃくちゃコイツの事が嫌いだった。


「お前、人様に金を借りて魔法学校に行くらしいな。この村の子どもじゃねぇーくせに」

 とゴリラが言った。


 アブーが怯えて、俺の後ろに隠れた。

 どれだけ彼女はイジメられていてもゴリラには手を出さなかった。

 魔法を使えるアブーの方が強いのに。

 受け入れてくれた村に迷惑はかけられない、とアブーは思って我慢していたのだろう。


「お前が何て言おうとアブーは村の子だ」

 と俺は言った。


 俺の足も震えております。

 やっぱりイジメっ子って怖いっす。


「村長の孫だからって調子に乗りやがって」

 と木コリの息子が言う。


 俺、そんなに調子に乗ってる? 乗ってないと思うけど。お前の方が調子に乗ってると思うよ?

 俺はコイツを倒さないといけない、と思った。

 コイツを倒して次のステップに行かないといけない。


「知っているか? 永遠に消えない炎の魔法があるんだ。その炎に少しでも触れれば服は燃え、皮膚がただれ、肉が焼き落ちても燃え続ける。そして最後は炭になる」

 と俺は言った。


 嘘である。

 そんな消えない炎なんていうのが存在するかどうかも知らん。


「だ、だからどうしたって言うんだよ?」

 とゴリラが震えながら尋ねた。


「俺は、その炎を出せる」

 と俺は言った。


「う、嘘だ」

 とゴリラが明らかに怯えている。


 俺は詠唱を唱えるために魔道書(料理本)を開いた。



「我は世界の支配者になるモノなり、

 我は絶大な才を持つモノなり、

 精霊よ我に力をかしたまえ、

 破滅炎ルイーナーファイアー!」

 と俺は料理レシピを見ながら叫んだ。



「や、やめろ」

 とゴリラが叫んで狼狽する。


 もちろん破滅炎ルイーナーファイアーが出ることは無い。

 俺は狼狽しまくったゴリラの脳天に向かって杖を振り下ろした。


 ゴツン。


 水晶がゴリラの脳天にぶち当たり、ゴリラさん失禁して気絶。



「ヘンゼル、すごい」

 と俺の後ろに隠れていたアブーが、嬉しそうに呟いた。


「覚えておけ、俺こそが天才でありカリスマであり、魔王であり勇者であり、ラスボスであり正義のヒーローであり、のちに大賢者と呼ばれる魔法使いヘンゼル様だ」

 と俺は言った。




「ヘンゼル!!!」

 と遠くの方から怒鳴り声が聞こえた。

 次に現れたのは鬼だった。

 いや、違う。めちゃくちゃ怒っているおじいちゃんである。


「お前は黒き水晶をどこにやった?」

 遠目でもわかるぐらいにおじいちゃんは怒っていた。

 おじいちゃんの右手には俺が製作した黒く塗っただけの石が握られている。

 どうやら水晶を盗んだことがバレたらしい。


「逃げるぞ」

 と俺は言ってアブーの手を握った。


「ヘンゼル。待てぇ」

 とおじいちゃんの声がした。

 俺はアブーの手を握って、怒りまくっているおじいちゃんに追いつかれないように走った。


 おじいちゃんは俺の唯一の肉親だった。

 父親は生まれた時からいなかった。母親は小さい時に俺を置いて出て行ってしまった。知らない遠い場所で冒険者の男と一緒に暮らす事にしたらしい。

 

「ヘンゼル、待てぇ〜」

 とおじいちゃんが叫んでいる。


 俺はおじいちゃんを振り返り、

「最強の魔法使いになるから。誰よりも学校を楽しんで来るから。おじいちゃん行って来ま〜す」

 と叫んだ。


 魔力ゼロ、それに力も無い。

 だけど俺はそれ以外の武器で戦うつもりだった。

 それ以外の武器ってなに?

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