第18話 休憩

「大丈夫かな、二人だけ残してきちゃって……」

 

 俺の少し後ろを歩き、心配そうに俯く天海恋。

 俺と彼女は友達とも恋人ともいえない微妙な距離感を保ったまま、こうして数分間意味もなく歩き続けている。

 松方と羽佐間恵のいる喫茶店からただ離れるように、歓楽街の大通りを敢えてさけて人通りが比較的少ない並木道を歩いていた。


「大丈夫……じゃないかもしれないですけど、俺と天海さんが居るよりはマシな状況だと思いますよ」

「それは……そうかも」


 彼女は少し考え込むような仕草を見せてから、小さく頷く。

 白いワンピースに、肩から提げるタイプのブラウンの鞄。

 ひまわり畑で麦わら帽子でも被っていそうな、健気というか儚げというか清廉というか、ともかく並んで歩いている俺が思うに、そういう印象だった。


「――私たちって今どこに向かってるの?」

「え? あぁ、特に行き先は決めてないっすね。とりあえず事件現場からは離れようかなと」

「あはは……事件が起きる前提なんだ……」

「天海さんが来た時点で、もう事件起きてた気もしますけどね」

「うぅ、そこを突かれるとなんとも……。あ、そうだ。あそこに雑貨屋さんあるし、立ち入り禁止のテープでも買っていく? 喫茶店前立ち入り禁止ーみたいな?」

「…………え」


 そういうボケ、するタイプなんですか? と喉元まで出かかった言葉を必死に抑える。


「――あ冗談冗談!!! え、えへへ、ちょっとふざけすぎちゃったかな」


 彼女は先ほどの発言を取り消すように、顔前で手を横に振った。

 顔が徐々に紅潮しているのを見る限り、どうやら口が滑ってしまったらしい。

 なんというか、期待を裏切らない典型的な「ゆるふわドジっ子キャラ」というか。


 彼女の心に傷が残らない程度に軽いフォローを入れつつ、適当に話題を切り替えてそのまま歩みを続ける。


 ――こんな純粋そうな人が松方と浮気、ましてや「親友である羽佐間恵の彼氏」と浮気なんてするもんかねぇ

 初対面の時にも思った疑問が、今の彼女の姿を見て沸々と湧いてくる。

 しかし、その疑問を口にすることはしなかった。

 人を見た目で判断して、挙句の果てに推論でモノを話すのは愚の骨頂である。

 人の心は、目で見て分かるほど単純ではないことを俺は知っている。


 そんな風に思索にふけっているとふと、天海恋が声をあげた。


「――あ、パンケーキだ~。おいしそー……」


「パンケーキ……?」


 俺の体内に駆け巡るアツい何かを感じた。

 彼女の視線の先を追うと、喫茶店のテラス席で大きく積み上がったパンケーキを頬張る女子高生たちの姿があった。

 涼し気に着崩した制服姿の女子高生の若さ――などはどうでもよくて、俺は彼女たちがありつくパンケーキに釘付けだった。

 粘度の高いシロップが、良く焼けたパンケーキ生地を一層照り輝かせ、じわじわと溶け出すバターと混ざり合う……見ているだけで口の中に甘く広がるようだった。

 実をいうと俺も甘いものには目がないタイプだ。

 ごくり、と喉が鳴る。


 そんなことを知ってか知らずか、白き天使——天海恋は願ってもない提案をしてきた。


「そうだ。そんなに早く帰っても仕方ないし、もし本堂くんが嫌いじゃなければパンケーキでも――」

「――ええ、いきましょう。善は急げです! 全速前進します! あ、会計は俺が出すのでお構いなく!!!」

「――え。ちょ、ま、本堂くん?!」


 天海恋の言葉を置き去りにして、俺はそれまでのゆっくりのほほん歩行スピードを3倍くらいに引き上げ、一直線に店に向かうのだった。


 *** *** ***


 こうして、奇行の甲斐もあってギリギリ二人席に滑り込むことが出来た。

 ちなみに、どうやらここはパンケーキに力を入れているタイプのコーヒースタンドらしかった。

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