第13話 道中

「――――」


「――――――――――」


「―――――――――――――――――」


「――――――――――――――――――――――」


 揺れる電車の中で、俺と松方は立っていた。

 平日の昼過ぎということもあって車内はガラガラ。座るところなんてそこら中にあるにもかかわらず、俺たち2人はドアの前に並んで立っていた。

 吊革に体重を預ける松方と、吊革を持たずに仁王立ちしている俺。


 一定の間隔で刻まれる電車の音と長い沈黙が続く。

 

「……ヒロがさ」


 沈黙を破ったのは、松方の方からだった。


「ヒロが、あんなに真剣に話してるの、初めてみた気がする……なんだかんだ付き合い長いけど」


「……まあ、初めてだろうな」


 俺自身、あんな風に誰かを叱咤した経験はなかった。

 家族であろうと友達であろうと、俺に言わせれば「突き詰めれば他人」だったからだ。

 俺以外の人間が、「俺の感情を揺れ動かすに値しない誰か」だったからだ。


「……そのわりに、めっちゃ説得力あった」

「そりゃよかった」

「……んー、ちげーな。こういうことが言いたいんじゃなかった」


 ぎこちない会話だった。

 一丁前に身だしなみを整え、整髪料も付けている大人っぽい松方の背中は、いつもより小さく見える。


「なんつうか、こう……ヒロも変わったんだなぁ……てさ。――あいや、決して悪い意味じゃなくてさ、良い意味で」

「それ言う時って大体悪い意味で使ってるイメージあるが」


 悪い意味で言った後の付け焼刃型フォローにしか聞こえない不思議。


「いや違うって。だってヒロさ、高校生の時もそんな感情を表に出すタイプじゃなかったくね? いつだって冷静沈着、みたいな。そういうイメージ強かったから驚いたんだよ」


「冷静沈着ねぇ……」


 コミュニケーションが年中不足しているだけだった気がするが、それを冷静沈着などとポジティブに捉えてくれるのは恐らくこの男だけだろう。


 そうしてまたしばらく沈黙が続いた。

 車窓から見える景色は、都会の情景と樹木を交互に映し出す。


 そしてまた、突然松方が沈黙を破るのだ。


「……高2の時さ、電車乗って学校から帰った時のこと、覚えてるか?」

「……全く。状況が漠然としすぎてないか?」

「いやいや。俺とヒロが高校時代に一緒に帰ったのって、多分あの一回だけだぜ」

 

 少し過去の記憶を巡る。


 ……覚えてない。

 確かに俺と松方は友達だったとはいえ、別に一緒に帰るほどの仲ではなかった。彼と俺の部活は違ったし、関係値としては「ただのクラスメイト」というのが正しかった。

 ……今思えば松方と一定仲良くなったきっかけは何だったのだろう。

 脱線した思考に走る俺を引き留めるように、松方は続けた。

 視線を車窓の奥に伸ばしたまま。


「あの日は俺ら日直で二人して仕事すっぽかして、放課後、館林から呼び出し喰らったんだよな。で、そのまま説教&居残りで日直の仕事やってたら下校時刻なんてとっくに過ぎて、じゃあ一緒に帰るかってなったわけ」

「館林、懐かしいな。いやというか、よくそんな詳細に覚えてんな」

「俺、こう見えて記憶力は良いからな」


 自らのこめかみを指して松方はニヤリとした。

 ちなみに「館林」というのは当時の生徒指導を担当していた高齢の女性教員だ。甲高い声でキレ散らかしていた印象しかない。


「あの時、帰りの電車でヒロが言った言葉が忘れんれなくてさ……なんて言ったか覚えてるか?」

「なんも思い出せてないし、覚えてるわけないな……ちなみに、何て言ったんだ?」


 俺の問いに、松方は俺の眼を見ながら答える。


「"俺らがライオンなら館林はシマウマだ。弱者は強者を罵ることしか出来ない。強者は弱者を見て、ただ爪を研ぐんだ……"って」

「――それマジで俺の黒歴史だな。忘れておいてくれないか」


 おいちょっと待て。

 誰だよその頭おかしいやつ。 

 そしてそんな頭のおかしい文言を一言一句覚えてるお前は何者だよ。


 ……おい、俺をそんな目で見るな。

 当時、サバンナの映像+眠くなるようなナレーションが流れていたテレビを見ながら己の人生を顧みていた余りにイカれた俺がそんな言葉を吐くなんてことは万が一にもありはしないが、それでも松方が言っていることに一ミリも心当たりがないかと言われると嘘になるので、俺は嘘をついても良い世界で生きていきたいと思っているのである。……は?


「頼む、忘れてくれ、或いは俺を殺してくれ」

「……え、なんでだよ、かっけーって思ったんだぜ、俺」

「いや頼む。帰りの電車賃も出してやるから忘れてくれ。誰にも言わず墓場まで持って行ってくれ頼む。それか俺を墓に入れてくれ一刻も早く」


 必死な俺を見て、松方は――


「ははっ、大丈夫だって。安心しろ。ああいうかっこいい格言は言いふらさないから格言なんだ。だから俺もここぞって時まで持っておくよ、あの格言」


 違う松方。

 違うんだ、そうじゃない。


「いやだからな――っ」

「おっ――」


 俺の言葉を遮るようなブレーキオンと共に車内が揺れ、電車が止まる。

 気付けば目的地最寄りの駅だった。


「――と。付いたみたいだな。行こうぜ、ヒロ。恵さんのとこまで案内頼むわ」

「なんだよ、あんな行く気なかったのに、気付けばやる気満々じゃねえか」


 電車から駆けるようにおりながら、「当たり前だろ」と松方は続ける。


「頼れる友達の格言を思い出したらさ、ウジウジしてても仕方ねえなって思ったんだよ。俺らはサバンナのライオン。そういう精神」


「…………勘弁してくれ」


 ここぞってときじゃあねえだろ、と思いつつ。

 松方の顔は、これから元カノに会いに行くとは思えないほど活気づいていた。


「おいヒロー早くしてくれ~ライオンは止まると死んじまうんだぜ~」

「それはマグロだ。あと雑に弄るの辞めろ」


 俺は先を行く松方を追ってホームの階段を上りだした。


 ――調子のいいやつだぜ、コイツは。


 と毒づきつつも


 ――まあしかし、松方はこっちの方がよく似合うな


 と、俺はそんなことを思った。

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