第3話 入れ替わりの条件

俺は3年越しに生前、結婚目前まで来ていた彼女と再会を果たし、昨夜全てを打ち明けた。


そして弟の拓真に戻る条件を探るべく俺は彼女と模索しているところだった。


意識を集中させ、片方の人格を傍観者として外に移す方法と、俺と弟の中でルールを決め2人の中で行動や状況を入れ替わる引き換え条件を設定し対応するというものである。

暫く部屋で考えていると、色々試した結果、眼鏡を付け外しを引き金にする事が決定した。


生前弟である拓真は眼鏡を掛けておらず、俺は眼鏡を掛けていた。


朝食を食べ終え、雫玖は1度家に帰ると出たきり戻るまでに決まって良かった。


そして、何度か入れ替わりを繰り返し、弟との会話をメールや筆談で可能となった。

拓真はというと未だ俺の居ない日常に慣れるどころか、周囲に心を閉ざす傾向にあり俺が居なくなってからというもの、前に進みきれていないようだった。


カチャ、眼鏡を装着し俺は拓真の携帯にメモを残す。「拓真、拓真は拓真らしく自由に生きて良いんだぞ?」

......。


「アレ?此処は...」


僕は手に持っていた携帯に目を落とし、既に開かれているメモを読んだ。


僕は兄さんと何度か入れ替わりを繰り返す中で、兄さんからのメッセージを受け止めた。


「兄さんと一緒に過ごす事が出来ないけど、雫玖さんも始めは動揺してたけど、なんとか理解してくれたみたいだし僕のせいで兄さんの人生を狂わせてしまったんだ、この体を兄さんに譲りたいと思う」


僕は兄さんの遺骨と仏壇に手を合わし、兄さんに伝えた。


暫くして雫玖さんが帰ってきた。


ガチャ、

「ただいま。雄一さん居る?」


雫玖さんの声のする玄関へ向かい、今は拓真であることを伝える。


「すみません、今は拓真です。それと、これから兄さんの事を他の人に説明するのは難しいと思うんだけど、そのへんも含めて改めて一緒に考えませんか?」


僕としては兄さんに全てを捧げたいと思っている。


とはいえ、そうすると外に出た時に周囲が動揺の渦に巻かれる事は明白であり、想像がつく。


そこで僕の意見を1つ提案してみる。


「雫玖さん、僕から1つ提案良いですか?」

そういうと雫玖さんは僕を見るなり階段を上がり、何も言わずに当時の兄さん部屋に入っていった。


「雫玖さん?」

僕は今朝のやり取りで納得仕切ってくれたのかと思っていたが、僕自身理解が追い付いていないのに、雫玖さんがこの複雑な状況を受け止めきれていると考えるのはあまりに早すぎた。


「雫玖さん、急な事だし僕自身も驚いていて...ゆっくりと考えたいと思ってます。」


僕は雫玖さんの小さな後ろ姿を見て僕の言葉や力では無力だと悟った。


暫くして雫玖さんは何も無い部屋の窓ガラスに手を当てロックを解除し左ドアを開け始めた。


「拓真くん、私もう雄一とは会えないって思ってて事故の次の日に店を予約してたんだ。雄一の部屋にプレゼント箱が入った袋があって、中身見たんだ...指輪だったの。そんなの、何年経ったって諦め切れると思う?でも、今朝確かに驚いたけど拓真くんを通して私だけでも雄一と話せる事が出来るって分かって、安心したんだ。また、雄一を、感じられるんだって」


雫玖は後ろに振り返り、窓から流れる風に雫玖の髪が靡き、涙もまた綺麗だった。


「雫玖さん、提案として僕が兄さんに全て捧げたいと思ってるんだ。」

僕がそういうと雫玖は勢いよくビンタが飛んできた。


「痛っ!!雫玖さん?」


僕は少し体勢が崩れ、1番いい手段だと思って提案した内容でビンタされた事に少し納得がいかないと感じた。

「拓真くん、君の気持ちは分かるし私も本当は嬉しいと思う。けど、私はそこまでして拓真くんの人生を無にしていい事にはならないと思うの。だから、二度とそんな投げやりなことは言わないで!雄一さんなら、きっとそういうと思うから...。」


"俺は俺の人生を生きていい''


兄さんからのメッセージにも確かに書いていた。


彼女もいない、友達も...ましてや兄さんとしか遊んだ事も出掛けたことも、してこなかった陰キャの僕が生きる価値が無いと思ってさえいる。


そんな僕を本気で怒ってくれるのは、兄さんと雫玖さんの2人だけであった。


暫くして僕は雫玖さんが新たに提案を出してくれた。


「拓真くんの気持ちは嬉しいけど、こういうのはどうかな?普段仕事や私以外の人と会う時は拓真くんで、私と会う時や事前に連絡する時や予定を入れた時は雄一に代わってもらう。どうかな?」


周囲に混乱を引き起こすこともなければ、雫玖さんにとっても兄さんと過ごせる日が事前に分かれば楽しみにもなるだろうし、予め予定が分かっていたら僕も準備ができるし、良いと思った。


「雫玖さん、その流れでいいと思うよ。明日以降そんな感じでやってみるよ。ありがとう」


そう言って僕と雫玖と雄一のルールが出来上がった。




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