37 それはみんな予想外
「うわ、やば……」
その視線だけで、アイリスは生物として自分より強者だと本能で悟る。
例えて言うならこの状況は蛇に睨まれた蛙そのもので、アイリスは怖じ気づいて一歩後ずさる。
そんなアイリスを眼前に捕らえ、ラファエル公爵の元彼女アンリエットは嗤った。
……修羅場なんぞ豆腐メンタルの引きこもりに出来るはずもないのに、昼ドラだ! 修羅場だ!
と、止めときゃいいのに野次馬根性丸出しで嬉々として観賞するから般若の形相をした鬼に見つかってしまう。
アイリスはやっぱりアホの子である。
と、部屋に戻れとずっと促していたアイリス専属メイドのジェシカは再確認し。
……だがそんな所も大変可愛らしい。
と、ジェシカは鬼に見つかりつい野生の本能なのか怯えて後ずさったアホの子アイリスを見て思う。
そして騒然としたその場に、一石を投じたのは、アイリス曰く余計な事しかしない執事リカルドで。
「奥様はお部屋にお戻り下さいませ、ここは私執事のリカルドが引き受けますので!」
と、リカルドはアイリスに自信に満ち溢れたドヤ顔で、宣言するが。
「私……貴女にお会いしてお話がしたかったの、まさか、公爵夫人ともあろう方がたかが平民の私から尻尾を巻いて逃げたりなんて、なさりませんよね?」
「え……」
アイリスは尻尾を巻いて今すぐ逃げたしたい気分だが、ラファエル公爵家の使用人達がこの騒動を仕事の手を止めて見に来ていて。
尻尾を巻いて逃げるに逃げられない状況。
アイリスは貴族としての誇りや矜持なんて微塵も無いが、平穏無事な引きこもり生活の為にはここで逃げるわけにいかない。
使用人に舐められたら色々不味い。
だが、怖い……でも逃げられない。
……アイリスは可憐な微笑みを浮かべる。
その微笑んだアイリスの姿は清楚で愛らしく、凛としていてどこか儚げなお淑やかな深窓のご令嬢で。
いくら美しくても、平民のアンリエットでは決してその清楚で可憐なアイリスの微笑みや立ち居振舞いは真似出来ないもので、貴族と平民の格の違いを見せつけた。
そしてアイリスは深窓の令嬢メッキを顔面にぴったりと張り付けてラファエル公爵の元彼女アンリエットと対峙した。
「……私にお話しとはいったいどういったご用件で?」
噛まないようにゆっくりとアイリスは言葉を紡ぐ、ここで噛んでしまえばとっても恥ずかしいから。
「っ……貴女のせいで! 私はラファエルと別れる事になったのよ?! たかがお飾りの妻の癖に……! 全部貴女のせいよ! 私がラファエルの妻になって公爵夫人になるはずだったのにっ……」
アンリエットはアイリスに、ラファエル公爵との破局はお前のせいだと責任転嫁しお飾りの妻だと罵倒する。
……私のせい?
いやいや、それは違うだろう……?
こんな事になったのは、元はといえば……!
「はあ? 全部私のせい……? こんな事になったのは元はといえば貴女がちゃんと公爵様を捕まえてないからでしょう?!」
「……え?」
「貴女が公爵様と別れたりなんかするから、私がお飾りの妻じゃいられなくなって、公爵様が私に『恋した』とか宣ってくるんでしょ?! 返せ! 悠々自適で幸せなお飾りの妻生活を……!」
と、アイリスは大変珍しくぶちギレた。
……だって。
アンリエットとラファエル公爵が別れたりしなければ今もアイリスは公爵領で静かに引きこもり、悠々自適なお飾りの妻生活が出来たのだから。
「えっ……ちょっと……貴女、待って?」
それにはアンリエットも困惑をせざるおえない。
「それに私だって……私だってね! 好きで結婚してお飾りの妻なんてやってたんじゃないし、……公爵夫人なんかしてるんじゃない! 貴族なんてもうやだっ!」
ぷるぷるとアイリスはうち震えながら、そのチョコレート色の瞳を潤ませ涙をぽろりと溢すから。
「……え? あーうん……ご、ごめんなさい? な……泣かないでよ……うわ、これ……どうしましょ!?」
と、アンリエットはまさかそんな事を言い返されるなんて思ってもみなかったから、しどろもどろ。
「私だって……一度くらい恋してみたかった! 貴女は好きな人と一度は付き合えたんだから何の文句があるの?! 私はもう一生恋なんて出来ないのに……! どうして15歳で結婚なんてしなきゃいけないのよ……」
「15歳で貴女結婚したの?! うそ、ラファエルって……ロリコン?! うわ、まじか……やばっ……」
「だから私のせいじゃないもん……」
「そうね……貴女も若いのに苦労してるのね? ごめんね、勘違いしてた私が全部が悪かったわ……!」
アンリエットはアイリスの境遇に同情し、先程までの剣幕はどこへやら素直に謝罪。
「っ……お姉さん……!」
そして二人は見つめあい、手と手を取り合うアイリスとアンリエットにはラファエル公爵に振り回された者同士の仲間意識が、芽生えてしまう。
その後応接室に二人は移動し、ラファエル公爵に対する愚痴大会が開催されて話が弾む、弾む。
年の差、身分など女同士の愚痴大会には関係ない。
そんな二人を執事リカルドとアイリスの専属メイドジェシカは、これはとても面倒な事になったと内心思いながら眺めた。
……フォンテーヌ公爵邸の玄関の扉が勢いよく開く。
開いた扉の前には息を切らせたラファエル公爵が、血相を変えて立っていて。
「アンリエット! 馬鹿な真似はもうやめ……え?」
「ラファエル! 貴方最低ね! こんな可愛い子を金で買って無理矢理妻にするなんて! このロリコン! 浮気男! 貴方なんて、此方から願い下げよ!」
と、開口一番アンリエットに罵倒され。
「え……」
呆けるラファエル公爵に追い討ちをかけるように。
「こ……公爵様、本当はロリコンだったのですね!?」
と、アイリスにロリコン疑惑を持たれ。
「アイリスちゃん! どうしてもラファエルに我慢出来なくなったらお姉さんの所に来なさい、貴女くらい私が養ってあげるからね?」
「っ……お姉さん! 大好きです、私……お姉さんみたいな人のお嫁さんになりたかった……! 絶対また遊びに来て下さいね! 待ってます……」
「ええ……! アイリスちゃんの、大好きなお姉さんはまた会いにくるわ! あら……? そんな顔してどうしたの? ロリコンのラファエル公爵様? ふふ、ざまぁ?」
と、アイリスの初大好きをラファエル公爵は元彼女にさらっと奪われて、その心はもうズタボロで。
アイリスの初大好きを貰えたアンリエットは、ラファエル公爵をちらりと横目で見てドヤ顔し去っていく。
そして後に残されたのは元彼女と、振り向いてくれない愛する妻の二人に罵倒されロリコン疑惑をかけられ、予想外にやり返えされたラファエル公爵ただ一人だけだった。
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