34 息子を舐めくさった態度に



 城で近衛の副隊長と共に、山のように積み重なっていく書類を捌いていたラファエル公爵の元に、至急屋敷に戻れとの緊急の知らせがアイリスの専属メイドジェシカから届けられた。


 その知らせに何事かと早馬に乗り帰って来てみれば、現役を早期引退し遊び呆ける両親が旅先から自分に何の連絡も無しに屋敷にやって来ていて。


 今はアイリスが両親の対応してくれていると、待ち構えていた専属メイドジェシカにラファエル公爵は聞き急いで駆け付ければ。


 応接室でアイリスを取り囲み、余計な事をほざく両親達と、それを止めない執事リカルドのその姿にラファエル公爵は苛立ちを覚えた。


「……連絡も無しに突然来るなんてあまりにも非常識です、本当に何を貴方達は考えているんです? 急に来るだなんてアイリスが困るでしょうが!」

 

 両親である前公爵夫妻を冷たい眼差しで睨み付け静かに叱責するラファエル公爵は、噂に違わぬ冷徹さをその視線と雰囲気に醸し出す。


「……あら! ラファエルおかえり、随分と早かったわね? 貴方がアイリスさんと一緒に暮らしだしたと風の噂で聞いてね? これはお祝いしなくちゃいけないと思って……つい会いに来ちゃったのよ! ふふっ」

 

 前公爵夫人は、ラファエル公爵の冷たく底冷えするような眼差しに一切怯む事なく、そして悪びれる事もなく嬉しそうに笑う。


「風の噂、ですか? ……リカルド?」


 前公爵夫人の言葉に、ラファエル公爵は刺すような視線を執事リカルドに向ける。


「っ…… 」


 そんなラファエル公爵の視線に、執事リカルドも流石に己れの失敗に気付いたのか目を伏せる。


「まあまあ、落ち着きなさいラファエル? リカルドも別に悪気があって私達に知らせたわけじゃじゃなくてね、心配する私達の事を思いやって知らせてくれたんだ、そう怒らないでやってくれよ、な?」


 前公爵が、息子であるラファエル公爵の叱責から執事リカルドをにこにこと笑顔で庇う。


 その表情は子どもに言い聞かせるソレで、完全にラファエル公爵は前公爵に甘く見られていて。


「……それについてはこの家の主人である私が決めます、もう部外者である貴方達が決める事ではありません、余計な口出しをしないで頂けますか?」


 ピリピリとした空気を漂わせラファエル公爵は、前公爵に部外者は黙ってろと言うから。


 その場の雰囲気は、それはもう最悪で。


 それは執事リカルドと前公爵夫妻の自業自得の結果だが、その状況を見かねたアイリスが。


「あの……公爵様、おかえりなさいませ……?」


 冷たいピリピリとした嫌な空気の中で、恐る恐るラファエル公爵にアイリスは声をかけた。


「……え? っはい、……戻りました」


「私は、その……全然大丈夫ですので何もご心配為さらないで下さい、お約束致しましたし」


 とても久し振りに『おかえりなさい』と、アイリスに声をかけて貰って。


 この状況では流石に表情には決して出さないけれど、ラファエル公爵は心の中で喜びに舞い上がる。


 だがその喜びは、さらにラファエル公爵にどこにもやりようのない憤りを募らせる事になる。


 それは余計な事ばかりして、命令を聞かず自分を明らかに舐めている執事リカルドと。


 自分に公爵家の仕事を全て押し付けて遊びまわる癖に、未だに子ども扱いしてくる両親に。


 そしてその皺寄せを公爵夫人という本人が望まぬ面倒な立場なだけで一人で受けて、振り回されてばかりのアイリスに……ただただ申し訳なくて。


 ラファエル公爵は。


「……父上、母上この事は後でゆっくり話しましょう? ……それとリカルド、公爵である私の命令に従えぬのならこの公爵家から出て行ってもらう」


「っラファエル様……!」


「私の命令を聞かぬ者は、この公爵家には必要がない、ただ邪魔なだけだ……そんなに私の命令を聞くのが嫌ならばお前が本当に忠誠を誓う父の命令でも好きなだけ聞いて余生でも過ごせ」


 ラファエル公爵は冷たく執事リカルドにそれだけを言い捨て、小さく溜め息を溢す。


 そしてアイリスにラファエル公爵は向き直り、先程までとは打って変わって優しい表情で微笑みかけた。


「……アイリスすまない、両親の相手をして疲れただろう? さあ、部屋に戻って休もう?」


「え? ……はい、ありがとうございます」


 そして二人が応接室から出て行こうとすると。


「ちょっと待ちなさいなラファエル! そんな苛々して……親が子に会いに来ただけでしょう? 歓迎こそすれ怒るだなんて酷い……」


 前公爵夫人が二人を呼び止める。


「いくら親でも事前連絡も無しに屋敷にくるなんて普通に非常識です、相手の迷惑を考えて下さい」


「……それにアイリスさん貴女、ラファエルの妻でしょう? 貴女がこの場を諌めないでどうするの、公爵夫人としての自覚はあって? ラファエルの事も他人行儀に『公爵様』だなんて呼んで……」


「母上! いい加減にしないと私も怒りますよ?」


「……あら既にラファエル貴方怒ってるじゃない? もー何よ、アイリスさんと一緒に暮らしだしたと聞いて喜んで来たのに! いつになったら孫の顔を私は見れるのかしら? 貴方達もう結婚して三年よ? 私のお友達は皆もう孫の顔を見てるのに! 屋敷に来るのも駄目なんて冷たい子ね……?」


「母上、貴女の言いたい事はそれだけですか?」


「あら、まだまだたくさんあるわよ?」


 それに悪びれる事もなく前公爵夫人は、ラファエル公爵ににこにこと笑いかける。


「……後で聞きます」


「そんな、後でなんて嫌よ? 私ねアイリスさんともお話がまだしたいし、今……」


「もういい加減に黙れっ! ……さっきから人が大人しく聞いてやっていれば、好き勝手言いやがって……それが迷惑だって言ってんだろ……?」


「え……? らっ、ラファエル……?」


 ラファエル公爵が発するその言葉に、母である前公爵夫人は目を丸くして呆ける。


「それに貴方達はもう当主じゃないんだ、いちいちでしゃばってくるな、それに夫婦の事に口出しなんて馬鹿な真似して下品なんだよ、恥を晒すな」


 と、ラファエル公爵は我慢ならなかったのか、実の親に言い捨てて、アイリスを連れて応接室から出ていったのだった。


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