第2話 ギャラ飲みとお持ち帰り

 向かった先はとある高級なタワーマンション。こういうところの最上階の家賃は百万単位だとマダムが話していたのを覚えている。今夜はこの一室で開催されるホームパーティーに招待されたのだ。もちろん、いかがわしいパーティーだろう。


 このマンションにはコンシェルジュが常駐していて、丁寧な応対が印象に残る。彼女はいかがわしいパーティーと知っているのだろうか。私たちのような人外が訪れている事を知っているのだろうか。真実を知ったなら、即配置転換を申し出るに違いない。


 エレベーターで最上階へと上がる。その部屋の前でも黒服が待機していた。その黒服に案内され部屋の中へと入る。


「遅くなりました」

「大丈夫だよ、マダム・エリーナ」


 中から出迎えたのは中年の紳士だ。やや背が低く小太りだが筋肉質の良い体格をしている。マダムと熱い抱擁を交わしたあと、私の手を取ってから微笑んだ。


「リリィちゃん。今日はよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」


 製薬会社役員で名は仁科康人にしなやすひと。この度のパンデミックで法外な利益を上げている会社で、何やら怪しいプロジェクトに関わっている……と、手を握っただけだがこんな情報が分かった。中々どす黒い性根をしているようだ。


 私たちが一番最後だったらしい。

 その場には男が5名、女は私たちを含めて12名だった。皆が20代で良い容姿をしている港区女子というやつだろう。金持ちの男と遊び歩き、金をせしめる腹黒さはそこにいる男と同じようなものか。しかし、日本人特有の西洋系外国人に対する嫉妬の火がチリチリと燃え上がっているのは笑える。それこそがルッキズムの奴隷に成り下がっている証拠だというのに、自らがその位置を固持しているからだ。


 今夜の男はそんな馬鹿な女たちには見向きもせず、私とマダムに絡んで来ていたのは面白い。私が感じているのは優越感などではなく、自らの欲望をコントロールできず、獲物を奪い合おうと争っている愚民の痴態だ。


 どうやら、この場のルールは誰が誰を持ち帰るかを男同士の話し合いで決めるらしい。まあ、男の序列で好きな女を選び、変に争わないようにするのが話し合いという事のようだ。


 選ばれなかった女も相応の報酬……ギャラ飲みと言うらしい……を貰って帰される。一晩、食事を奢ってもらい金銭も貰えるのなら美味しい仕事なのだろう。


 高級寿司に高級なシャンパン。どこかの料理店の高級なオードブル。こんな物で舞い上がるような人間たちに憐れみさえ感じるのだが、私だってもう二日も食事をしていないのだ。こんな寿司でも腹の足しにはなる。


「リリィちゃんだっけ? お寿司が好きなの?」


 この中で一番若い男が声をかけて来た。高身長でロン毛を後ろでくくっているイケメン。私は静かに頷くのだが、寿司よりも若い男の精気の方が好きなどとは言えない。


「僕は海乱鬼かいらぎ世紀せいき。IT系の経営者です」


 本名は堀川誠二。IT系ではなくホストクラブの経営者だ。私は手が触れるだけで相手の思考が読めるのだが、こういう嘘つきは何ゆえ、必ずバレる嘘をつくのか理解に苦しむ。その分、私にとって味わいは深くなるのだが。


「ほら、あっちのオードブル取り分けて来たよ」

「ありがとうございます」


 どうやら、この海乱鬼が私の相手のようだ。他の女の嫉妬が突き刺さるが知った事か。見た目は劣っていても誠実な男を掴まえた方が幸福になれると思うのだが、ここにいる女は嘘つきな金持ちと繋がる事を至上としている。


 ふと気づくと、男が気に入った女をお持ち帰りして抜け出していた。三人もだ。残った男は家主の仁科と海乱鬼の二人。海乱鬼はあぶれた女に現金入りの封筒を渡して部屋から追い出していた。


「さあ、これからが本番だ。今夜は思い切り楽しもうね」


 下卑た笑みを張り付けた海乱鬼の声が部屋に響いた。

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