第二章 エインヘリャル最強決定戦編

第20話 エインヘリャル最強決定戦三日前

 大会まであと3日。


 時間も惜しい今、出来る事なら今すぐにでもアーティファクト・オンラインの世界に飛び込み、ダンジョン攻略に専念したいところではあるが、今日だけはそうは言っていられない。


 基本的に授業は、全てオンラインで受けているためほぼ学校に行く必要はない。ただ月に1、2回ほど登校しなければいけない日が定められている。それが今日というわけで、僕はいつもよりも2時間ほど早起きしている。学校では各科目ごとのテストとあとは、日ごろあまり身体を動かしていない生徒達のために体育の授業を行うようになっている。


 僕としては月一程度で1、2時間身体を動かしたところで、意味があるのかと授業を受けながら毎回思っているのだが……。今日は9月13日、日差しが照っているしだいぶ暑くなりそうだ。唯一の救いは今日の授業が水泳だという事ぐらいだな。それはそれでちょっと問題があったりはするが……。


 さて……それじゃそろそろ蘇芳院を迎えに行くとしよう。


 僕は机の隅に立てかけてあるカバンを拾い上げ、家の戸締り確認したのち蘇芳院の家を目指して歩く。僕の家から蘇芳院の家まで徒歩で20分ほどかかる。ただそれが坂などが一切ないフラットな道ならば全然構わないのだけど、蘇芳院の家は山中にある。そこにたどり着くには200段の階段を上らないといけない。さらに上り切った先には木造の山門があり、境内を真っすぐ進んだ先に本堂があって、そこからさらに奥に進んだところにある僧房に蘇芳院親子が住んでいる。


 登校などで待ち合わせをする時は、蘇芳院は毎回山門前で待っているため、そこまで奥に行く事は滅多にないのだが、階段だけは毎回上り下りしなければいけない、別にそれが嫌というわけでは決してないが少々だるいとは思っている。


 蘇芳院は傍から見れば、容姿端麗な少女である事には変わらない、そしてそれは今も昔は変わっていない。子供の頃に知らないおっさんに声をかけられ、車に乗せられそうになった事がある。その時は山河の親父さんがうまいこと通りかかってくれたおかげで、未遂で終わったがもしあの時、誰も通らなければ気づかなければどうなっていたのかと考えただけでも虫唾が走る。


 それからは僕か山河が必ず一緒にいるようになった。ただしそれでも待ち合わせ中に何かあるかもしれないという事で、階段最上部で常に待ってもらっているというわけだ。まぁこの待ち合わせの件は山河による独断で決定されたのだが……。


 今日は僕と蘇芳院のふたりで登校する事になっている。僕達が通っている高校は学年ごとに登校日が違う、僕と修羅刹は同学年だが山河だけは一学年上。そのため三人揃って登校するという事はないはずなのだが、山河は自分の登校日じゃなくてもわざわざ僕達を迎えに来る。


 今日僕を迎えに来なかったのは、山河家で用事があったから来れなかっただけで、その用事がなければやつは普通に迎えに来ていた事だろう。


 そんな事を考えつつ僕は、歩き続け例の階段までたどり着いた。普段運動しない人からすれば一目見ただけで絶望する光景だと思うのだけど、僕はこの階段を事あるごとに上り下りしてきた。なので、階段下に着いた時はいつも「また上るのか……」とついぼやいてしまうが、そのあとはいつもの日常生活の一環として普通に駆け上がっていく。


 タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタ!!


