51 淑女教育
静かな夜更けに、ラファエル公爵と二人きりで会ったりする事は今まで何度かあった。
だけどそれは、月明かりに照らされた公爵邸の美しい庭の中であって、そこには使用人達の目も少なからずあって。
だから今回、アイリスが夜更けにラファエル公爵の私室にお邪魔する……というのは、今までとまるで意味合いが違う。
それに気付かないアイリスは、可愛らしい夜着にショールを肩にかけてラファエル公爵の私室に向かう。
そんなアイリスの姿をフォンテーヌ公爵家の使用人達は、そっと影に隠れて見守っている。
これでフォンテーヌ公爵家の将来は安泰だし、もう平民の女に主人がうつつを抜かす事などないだろうと、使用人達はその顔に安堵を滲ませている。
まあそれはアイリスが何を考えて、何を話しに行こうとしているのかなんて誰も知らないから。
そしてアイリスがラファエル公爵の私室の扉を軽くノックすれば、その扉は開かれて。
「アイリス……」
「あ、ラファエル様……」
扉を開けたラファエル公爵は悩ましげな表情でじっとアイリスを食い入るように見つめる黄金の瞳は熱を帯びていて。
そんな艶かしいラファエル公爵の表情には、アイリスも少しドキドキして呆けてしまう。
……っイケメン!
だけどいまは見惚れている場合ない!
だって、このままじゃ色々と不味い!
「……さあ、こちらへおいで?」
「あ……はい」
ラファエル公爵は、部屋にやってきたアイリスの手を引いて室内に招き入れて。
……寝台に連れていき押し倒した。
どうしてこんな事になってしまっているのか。
アイリスにはわからない。
ラファエル公爵と一度ちゃんとこれからについて話がしたくて、アイリスはここにやってきただけ。
なのに。
「アイリス、私の部屋に君からやって来てくれるなんて……こんなに嬉しいことはないよ」
熱い吐息を吐いて囁くように喜びをアイリスに伝えるラファエル公爵は、本当に嬉しそうだけど。
「え……あ、はい?」
呆然として困惑顔のアイリスは、要領を得ない返事を返し何故こんなことに今なってしまっているのか。
頭の中が疑問符でいっぱいという表情で、ラファエル公爵を見つめ返す。
えっちで下世話な本がアイリスの愛読書ではあるが、それは現実的な内容ではなく男と男が煌めく世界で繰り広げる素敵な夢物語で。
男女のあれやこれやについて、アイリスはとても偏った知識しか持ち合わせはなく。
貴族としての一般常識すらも欠けている勉強嫌いのアホの子には、自分がどんな行動を取ってしまっていたのか未だ理解が出来ていないし。
ふかふかな寝台の上になぜ自分がラファエル公爵に押し倒されて組み伏せられているのか、全くわかっていない。
「……どうして? ラファエル様……こんなこと」
そんなアイリスは悲しそうに表情を曇らせて、自分を寝台に押し倒したラファエル公爵に抗議する。
「ん、どうした? アイリス……」
今から甘い雰囲気になるはずが。
その表情を曇らせたアイリスに、ラファエル公爵はどうしたのかと気遣わしげにたずねた。
「だって! 触れること、もう無理強いは……しないって! ラファエル様は私におっしゃっていましたのに……どうしてっ……?」
「……っえ、無理強いって……?! アイリスは……そのつもりで私の部屋にやって来たんだろう……?」
「ち、ちがっ……! 私はラファエル様とお話がしたくて……お部屋にお伺いしただけ……です!」
夜更けに可愛らしい夜着を着て自分の部屋にやって来てくれた、甘い香りがするアイリスのその姿に。
ラファエル公爵はやっと想いが通じたと喜んで、寝台に連れていきアイリスを押し倒した。
そしてその細く儚げな身体の上に、覆い被さったラファエル公爵の黄金の瞳は困惑の色を浮かべる。
「……こんな夜更けに? そんな薄い夜着で……夫の、男の部屋に来て、ただ君は話しに来ただけって……? ……妻が夫の寝室に来るという事は閨を共にしてもいいという意思表示だ」
「え!? っそ、そんなの私は知らない!」
「知らない……? 淑女教育でも……夫婦生活については結婚前にでもそれは普通習うだろう?」
「私は……淑女教育を一切受けていません」
「え……一切!? 苦手なだけじゃ……」
「それに、その……ラファエル様とは契約結婚だということで、そういうことは絶対ないと思って……母から何も教えられていません」
「っ……嘘だ……ろ……?」
アイリスが告げた事実にラファエル公爵は、驚きを隠せない。
普通貴族令嬢は淑女教育を受けるのが当たり前。
いくら貧乏でも、将来貴族に嫁がせる為には最低限の淑女教育を娘に施すもの。
それをアイリスは一切受けていないと言った。
ただ苦手なだけだと思っていた。
言葉遣いもアイリスは丁寧だし、動きはたどたどしいが所作も見苦しい所はない。
だけど、少し合点がついた。
もともとアイリスの事をヴァロア男爵は、貴族であるラファエル公爵の元に嫁がせるつもりはなかったのだろう。
初めてラファエル公爵がその話を持ちかけた時、ヴァロア男爵はとても難色を示し一度断りを入れられたから。
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