第2話 翌朝
翌朝。
「いやーマジで昨日は酔いすぎて迷惑かけた。ごめんなヒロ」
電話越しの友——松方弘樹は申し訳なさそうに、それでいてどこか軽薄な調子で謝罪の言葉を述べた。
「全然いいけど……わざわざその為だけに電話を?」
「そりゃそうよ。あんまり記憶残ってないんだけどさ、俺変なこと言ってた? 言ってたらマジでごめん」
「うーん。変なこと……。聞いたのは彼女さんと別れたことと別れた原因がお前の浮気だったってことくらいか……?」
「おっけ。なら大丈夫だな」
何が大丈夫なのか、小一時間ほど問い詰めたい衝動に駆られる。
彼女が居るのに浮気をした
という経験は今後の人生を左右してしまいかねない倫理観の損失だと思われるのだが、未経験者の俺にその気持ちを測り知ることはできまい。
「とりあえず良かったぁ……。さっき起きたとこなんだけど、ヒロに迷惑かけてないかだけが気がかりでさー。安心したら二日酔い悪化してきたわ、はは……。てか昨日家まで送ってくれたんだよな多分。さんきゅーな」
「あー……気にせんでいいよ。帰りの方向一緒だったから大したことでもないし」
「マジ優しいなヒロ……いやヒロ神……頼れるのはやはりお前しかいない」
「はいはいわかったわかった。無理せず休め」
松方の声は酷く掠れていた。
酒か寝起きのせいか、いずれにしても体調は良くないようだが、こうして飲み会の翌朝に連絡を寄越してくれる辺りが彼の憎めないところだと俺は思っている。
「うっぷ……すまん、喋ったらまた気持ち悪くなってきた……俺今日全休だから寝るわ……ヒロは授業あるんだったよな?」
「午前中だけな。ボチボチ出るとこだ」
「あーそりゃ悪いな。また連絡するわ」
「おうおう、了解了解——」
そのまま電話を切ろうとして、思いとどまる。
……
…………
「――松方さ、昨日のことなんだけど……」
「ん? 昨日がどした?」
「…………ごめん、やっぱまたでいいや。じゃあまたな」
「はいよー。バイバ——」
松方の声が完全に途切れるより早く、食い気味に通話終了の画面をタップした。僅か3分程度の短い通話時間だった。
とはいえ、家を出ないといけないタイムリミットまでは残り数分だ。
「……なに血迷ってんだ、俺」
パパッと身支度を整え、玄関で靴ひもを結びながら自らの言動を反省する。
彼にあのことを聞いてどうするつもりだったのだろうか。
あまりにも軽率だった。
――キミさ、ヒロキの友達?――
脳裏にフラッシュバックする、刺すような冷たい声。
酔って思考力が低下した脳の中心を一本の線で突き刺されたようなあの感覚。
思い出すだけで、心がざわついてしまう。
「……?」
ズボンのポケットが振動する。
どうやらスマホに通知が来ているようだ。
一件は松方からのメッセージ。「頑張れよ」という意味合いのスタンプが送られて来ていた。
そしてもう一件は――――。
「ったく。なんか面倒なことになってきたなぁ……」
玄関扉を開くと、眩い日光が嫌というほどに俺を照らしていた。
「……行ってきます」
誰も残っていない俺の部屋に向かって呟いた。
彼は覚えているのだろうか。
彼をアパートまで送っている最中、彼の元カノ――羽佐間恵に遭遇してしまったことを。
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