第19話 ハニージンジャークッキー
今日は何にしようか、考えてなかったな、そういえば……。冷蔵庫にいま入っている食材でささっと手短に作れる料理……豚肉とキャベツが中途半端に残っていたな、生姜もひとかけほどまだ残っていたはずだし、そうだな今日はこれにしよう。
僕は〈豚の生姜焼き〉とふたりにメッセージを送り、あいつらからの返信が来る前にそそくさとログアウトした。
現実世界に戻って来た僕は、かぶっていたVRデバイスを外しベッドから起き上がる。スマホに目をやるとあのふたりからメッセージが届いている事を知らせるポップアップが表示されていたが、とりあえずいまは無視する事にした。
あそこでまたやり取りすると長くなる、それが長くなればなるほどご飯を作るのが遅くなる。そうなると今度は、風呂に入るのが遅くなるという事はその分だけ、アーティファクト・オンラインをする時間が短くなるという事に他ならない。それに山河も蘇芳院も僕がすぐに返信しない事を分かった上で、あいつらは送ってきている。幼馴染ゆえの昔からのお約束というものだ。
いまのうちにVRデバイスを充電しておくとしよう。僕は机上に置いてある充電スタンドにVRデバイスをセットすると、ちゃんと充電出来ているか念のためチェックした。
充電スタンドのランプが赤く発光している。これが緑色になれば充電100%の合図。
「ふむ……大丈夫そうだな。せっかくあの洞窟以外の場所に行けたのに、バッテリー切れで続きが出来ないとかしゃれにならん」
11階層は石造りのダンジョンで、いままでずっと探索していたあの洞窟とは雰囲気、見た目が全然違っていた。石造りの建造物として壁や床などを見ているだけでも心が躍るというか、探索するだけでもかなり楽しかった。さっさと色々と用事を済ませてさっきの続きをやろう。
その後、手早く料理を作り晩御飯を食べ終え、食器を洗い風呂に入った。それから寝落ちしても大丈夫なように歯磨きなどを済ませた僕はまたあの世界に戻った。
スマホに届いていたメッセージは、連携してあるVRデバイスで目を通したあと、適当に返事を返しておいた。
そして僕はまたショートソードとダガーを握り締め、ダンジョンにもぐっていくのであった。
そんなある意味実に規則正しい生活を送る事、はや1か月。
僕とサン、修羅刹の三人でリィンを出し合ってソファーどころかテーブルも何もない空虚な部屋を人が住める環境に整えた。床には絨毯を敷き、座ったままでも窓から絶景が見えるようにⅬ字のソファーを配置し、その前にはガラス張りのテーブル、それ以外にもギルドメンバーが各自で持ち寄ったアイテムを収納するための棚、そして最後に食料品を保管するための冷蔵庫。それでもまだ部屋としては簡素ではあるが、あの頃に比べたらかなり充実した環境だと思う。
僕はひとりソファーに腰かけ噴水広場で、母娘の親子が営んでいる露店で購入したクッキーを口に放り込む。毎日食べても本当に飽きない、マジで美味い。お勧めは生姜のピリッとする辛みに甘いハチミツが、最高のハーモニーを奏でるハニージンジャークッキーだ。このクッキーとの出会いは2週間前までさかのぼる。
いつものように噴水広場にログインすると、何とも食欲のそそる甘い焼き菓子の香りが漂ってきた。僕はその香りに誘われるように移動を開始した。噴水広場が目の前にあったため気付かなかっただけで、その香りの発生源は案外すぐに見つける事が出来た。噴水広場の北側、ポータルがある中心部から西側に3mほど離れた場所に、袋詰めされたクッキーを販売している露店があった。早速1袋購入した僕はひと口食べた瞬間手が止まらなくなった。
それ以降僕はログインする度に毎回必ず3袋購入している、それほどまでにここのクッキーの虜になっている。サンも修羅刹にもおすそ分けした結果、僕と同じように虜となった。
なので、大量に購入してみんなでシェア出来るように冷蔵庫に保管しておこうかと思ったが、食べ物や飲み物はその日に購入できる数に限りがあった。ここの露店で購入出来るクッキーは3袋までとなっている。ただカフェなど席に座って食べる分に関しては購入制限もなく、好きなだけ飲み食いが出来るようになっている。
ただしどちらにしてもひとつだけ注意しなければならない事がある。それはこのゲームの食べ物には使用期限が存在するという事だ。それほど期間が短く設定されているというわけではないが、それでも遅くても2、3か月以内には、食べないと消えてしまうものが多い。
僕のお気に入りのハニージンジャークッキーの使用期限は3か月なので、一番最初に買ったクッキーでもまだ2か月以上はもつ。それに冷蔵庫に入れておくと、さらに使用期限が延長される、ものによっては一年は余裕でもつようになる。まぁその代わりキンキンに冷えた状態になってしまうので、別途食料品を温める家電が欲しいところではあるがそこはまだ未実装。
ひとりギルドハウスでくつろいでいるのにはわけがある。それは『急用がある』とサンに呼び出されたためだ。まぁその呼び出した本人が不在なんだが……。それに僕と同じようにギルドハウスに集まる連絡を受けているはずの修羅刹もまだ来ていない。
僕としてはここ最近ず~とダンジョンにこもっていたし、たまにはこうやってぼ~っとするのも悪くないのだが、呼び出したやつがいないのはおかしくないかい……。
宿敵ゴブリンファイターを倒し、次にレッドキャップを倒し、ダンジョンを進み続けた僕はいま27階層まで到達している。それに伴い途中から強い魔物とも戦わないといけなくなったので、武器防具もそれに合わせて強化している。
それとサンは22階層で修羅刹は25階層と、どんぐりの背比べではあるが僕が一歩リードしている。
僕はギルドハウスの扉に目を向けては、また窓から見える景色を眺め、そしてクッキーを紙袋から取り出してまた口に放り込んだ。
それからさらに数分が経過し、とうとうクッキーも食べ終えてしまった。
「ぼ~とするのも悪くないけどサンも修羅刹も遅くないか……」
天井を見上げながら、ひとり呟いていると……ガチャッ!!と扉が開く音が聞こえた。僕は音が鳴る方に頭を向けるとそこには右手を軽く挙げ、軽いノリで入って来るサンの姿が見えた。
「すまん!タクトちょっとだけ遅くなったわ!!」
「お前……ちょっとじゃねぇけど、30分は待っていたけどな!」
「あれ?そんなに経ってたのかそれは悪かった。んで、修羅刹はまだ来ていない感じか?」
サンは謝りつつソファーに深々と腰を下ろした。それから1分も経たずに修羅刹も合流した。
僕はサンに僕達をここに呼びよせた理由を聞いた。
「それで僕達をここに集めた理由を教えてもらっていいか?」
「あ~、それはだな。これだよ!これ!!これを見てくれ!!これに参加しようぜ!!!!」
サンはインベントリーからチラシらしきものを取り出すと、それをテーブルに置いた。
「えっと~、なになに……第一回エインヘリャル最強決定戦について?」
そのチラシにはこう書かれていた。2週間後のコロシアム実装を記念して第一回エインヘリャル最強決定戦を開催いたします。自分の実力を試す良い機会となっております、名誉と名声……それと優勝賞品であるユニーク武器を手に入れるチャンスです。さぁ戦え
こうして僕達三人は2週間後の大会に備えて、さらにダンジョン攻略に熱が入るのだった。
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