第12話 雪月山花

 ギルドにはもうすでに何組かプレイヤーがいた。みんなそれぞれ受付窓口でギルドの設立について相談している。


 こうしてはいられないと僕とサンはそれぞれ頬を叩き正気に戻る。修羅刹はそんな僕等を置いてひとり先に受付窓口に向かっていた。


 受付窓口は全部で四か所あり、その内三か所は埋まっていたので僕達は誰も並んでもいない一番左を選んだ。しかし、隣のプレイヤー達がどんどんギルドを設立していくなか……いくら待っても担当のNPCが来ない。もしかしたらこの一番左はNPCが不在だから、誰も並んでなかったのではないか。


 そんな考えが頭を過ったその時だった。


 ドタドタドタドタドタドタ!!


 誰かが階段を急いで降りて来ている足音が聞こえた。その足音はこっちに向かって来ているようだ。その足音が鳴る方を振り向くと、タッ!?と勢いよく階段から飛び降り、スカートを履いている事すら全く気にせず、大理石の床にスタッと見事に着地するNPCの受付嬢の姿がそこにはあった。


 その動作を見ただけで僕よりも運動神経がいいのがすぐに分かった。着地時に身体が一切ぶれていなかった。


 他三名のNPCの受付嬢と同じ真っ白なブラウスに瑠璃色のベスト、スカートはセミタイトでベストと同じ瑠璃色のものを履いていた。


 この瑠璃色基調の服装がギルドの制服のようだ。


 そのNPCの受付嬢はこっちを見るや否や頭をペコペコ下げては「すいません、すいません、すいません、すいません……」と何度も謝りながら、僕達に対応するため裏に回り込んでいった。


 それが今まで無人だった受付窓口に、僕達のギルド設立の手助けをしてくれる受付嬢が来た瞬間だった。僕達を担当してくれるNPCは、赤毛の髪に色をあわせた赤いフレームの丸眼鏡が印象的な僕達と同い年ぐらいの少女。


「すいません……お待たせしました。それではこの用紙に記入をお願いします。何かご不明な点がございましたら、仰ってください」


 少女はそう言うと一枚の用紙を取り出す。


 懇切丁寧に『何かご不明な点がございましたら、仰ってください』と言われた僕達は、どんな事を記入させられるのかと、ハラハラドキドキしたがその用紙を内容を見て安堵した。それどころか逆にたったこれだけで簡単にギルドって設立出来る事に驚いた。


 ギルド設立申請書の記入欄はギルド名、ギルド設立者、それとギルド設立に必要な初期メンバーの2名を記入するだけのシンプルなものだった。


 簡単でシンプルなものではあったが、それでもギルド名のひとつも考えずにここまで来た僕達が、パパっと決めるのにはハードルが高かった。


「ギルド名どうしよっか?タクト、サンなんかいいアイディアない??」


 修羅刹は少女が用意してくれたペンをクルクル器用に右手でペン回しをしながら問いかける。


 僕とサンはその問いかけにすぐに答えられず頭を悩ませる。サンは自分の発案でギルドを作ろうといってしまった手前、僕以上に考え込んでいた。


 何かいい名前が閃いたのか、ぱぁっと目が輝きだしたサンはこれでどうだと、自信満々に自分が考えついたギルド名を口に出した。


「サンシャインリバーと愉快な仲間たち!ってのはどうだ!!」


 僕と修羅刹はその言葉が鼓膜に触れた瞬間「「却下!!」」と言い放つ。


「いい名前だと思ったんだけどなぁ……そっかぁ、ダメかぁ」 


 自分のアイディアを否定されたサンは、他人から見てもすぐ分かるほどにしょぼんとして、それから言葉を紡ぐ事がなくなった。


 その時のサンは身長が180cm以上あるのが嘘だろというほどに小さく見えた。


 あーなってしまったサンはもう使い物にならない……さて、どうしたものか。


 ギルド名を付けるのなら、どうせなら僕達三人の名前を模したものにしたい。なぜなら、今から作ろうとしているギルドは、僕達三人だけで結成されたギルドになるからだ。これはこういうギルドというシステムが実装される事を知った時からみんなで決めていた。


 紫乃月拓斗に蘇芳院六華、山河聖陽、ここから一文字ずつ取っていくとするか。紫院河……なんか違うな、六聖斗……カッコいい気もするけど、ただちょっとゴロが悪い。


 そうだ、四字熟語とかから持ってくるのはどうだろうか。それなら見栄えのいいギルド名が出来るのではないか。


 その肝心の四字熟語が思い浮かばない。月とか花……山、河でなんかあったような。花、花……あ~、花鳥風月。これの花を華にすれば、それっぽい感じになるな、あとは鳥か風を山か河に入れ替えればいけるのではないか


 花山風月、花鳥河月……なんだろう、文字の見た目があまりカッコよくない。それに六華の言葉の意味は雪だし、ちょっと違うかな。


 他のを考えよう、確か四字熟語には雪とかが入ったやつもあったよな。その中で僕が思い出したのは風化雪月ふうかせつげつ。意味合いとしては花鳥風月かちょうふうげつと同じようなものだったはず、確かこれには他の言い方があった。


 その四字熟語は雪月風花せつげつふうか。うん、これを使って風の部分を山に変えるか……よし、これを提案してみるとしよう。


 僕は早速ふたりに考えたギルド名を発表した。


雪月山花せつげつさんかってのはどうかな?」


「「せつげつさんか??」」


「雪の別名は六華だろ、んで僕は月、サンは山。花は……あとでなんか理由を付ける事にしよう」


 発表を終えた僕はふたりの反応をうかがう。


「悪くないな、というかもう逆にその名前しか俺様達のギルドにぴったりな名前はないんじゃないかと思えるほど、いい名前じゃないか!」


「そうね!わたしもそう思うわ。雪月山花……いい名前ね。ギルド名はこれで決まり!!それじゃギルド設立者もタクトにして……」


「あれ、僕の聞き間違いか?なんかギルド設立者が僕って聞こえたんだけど??」 


「ギルド名を考えたのはタクトなんだから、あなたが設立者になるのは当たり前じゃない。で、メンバーとしてわたしとサンを記入してっと」


「そうだぜ、タクト。ごく当然のことだ。それじゃこれからよろしく頼むぜ。ギルドマスターのタクト」


「はぁ~、まぁ僕達三人だけのギルドだから別にいいけどさ~」


 こうして僕がギルドマスターに就任する事になった。


 必要事項を記入した用紙を少女に手渡すと最後に、今の僕達が一番頭を抱えてしまう言葉が少女から告げられる。


「はい、問題ございません。それではギルド設立の手数料として1,000リィン頂戴いたします」


「「「1,000リィン!?」」」


「はい、1,000リィンです」


 あの階段を走り降りていた少女とは思えないほど無表情に少女はもう一度、僕達に再度そう告げた。


 知ってのとおりいま僕達の所持金は0。その状態でここで考え込んだところで結果は決まっている。今回はギルド設立を諦めて、ダンジョンに向かう事にしようかと三人で話し合っていた時だった。背後から見ず知らずのプレイヤーから声をかけられた。


「あのぅ~、よければ某が1,000リィン立て替えておきましょうか?」 


 僕達はその声の方に振り向く。そこには群青色の髪に黒い瞳、紺色の着物、そして腰に刀を携えた笑顔が似合う好青年がいた。


 その好青年は『コタロウ』というらしい。プレイヤーが操作しているキャラには、全て頭上にキャラ名が存在しているので、それですぐに分かった。

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