第26話 本戦開始

 みんなで楽しく談笑していたところコタロウからとても重要な内容の話を聞かされた。


「えっとですね、みなさん。某、完全に油断していたのですが本戦まであと40分です……なので、某達は昼食を取るため一度ログアウトします!!」


 それを聞いた僕達も急いでログアウトする準備に入る。


 ただ修羅刹とサンは問題なくログアウト出来そうなのだが、僕だけはなかなか厳しい状況かもしれない。なぜならまだふたりがくっ付いているためだ。ここでスッと無視してログアウトするのは……どうなのかと僕の良心が何かを訴えてくるのだ。


 そんな中コタロウはふたりに「カエデ、ナギ。あまりタクト殿を困らせてはダメだ。タクト殿はこのあとまだ本戦が残っている。その時にお腹が減って本来の力を発揮出来ずに、もし負けたらカエデとナギはどう思うんだい?」


 コタロウから諭すように話された楓御前と凪太郎は顔を下げ黙り込んだ……そしてゆっくりと僕の両腕を拘束していた手を緩めるのだった。


 凪太郎は「応援しているから兄ちゃん頑張れ!!」と言って僕の左腕を完全に解放するとコタロウの方に歩いていった。


 楓御前は「タクトくん、カエデも精一杯応援するから、だから……あの約束絶対に守ってね!!」と言ったあと、僕の左腕をググっと体重をかけて真下引っ張った。


 その予期せぬ行動に僕は姿勢を崩し、楓御前との身長差がなくなった次の瞬間、チュ!?っと何か柔らかい感触が右頬に当たった。


 僕は何が起こったのか理解できずに楓御前の方を見ると、なぜか楓御前は頬を赤く染め恥ずかしそうにして駆け足でコタロウのところに向かって行った。


 その後、コタロウと凪太郎のふたりは僕達に手を振ってログアウトした。ただ楓御前だけはこっちに顔を向ける事もなく静かにログアウトしたのだった。


 コタロウ達がログアウトしたのを確認したサンはなぜかニヤニヤしながら「んじゃ、俺様も飯食ってくるわ」と言い残してさっさとログアウトしていった。


 僕は修羅刹に「僕達もログアウトしよう」と促したあと、サンに続いて早々にログアウトした。


 ひとり残された修羅刹は楓御前のあの行動になぜかやきもきしている自分の感情を不思議に思いながらログアウトするのだった。


 それから昼食などを済ませた僕は本戦開始10分前にはもうコロシアムに戻って来ていた。


 予選の時と違いコロシアムに来たプレイヤー達は観客と出場者と自動で分かれるようになっているようで、僕が入り口を抜けた先で待っていたものはこじんまりとした個室だった。そこは小さなテーブルとイス、あとは壁に40インチほどのディスプレイが埋め込まれていた。


 またこの空間ではなぜかメッセージやコールなどを使用する事が出来なかった。


 ディスプレイにはトーナメント表が映しだされていた。どうやらぼくは二試合目らしい、そして次の三試合目が修羅刹で五試合目がサン、最後の八試合目がコタロウとなっていた。


 つまり順当に勝ち進んでいけば準決勝で僕は修羅刹と対戦する事になる。サンやコタロウとは組が分かれてしまっているので、ふたりとは決勝戦でしか戦う事が出来ないようだ。ただこれは楽観的な意見で僕達全員がそれぞれ勝ち続けたらという前提のものであって、普通に一回戦敗退もありえる。


 予選ですら……あんなに強い姉弟がいた、本戦はそんなプレイヤー達を倒して生き残った猛者もさの集まりとなる。


 僕はイスに腰かけ正面に映しだされているトーナメント表を見ながらテーブルに用意されている軽食を選んでいた。


 それからチョコをつまんではコーヒーで流し込む至福のひと時を満喫していた時、ずっとトーナメント表を映していたディスプレイの映像が切り替わった。


 食うか寝るかVSアンデットクロノス。


「えっと、一試合目は食うか寝るかさん対アンデットクロノスさんか。このどちらかが僕の相手になるんだよな。まだ初戦すら戦っていないのにちょっと気が早いか。まずは僕自身が初戦突破しないと……」


 ディスプレイにはあの予選で戦った場所に食うか寝るかとアンデットクロノスが中央で対峙し試合開始の合図を待っていた。


 そして……エインヘリャル最強決定戦の本戦一試合目が開始された。


 両手剣で一撃必殺を狙う食うか寝るかと片手剣と盾という王道装備で食うか寝るかの攻撃を防ぎつつ着実にダメージを与え続けるアンデットクロノス。


 誰もが一撃に執着するあまり振りが大きい隙だらけの食うか寝るかの負けだと考えていた、もちろん僕もそのひとり。だが、結果は予想外の結末に終わる……食うか寝るかが勝った。


 たった一撃でアンデットクロノスはしずんだ……。


 食うか寝るかはガードブレイクでアンデットクロノスの防御を崩し、クリティカルパニッシャーで強化した後、ヘヴィーバッシュを繰り出すというコンボで勝利を手にしていた。


 もしタイタタンの初手がガードブレイクだったら……僕も彼と同じように予選で敗北していたかもしれない。それほどまでに迷いのない見事な攻撃だった。


 ガードブレイクは両手剣などの両手で装備する武器用のスキルで、その名のとおり相手のガードを無理矢理こじ開けるスキル。これをくらうとパリィのように仰け反ってしまう。連発は出来ないがガード重視で戦うプレイヤーには実に恐ろしいスキルなのだが、ただガードブレイクにも弱点はある。それは相手のガードを崩すために全力でジャンプ斬りしないといけない。そのタイミングさえ見極める事が出来れば、案外余裕で対応出来るらしい。


 次にクリティカルパニッシャーというスキルもガードブレイク同様に両手装備用のスキルで、これは次に使用するスキルに必ずクリティカルが発動するという効果を付与するもの。クリティカルとは攻撃するタイミングや攻撃する部位などによってランダムに発動するスキルのようなもので、これが発動すると2倍のダメージを与える事が出来る。


 これによりアンデットクロノスは予想以上のダメージを受けて、そのまま食うか寝るかの一撃に耐える事が出来ずに倒れたという訳だ。


「あの一連の流れには僕も注意しておかないと……」


 食うか寝るかがコロシアムから転送された事により、ディスプレイには誰もいない空間が映しだされていた。


 それから数秒後、今度はタクトVSギルガメッシュという文字がデカデカと表示されると同時にさっきまでただの壁だった場所に扉が現れた。そしてその扉はゆっくりと音もなく開くと、僕がこの暗闇を通り抜けるのを静かに待っているようだった。


「ふぅ……行くとするか」


 僕は立ち上がると一点の光さえ存在しない空間に足を踏み込んだ。


 暗闇から解放された次の瞬間、僕の目に映ったものは対戦者のギルガメッシュとコロシアムを覆いつくさんばかりの観客だった。


 ただ不思議な事に観客は口を開き声援を送ってくれているようなのだが、その声が僕達に届く事はなかった。


 試合を視聴していた時は確かに無音だったが、あれはディスプレイの仕様かと思っていたがそういう事ではなく、この場所そのものがそういう仕様になっているようだ。


 対戦者のギルガメッシュは僕に向かって「すぐには倒れないでおくれよ?じゃないと観衆がつまらないだろう??」とガントレットをガシガシとぶつけながら挑発してきた。


 僕はその挑発にのって「あぁ……そっちもな」と武器を鞘から引き抜きながら答えた。

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