第25話 予選通過者

 ショートソードが凪太郎のわき腹に突き刺さる。凪太郎は手から滑り落ちるように打刀と脇差を手放し地面に膝をついて倒れた。


「兄ちゃん、本気で戦ってくれてありがとう!!ごめんカエデ、約束守れなかった!!」


 凪太郎は最後にそう言い残し消滅した。


「あぁ僕も同じだよ、ナギ!ありがとう!!」


「ナギのバカ!!カエデに1対1で決着をつけようって言ったくせにタクトくんに負けてちゃダメじゃない!!」


 僕と楓御前は凪太郎に声をかけ、そして戦闘を続行する。


 満身創痍のなか、あの降り注ぐように飛んでくる矢をさばくのはかなりきつかった。それでもこのゲームの仕様上、白兵戦主体の僕に分があった。特に僕の勝利を決定づける大きな要因があった。それは楓御前の連射強化が終わり、クールタイムに突入した事だった。


 その時にはもう僕のアサルトラッシュなどのスキルも終了し、同じくクールタイムに突入していたが、飛んでくる矢の本数が1秒間に3本から3秒間に1本と大幅に減少した事によって、簡単に間合いを詰める事が出来た。


 …………グサッ!!


 ゲームとはいえ少女の身体に刃を突き立てるのは後味が悪い……。


 胸部にダガーが突き刺さった状態の楓御前は微笑み僕に優しく語りかける。


「ナギに偉そうにあんなこと言ったのにカエデも負けちゃった。コタロウくんはカエデたちよりもずぅ~っと強いけど、タクトくんなら大丈夫!負けちゃダメなんだからね!!分かった?」


「あぁ分かった、約束だ。カエデとナギ、ふたりに勝った以上僕に敗北は許されないよな!」


 僕の返事を聞いた楓御前は「うん!」とニコッと笑顔で答え、壁に背を預けたまま消滅していった。


 楓御前が消滅したあと、コロシアムの壁に突き刺さったダガーを引き抜き鞘に戻す。


 そして誰ひとりいなくなった空間で僕は「疲れたぁ……心身ともに……」と無意識に言葉を漏らしていた。


 これからどうすればいいのか分からずその場で立ち尽くしていると、本日2回目の荒々しいほら貝の音色がコロシアムを包み込んだ。


 ブオオオォォォォ~~~~~~ンッ!!


 そしてまたあの女性の声が響き渡るのだった。


「予選通過おめでとうございます、タクト様。本戦開始は今から1時間後の午後1時からとなっております。それまでは自由時間となっておりますが、時間までにコロシアムに戻って来ない場合は、棄権とみなし相手の不戦勝となりますのでご注意ください」


 アナウンスが終了すると同時に僕はコロシアムの正面、北西エリアの中心部に転送された。また戦闘でボロボロになった装備は北西エリアに転送された時には見事に修復されていた。このあたりの仕様を見る限り、コロシアムとダンジョンは似たようなものなのかもしれない。ダンジョンから街に帰って来た時も同じように装備は修復される。ただ一点違うとすればコロシアムでは体力も回復してくれる事だ。ダンジョンでは体力までは回復してくれないから、毎回宿屋に泊まる必要がある。


 ふと顔を上げると目の前には修羅刹にサン、コタロウについさっきまで死闘を繰り広げていた楓御前と凪太郎がいた。


 僕がコロシアムから出てきたのに気づいた楓御前と凪太郎の姉弟は、満面の笑みでこっちに向かって駆け寄ってきた。本当につい数秒前に僕自ら剣を突き刺した少年と少女が、嬉しそうに走って来る光景はなんて表現すれば良いのか……何とも複雑な心境だ。


 ふたりは僕の腕にギュッと抱き着いてきた。楓御前は右腕を凪太郎は左腕を自分達の所有物だと言わんばかりに独占している。僕としては少々歩きづらいが本人達はとても楽しそうにしているので少しの間、所有権を放棄するのも悪くない。


