50 愛する女主人の為に
ラファエル公爵が改装してくれた公爵夫人の部屋でアイリスはひとりの時間を楽しそうに過ごす。
天蓋付きの寝台もお姫様のような可愛らしいデザインの物に変わっていて気分は上がるし、マットレスも新しい物になってふかふかで気持ちが良くて。
その寝台の上で、アイリスはうつ伏せに寝転がって手足をバタバタと元気よく動かした。
アイリスはドレスや宝飾品を買って自身を美しく飾り立てて貰うより、自分好みの快適なお部屋を作って貰えたのが嬉しい。
それはお家が大好きな引きこもりだからか?
それとも忘れられていたと思って悲しかったのに、ラファエル公爵が本当はアイリスの事を理解してくれていて。
実は気に掛けてくれていた事がわかったのが、アイリスは嬉しかったのか。
アイリスの為にラファエル公爵が用意してくれた部屋は、とても居心地が良くて自然に笑顔になった。
「アイリス様、湯浴みの準備が出来ました。さあこちらへ……どうぞ?」
ご機嫌に寝台の上で足をバタバタとバタつかせる可愛らしい女主人に、専属メイドであるジェシカはにこやかに声を掛けた。
「っえ、じ……ジェシカっ……! もしかして……ずっと、そこで私のこと見てた!?」
まさかジェシカに見られていたなんて全くもって気がつかなかったアイリスは、アワアワと慌てふためきながら起き上がった。
「っふふ、はい……! アイリス様はとても可愛らしくて眼福でしたよ?」
ジェシカは恥ずかしそうにモジモジとし始めたアイリスを眺め、こんな可愛らしい女主人に仕えることが出来るフォンテーヌ公爵家に雇われて自分は幸せだと思う。
……但し、親愛なる女主人を、三年間も日陰者にした雇い主であるラファエル公爵の事はジェシカは大嫌いだ。
よくもまぁぬけぬけと、そんな都合の良い事が出来るな……と、ジェシカは思う。
『笑顔が気になって……』
とか言って?
平民の彼女と別れたのにそれも一切告げずに。
影からこそこそと二年以上も女主人の事を覗き見した挙げ句の果てに、公爵領で楽しく平穏に暮らすアイリスを王都に急に呼び出して。
『本当の夫婦になりたい』
とか言って?
その楽しくて平穏な生活を奪い。
社交界に出したりしたから、可愛いアイリスが変態男に気に入られてしまいあわや傷物になりかけた。
それに自分にだけ心を開いて可愛らしい笑顔をみせてくれていたアイリスを、よくも誘惑してくれたな?
と……ジェシカは自分にだけ懐いていた可愛いアイリスをラファエル公爵にとられたような気持ちになって苛立っていた。
……なので。
このアイリスの部屋の改装を指示したのはラファエル公爵だが、その内容は全部ジェシカが決めていて。
ラファエル公爵は指示しただけで、このデザインを考えて選んだんじゃないですよ?
と、アイリスに告げたい気持ちを抑えるのにジェシカはとても苦労していたが。
「ジェシカ、このお部屋の内装とか家具……私の為に選んでくれたのは貴女なのでしょう? すっごく素敵、ありがとね!」
「っ……はい、ですがご指示なさったのは、公爵様でございますので! 私はただ仰せつかった仕事をしたまででございます」
「んー……そう? でも、私の事よく見ててくれてるってわかるから……いつもありがとう、ジェシカ!」
「アイリス様っ……!」
と、アイリスが気付いてくれて。
使用人でしかないジェシカの労をねぎらって、お礼まで言ってくれたから……!
ジェシカはアイリスの幸せの為に、ラファエル公爵を毛嫌いするのは少し抑えようと少しだけ考え直した。
そして当の本人であるアイリスは。
……だけどコレ。
王都でずっとこのままラファエル様と一緒に住み続けて、公爵夫人として生活する……的な外堀を。
ラファエル様に埋められてね?!
と、その笑顔の奥で、その事実にちょっと気付いてしまっていた。
……ラファエル様は……好き、一緒に居たいと思う。
けど、ここにいれば私はフォンテーヌ公爵夫人として生きる事になるということで。
社交活動が必要になってくる。
お茶会や夜会に頑張れば出席するだけなら出来るけど、私じゃ公爵夫人として上手く社交界で立ち回れない。
たまたまこの間は気が合うお友達が出来ただけ。
お茶会も何故か皆さん私に優しかったけど。
マナーもダンスも最低限すら私は出来なくて。
貴族として当たり前の根回しや腹芸、難解な言い回しも私にはわからない。
だから。
「話さないとな……やっぱり、ちゃんと」
「……アイリス様?」
「ジェシカ、ラファエル様に大事なお話があるの……だから、お部屋に今から伺ってもいいかお聞きしてくれる?」
「え?! い、今……からですか……?」
アイリスの指示に、湯浴みの手伝いをしていたジェシカは眼を丸くして驚く。
「もう、ラファエル様はおやすみになってるかな?」
「いえまだ、おやすみのお時間ではございませんが……っかしこまりました! このジェシカがお伝えしてまいります!」
「……? うん、よろしくね」
「はい! ではその前にアイリス様、本日の夜着は一番可愛らしいものに致しましょうね……! 香油もこちらにしましょう! いい香りです!」
いつもアイリスが湯上がりに使ってるものより、よりいっそう高級で甘く蕩けそうなほどいい香りの香油をジェシカは取り出す。
「え、あ……うん?」
と、アホの子アイリスは。
湯浴みを終えた夫人が、夫の元へ伺うという意味がよくわからずにジェシカに指示を出した。
そんな教育を、お飾りの妻として嫁いだアイリスは受けてなどいないから。
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