 8割ほど階段を上がったところで、ようやく山門に背中を預け僕が来るのを待っている蘇芳院が目に入った。僕はそこで足を止めて蘇芳院に下りて来るように伝えた。


「お~い、蘇芳院!今日は山河は来れないらしいから僕達ふたりで行く事になった。聞こえたなら下りて来いよ~!!」


 しかし……蘇芳院はこっちを見て反応はするが、一向に下りて来る気配がない。山門まで完璧に迎えに行かないとダメなのか、前回迎えに来た時はすぐに階段を下りて来てくれたはずなのに……僕は渋々階段を上る。そして山門に到達した僕は、スカートが風でめくれ上がらないようにカバンで抑えている蘇芳院にもう一度声をかけた。


「蘇芳院……お前聞こえてたのに下りて来なかったな。まぁいいけどさ、それじゃ行こうか!」


「おはようございます、拓斗君。では行きましょう~」


「あぁ……おはよう。つうかもうその猫かぶり発動するんだな」


「拓斗君がなにを言ってるのかわたしには分からないわ」


「あぁそうだったな。それじゃ久々の学校に行くとしようか蘇芳院生徒会長」


 そして僕達ふたりは階段を下りて学校に向かうのだった。階段を下りる際は頑なに僕を先に行かせようとはしなかった……意味が分からない。


 その後、特に何事もなく学校に到着し、テストを受け学食で煮込みハンバーグ定食を食べ、昼休みも終わり残すは午後の水泳だけとなった。


 男子と女子は共同でプールを使用する事はなく、それぞれ別のプールが用意されている。男子は屋外プールで、女子は屋内プールで水泳の授業を受ける。思春期真っ盛りという事もあって、クラスメイトの阿保どもは授業そっちのけで、先生の目を盗んでは女子がいる屋内プールを窓などの隙間から覗こうとしていた。


「なにやってんだかこいつらは……バレたら女子に血祭りにあげられるぞ……マジで」 


 水泳の授業ほどちゃんと受けていないと運動音痴の僕からしたらそれが致命傷になるかもしれない。あ~もちろん泳げませんよ、決まってるじゃないか。


 ビート板を持って命がけで泳いでいた最中、聞き覚えのある声が僕に向かって声援を送っているのに気づいた。僕はすぐにプールから上がり声が聞こえた方に振り向く。そこには用事があると言っていた山河が私服で登校し、僕に向かって手を振っている姿が見えた。


 僕はビート板を補助具エリアに戻し、タオルで顔を拭きながら山河に駆け寄る。


「山河、お前今日用事があるんじゃなかったのかよ?つうか、授業まで見に来るか普通……」


「よぉ拓斗!いやさ~、見る予定はなかったんだけど拓斗が必死に泳いでいる姿を見たら……ついな?」


「ついな?じゃねぇよ……今日の授業はこれで終わりだから待っとくか?」


「あー、もちろんそのつもりだ。俺は食堂に行ってるからさ、終わったらそこに集合って事でよろしくな!」


 僕は私服で堂々と校内を歩き回る山河に「りょうかい」と返事をするとすぐに水泳を再開した。


 先生に「すいません……また山河が来ました」と伝えると、先生は特に気にする様子もなく「山河なら仕方ない」と一言で済ませていた。


 そして授業も終わり制服に着替えるため更衣室に向かっている途中で僕は、水着姿の蘇芳院とすれ違った。


「拓斗君もいまから着替えですか?」 


「あぁそういう蘇芳院もいまからか。この学校ってプールはふたつもあるくせに更衣室がそれほど大きくないだろ?」


「あら?男子はそうなのですね。女子の更衣室はクラスメイト全員問題なく一緒に着替える事が出来ますよ」


「マジか!?衝撃の真実だわ。あ~~~、それと山河が迎えに来ているから放課後に食堂に集合な」


「えぇ分かりました。ではまたあとで……」


 そう言って蘇芳院は女子更衣室に消えていった。なんか蘇芳院を知らずのうちに目で追いかけているような。それにあの水着姿、いつもと同じはずなのに今日は一段と綺麗に見えた。ふむ……僕も山河の過保護病にでも感染したのだろうか。


 とりあえずまずは着替えを済ませよう。


 その後、僕は山河、蘇芳院と合流して一緒に下校した。帰りは僕と山河のふたりで蘇芳院を山門前まで送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る