 僕の身長は160cmちょい、楓御前と凪太郎のふたりは見たところ山河の妹と同じ145cmあるかないかぐらいなので、僕とふたりの身長差は大体15cm程度だろう。


 最低でもそれぐらいは身長差があるにもかかわらず今の今まで気づかなかったのは、ふたりの雰囲気に押されてのかもしれない。それほどまでにふたりと対峙した時に感じる圧が凄まじかった。


 左右の耳からふたりの楽しそうな話し声が聞こえてくるのだが、僕は別々の内容を同時に聞き取れるような能力は持ち合わせていない。


 僕はひたすらふたりに対して「うん、うん」と相槌を打っていたが、カラ返事だという事に気づいたふたりから注意を受けた。 


「兄ちゃん……ナギたちの話ちゃんと聞いてないだろ?」


「うん、うん」


「タクトくん!やっぱりカエデたちの話!聞いてなかったんですね!!」


「うん……うん??」


 こうして僕はふたりから「兄ちゃん!!」「タクトくん!!」とロックされた両腕を揺さぶられるのであった。


「ごめんって、ちゃんと聞こうとは思ってたんだ。ただ同時はさすがに無理だった……」


 僕の何とも謝罪らしくない謝罪を受け入れてくれたのか、楓御前と凪太郎は揺さぶる手を止め今度は、ひとりひとり交代で話してくれるようになった。


 そんな感じで楓御前と凪太郎が両腕にくっ付いたまま歩き続け、やっと僕は修羅刹達がいる場所に到着した。


 修羅刹とサンは約束通り予選通過した事に対して褒めてくれるのかと内心ちょっとだけ期待したのだが、このふたりから出た言葉は「決勝戦!!」のみだった。


 代わりにコタロウから「おめでとうございます、タクト殿!!」と祝福の言葉をかけてもらった。


 コタロウの言葉に感謝しつつ、ちょうど良いタイミングで出くわしたコタロウに楓御前と凪太郎について質問した。


「ふたりから聞いたけどさ、カエデとナギはコタロウのギルド桜花爛漫に所属してるんだよな?僕はコタロウの口から一度もふたりの名前が出た事がなかったから、ふたりからその事を聞いたときは衝撃だったぞ」


「あれ?某、カエデとナギをみなさんに紹介した事なかったでしたっけ??」


「僕の記憶が正しければ一度もないと思うが……修羅刹、サンふたりはどうだ?」

 

 僕から話を振られた修羅刹とサンはふたりとも首を横に振って「ないわ」「ねぇな」と僕と同じく否定していた。ただそれから修羅刹とサンから僕とコタロウが同意しかねる言葉を投げかけられる。


「今はこうして集まってしゃべってんだし、別にそれほど気にする事でもねぇけどな。それになんつうかコタロウだしな?」


「めずらしく拙僧もサンと同意見。まぁコタロウもタクト同様、抜けているところがあるから仕方ないわよ」


 その思いがけない指摘に僕とコタロウは真っ向から否定したけど、僕達以外の4人は聞く耳を持たないようで一向に認めようとしない。


 そんな自分に不利な話題を切り替えようとしたのか、それともただの天然なのか分からないがコタロウが急に全然違う話をし始めた。


「それにしても、タクト殿。カエデとナギにかなり懐かれていますね。カエデは人懐っこい方ですがナギまでこれほどまでに懐くとは思いもしませんでした」 


「うん……そうなのか。予選で戦う前からどちらかというとこんな感じだったんだけど……」


 僕は左右の腕を引っ張られながらコタロウにそう話した。それを聞いたコタロウは「本当にめずらしい事もあるものですね」とひとり頷いていた。


 修羅刹もサンもタクトを待っている間に姉弟としゃべったり軽いスキンシップを取る程度には仲良くなったが、コタロウ基準の仲良くなるレベルがこの状態であるならば、このふたりは全然仲良くなれてはいないという事になる。バトルロイヤルで何をどうすればあれほど仲良くなれるものなのか、それがサッパリ分からないふたりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る