16 お飾りでいいのに



 言った。


 言ってしまった。


 ついその場の雰囲気と勢いに任せて私の命運を握る公爵様相手にとんでもない事を言ってしまった。


 やっちまった感。


 でも、すごく……すっきり。


 キモチイイ……!


 晴れやかでとても爽やか。


 鬱々としていた気分が一気に晴れて。


 今にも舞い踊れそうなほどに気分がいい。


 小躍りを披露したい気分だが今日はだめだ。


 筋肉痛が私の身体を今も蝕んでいる。


 でも、馬鹿とかお飾りの夫とかすごい事をラファエル公爵相手に啖呵切って言っちゃった!


 うわ、どーしよ?!


 お……追い出されないよね?


 たぶん……。


 怒って無かったと思うしきっと大丈夫、それに私に恋……してるとか言ってたし!


 恋って、恋ってなんだ。


 なに乙女みたいな可愛いことを、あの仏頂面で言ってるんだろう、あの男は。


 似合わなさ過ぎて笑える。


 ラファエル公爵の乙女発言も笑えるが、自分のお馬鹿な発言にも乾いた笑いがでる。


 ラファエル公爵に否定されてなんか無性に腹が立ってお茶会に行けるとか行ってしまうなんて、どうして私はそんなことをっ!


 きっと、いきなりキスされて動転してたんだ。


 まさかラファエル公爵が私にキスなんてしてくるなんて予想してなかった。


 跡継ぎを産ませたいだけだと思ってた。


 でも現実感があまりにも無くて、触れられる事を覚悟してなかった。


 それにきっとその行為自体も事務的にさくっと済ませてキスなんてしてこないだろうと、私はたかをくくっていた。


 そこに愛や恋なんて絶対無いと思ってた。


 まあそりゃ結婚してるんだから?


 夫であるラファエル公爵に望まれれば、妻である私は拒めないが、……でも、やだなぁ、鬱陶しいなあ。


 ……私はもう一生お飾りの妻でいいのに。


 どうして私の邪魔をラファエル公爵はするのか。


 今さらそんなこと言われても、普通に困る。


 そしてアイリスはやっちまった感と、これからの夫婦生活について苛まれながら天を仰ぐが、今さらどうすることも出来ないし悩んでも仕方ないかと考える事を放棄した。


 嫌な事は全部投げ出して、耳を塞ぎ目を閉じて時が過ぎるのをただ待ちわびる。


 それが彼女に出来る唯一の事だったから。




 繊細なレースが縫い付けられたカナリアイエローのお茶会用のベルラインシルエットのドレスは、とても可憐で可愛いらしく品が良い。


 アイリスの細いウエストを際立たせるように、ウエストから裾にかけて釣り鐘のようなラインになっていてプリンセスドレスよりは裾のボリュームが少なめで清楚な雰囲気を醸し出していた。


 そして専属メイドジェシカの手によって美しく編み込まれたアイリスのチョコレート色の髪はハーフアップにされてリボンで可愛らしく飾られた。


 とても残念な事にドレスは問題なく期日通りに届き、縫製は完璧でアイリスの体調も良い。


 空は晴れ渡る青空でお茶会日和である。


 それにラファエル公爵に行けると啖呵を切ってしまった手前、アイリスは行かないわけにも行かず。


 重い足取りで公爵邸を出て馬車に乗る。


 本日はクッションを忘れずに持参したので尻の心配は必要ないだろうが、ドレスが重い……!


 久し振りにドレスで着飾った運動不足な引きこもりニートは、清楚で可愛いらしい微笑みを浮かべ見送りに来た使用人達に。


「では、行って参ります」


「行ってらっしゃいませ!」


 軽く挨拶をして王城に旅立っていった。


 引きこもりアイリスにとっては馬車で10分の王城も長い旅路である。



 さて問題のお茶会のマナーだが。


 昨夜眠る前に付け焼き刃くらい必要かと思い直してちらっとお茶会マナーの本を読んだが、アイリスにはそれが出来る気がしない。


 まずアイリスはカーテシーが録に出来ない。


 運動不足で、足腰が貧弱だからだ。


 それに出席者名簿を見て貴族名鑑もチラ見したが覚えられる気もしない。


 だから早々に諦めて隅っこの席でなるべく目立たず息を潜める事に専念しようと心に決めるが。


 近衛隊長の妻であり、フォンテーヌ公爵家の公爵夫人が王城で行われるお茶会で隅っこの席に座らされるなんてことは、絶対にあり得ないのに。


 そんな冷遇をフォンテーヌ公爵家の公爵夫人にすれば、ラファエル公爵に王族がわざわざ喧嘩を売りに行くようなものなので、そんな馬鹿な真似はしない。



 そしてアイリスは王城にやってきた。


 ……クッションを敷いてたのに尻が痛い。


 王都の街に敷き詰められた石畳に、馬車の車輪が勢いよくガンガン弾んでいつもより強い衝撃がたっぷりとアイリスの尻に伝わった結果である。


 アイリスは日頃部屋に引きこもってばかりいるから腹があまり減らずとても少食で華奢というか貧弱。


 なので尻にもあまり肉がついていない。


 その為に、起こるべくして起こってしまった、これは悲しい引きこもりならではの悲劇であるが。


 そんな骨に響くような痛みに尻が訴えているなんて露とも顔には一切出さず、お茶会の会場である庭園に重い足取りでのっそりと歩いていく。


 絢爛豪華な王城をアイリスは一人庭園にまで歩いていると、悲しいかな道に迷ってしまう。


 だってアイリスは王城にはデビュタントの時の一回だけしか来たことがなかったから、迷ってしまうのは仕方がなかった。


 周囲をくるりと見渡すが誰もいない。


 メイドでもいれば、庭園までの道を聞けたのになと、王城の廊下の隅っこで途方に暮れていると。


「……アイリス一体ここでなにしてる?」


 その声に、アイリスが振り向くと。


「っげ……お父様……」

 

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