38 社交界の噂



「さあ、アイリスちゃん! 今日は私達と王城で開かれる夜会に一緒に行きましょう!」


「へ……?」


 朝閉めきったカーテンで部屋を暗く調整し。


 立派な引きこもりニートとして、二度寝を実行し幸せにそして優雅に微睡んでいたら。


 突如としてその固く閉ざされた扉は開かれ、そして閉めきったカーテンも開け放たれて。


 幸せな微睡みからアイリスは引きずり出された。



「私達と一緒に夜会に参加し、アイリスちゃん貴女が新しい公爵夫人だと社交界に知らしめるわよ!」


 そう、前公爵夫人はアイリスに宣言した。


「ほへ……?」


 ……と、いうことで。


 アイリスは夜に開かれる夜会の為に、専属メイドジェシカの手によって朝から美しく磨かれる。


 たっぷりのふわふわ泡で全身を磨き上げられ、甘い花の香りのする香油でアイリスのチョコレート色の髪は艶やかに、そして香りの良く。


 髪は丁寧に結われ、そして生花あしらわれる。


 その身に纏うドレスは、皇族御用達の衣装店にて急ぎで作らせたアイリスに良く似合うもの。


 ふんわりとしたプリンセスラインの桃色のドレスは、アイリスの清楚で可憐な雰囲気によく似合うし、色白の肌をより儚げに愛らしくした。


 そして仕上げに。


「うわ……なにこれすごい……!」


 その豪華な宝飾品をアイリスは見て目を丸くする。


 惜しげもなく大粒のダイヤモンドがふんだんに使われた首飾りや、耳飾りは貧乏男爵家で育ったアイリスには初めて見るものばかりで。


 その豪華さに驚いてカチコチに固まったアイリスにジェシカは豪華絢爛なお飾りを、丁寧に付けていく。


 そして鏡を見たアイリスは自分の姿に絶句した。


 その鏡の中には、お姫様が居たからだ。


 ……なんか高そう!


 だが、自分の姿を鏡で見たアイリスの感想はただそれだけで感動はない。


 だってアイリス本人としては、豪華で美しいドレスや宝飾品なんかよりも、静かな部屋でのんびりする時間の方が嬉しいから。


 根っからの引きこもりであるアイリスは、そのお値段には大層驚き固まるが、美しくなった自分自身には全く驚かない。


 まあ……確かに可愛いかな? 


 くらいで、直ぐにそのお値段をコロッと忘れて平然とするから。


 そんなアイリスを見た執事リカルドや使用人達が。


 やはり下位でも貴族のご令嬢だ!


 こんな豪華絢爛な品を身に付けても、さもありなんと平然と為さる!


 流石は我がフォンテーヌ公爵家の公爵夫人!


 と、アイリスの株は爆上がりして。


 使用人達は誇らしげにアイリスに頭を垂れた。



 そして今日夜会にアイリスが行くなんて前公爵夫人である母親から、一言も聞かされていないし知らされていなかったラファエル公爵が仕事を終えて帰宅し。


 豪華なドレスや宝飾品で美しく可憐に着飾った愛らしいアイリスを見て……固まる。


 目を見開き文字通りラファエル公爵のその逞しく鍛え上げられた身体は固まり、棒立ち。


「え、アイリス……?」


「……公爵様」


 元彼女とのあの一件以来、アイリスとラファエル公爵は微妙な雰囲気を漂わす。


 どうにかラファエル公爵のロリコン疑惑は本人の必死の説明により多少はアイリスの中で薄れた。


 だが未だにロリコン疑惑発生前のような関係に、アイリスとラファエル公爵は戻れずにいた。


 夜のお散歩やお買い物でアイリスの警戒心が多少は解かれ、仲良くなり始めていたのにとラファエル公爵は、元彼女のアンリエットにいい募りたくなった。


 だが元はといえば、それは自分の責任で……。


 ここ数日は悶々とした重苦しく辛い日々をラファエル公爵は一人過ごしていた。


 そんなラファエル公爵にとってこれは久し振りの幸福、こんな可愛らしいアイリスを見られるなんて。


「美しい……アイリスとても良く似合っています、まるで可憐な花の妖精のようだ! だけど……ドレス?」


「お義母様が夜会にと……おっしゃいまして……」


「え……? 夜会!? 母上どういう事ですか!」


 アイリスの美しさに見惚れていたラファエル公爵は、急に正気に戻り実の母親である前公爵夫人を激しい剣幕で問い詰める。


「なにそんな大声出して……? ラファエルったら五月蝿い子ね? これはねアイリスちゃんの公爵夫人としてのお披露目よ、私達も参加して社交界にアピールするの、貴方も早く着替えなさいな?」

 

「何……勝手な事を……!」


「……勝手何も、本当はラファエル貴方が率先して動かなければいけなかったのよ?! このままじゃ社交界でアイリスちゃんのおかしな噂話ばかりが一人歩きして、将来的に苦しむ事になるのはアイリスちゃんよ」


「アイリスのおかしな……噂話……?」


「なに、貴方やっぱり知らなかったの?」


 そして聞かされたのは。


 初夜すらも夫に拒まれる醜女。


 それにマナーも録に出来ず不出来だから、結婚して直ぐに領地に隠すように送られた。


 王都に戻したのは跡継ぎを産ます為だけ。


 と、まことしやかに社交界でアイリスは噂され、その公爵夫人としての地位は軽んじられていた。


「な……なんですか、それ……」


「嘘ばっかり! アイリスちゃんはこんな可愛らしいのに……! 初夜すらしないなんて絶対にあり得ないのにね! ほんと馬鹿な奴らよ!」


「え? ……あー、いや、それは……その母上…」


「あはは……えーと? その……お、お義母様……」


 その言葉にアイリスとラファエル公爵はしどろもどろに、前公爵夫人から目を反らす。


「……は?! まさか……貴方達……!」


 ピクピクと顔をひきつらせ二人見る前公爵夫人は、信じられないものを見る目で見るから。


「……してません、全ては私の責任です」


「私が公爵様に必要ないって、言いました……!」


 と、二人はあの結婚式の日の真実を告げた。

 

 

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