22 ご機嫌な引きこもり



 皆が寝静まった星が輝く夜だけが彼女にとっては唯一の心が休まる時間で。


 空に朝日が昇ればどこか憂鬱になった。


 引きこもりで夜行性の彼女にしてみれば夜は活動時間で、朝と昼はは眠る時間。


 だから明るい太陽の光が差す日中は、寝台の上で静かに過ごすから、周囲の人間達はアイリスの身体が弱いと錯覚した。


 でもアイリスの身体は至って健康。


 部屋に引きこもってばかりいて運動をしないから筋肉がないし、ほぼ動かないから食も細いがどこも悪い所なんてない。


 薄幸の美少女、深窓令嬢なんて周りがその見た目に勘違いして勝手に想像した偶像で、それをアイリスは利用しているだけ。


 そんなアイリスは本日大変ご機嫌で、久しぶりに軽快なステップを華麗に踏んで。


 深夜に小躍りを一人軽やかに踊る。


 小躍りを踊るアイリスの表情はきらきらと煌めいて明日への希望に満ち溢れ、輝いている。


 それもそのはずで。


 引きこもり許可を、あのラファエル公爵から勝ち取ったからだ。


 本当はラファエル公爵となんてアイリスは一緒に住みたくはないけど、そこは仕方ないと。

 

 私も大人だ妥協する!


 と、納得し。


 どうせ部屋に引きこもってたら会わないし?


 執事のリカルドがラファエル公爵と会わせようと色々と企ててきて鬱陶しいが。


 そこは本人に許可貰ったから放置しても無問題!


 だと、アイリスはとても強気で。


 さぁて、祝いに今日はなにして遊ぼうか!


 と、アイリスは満足そうに可愛らしく微笑んだ。


 


 ……まさかラファエル公爵も思っても見なかっただろう、同じ屋敷に住んでいるのにあれから約1ヶ月アイリスと一度も顔を会わせる事がないなんて。


 確かに好きなだけ屋敷から出ずに過ごして良いとラファエル公爵はアイリスに言ってしまった。


 だがアイリスが部屋からも全く出てこないとは夢にもラファエル公爵は思っていなかったし、屋敷にばかりいては直ぐに飽きるだろうと思っていた。


 だってラファエル公爵は屋敷内に一日中いる事なんて殆どなく、仕事が休みの日でも何かしら用事で外出しているから。


 ラファエル公爵には、引きこもるアイリスの気持ちが全くわからなかった。



「リカルド、アイリスは……彼女は……どうしている? 顔を全く見ない……大丈夫なのか?」


「……その、アイリス奥様は特に何も問題なくお部屋で静かに過ごされていると、メイドのジェシカが今日も申しておりました」


「っ……そっ、そうか。なら……うん、いいのだが」


 毎日屋敷に帰宅すると共に、ラファエル公爵は執事リカルドにアイリスのその日の様子を聞くが、いつも同じ報告しかされない。


 実際アイリスは今日も何の問題もなく昼間は寝ていたし、今の時間はちょうど目覚めの湯浴み中である。


 だからそれ以外答えようがないのだが、毎日毎日同じだと生存しているのかさえラファエル公爵はとても不安になってくる。


 同じ屋根の下で住んでいるにも関わらず、驚くほど顔を会わせないから、これならば領地にアイリスが居たときの方がまだ顔を見れた。


 こっそりと物陰に隠れてリビングで刺繍を刺す姿とか、夕方に散歩する後ろ姿とか色々なアイリスを見れたのにと思うが。


 自分が外に出なくて良いと言ってしまった手前、部屋から出てこいとも言えず、ラファエル公爵は悶々一人で過ごすしかない。


 同じ屋敷に住んでいれば今はアイリスに嫌われていても、そのうち情が湧いて仲良くなれるかもしれないと期待していたラファエル公爵の予想は大きく外れて。


 そしてこの1ヶ月間ラファエル公爵は、アイリスに会うことすら出来ない悲しい日々を過ごしていた。


 一方ラファエル公爵が会いたくて堪らない、妻のアイリスはこの1ヶ月間とても充実し楽しい日々を過ごしていた。


 一度奪われてしまったもう戻らないと思っていた平和で穏やかな引きこもりライフが戻ってきて、以前にも増してアイリスは引きこもりを楽しんでいる。


 そんなアイリスを専属メイドのジェシカは微笑ましく眺め、執事リカルドには毎日適当にその様子を報告している。


 だってアイリスが深窓の令嬢イメージを絶対に崩したくないと、ジェシカは知っているから。


 本当はそんな深窓の令嬢のように可愛いげのあるものでなく、毎日毎日怠惰にダラダラと過ごしていてもアイリスが楽しそうならそれでいいかと、ジェシカは真実を明かさない。


 だから一緒に住んでいるのに一人寂しい夜をラファエル公爵は過ごし、会えないアイリスへ幻想や甘い想いを毎日毎日募らせていく。


 まさかその頃アイリスが悠々自適に趣味の時間を楽しんでいるとも知らずに……。

 


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