地下
ワッ、と。
扉が開いた瞬間、圧力すら感じるとんでもない活気に思わず一歩後ずさる。
ふと背後に居る人物を思い出して振り返ると、
「わ、わかります。はじめはびっくりしますよね。」
珍しく微笑みながらミティスはそう言ってくれたのだった。
その彼女の口角も引き攣っている辺り、彼女も同じ経験をしたのだろうか。
だとすればこれはギルドの洗礼とでもいうような物なのだろう。
……さて、そんな洗礼を前告知も無く始めた人物はというと。
内心そう恨みながら正面に向き直れば、
「やぁ、セイラ。おはよう」
まるでウエスタンの酒場の様な木造の空間の中。
僕が怯んだことにすら気づかなかったかったようで、陽気に片手を上げながら当のラライアは顔見知りに挨拶をしているようだった。
……なんか悔しいな。
その後ろ姿にそんな感想を覚えながらも、僕はラライアについて行った。
そのままラライアが向かったのは、受付らしい女性の居るカウンター。
どうやら仕事の話をするらしいのであまり聞かない方が良いだろうと、少しカウンターから離れていたのだが、直にラライアは僕を呼ぶように手を上げた。
どうやらさして気にする必要も無かったらしい。……そりゃ、こんなところで大事な話もしないか。
そう反省しながら近づくと、
「フードさん。少し相談なのですが、フードさんの目的はタリエットまで魔女を探しに行くということで間違いないでしょうか。」
突然ラライアはそんなことを尋ねてきたのだった。
? 一体何をいまさら?
そう疑問に思いつつ、僕は首肯で応える。
「でしたら、ここで冒険者になっておくというのはいかがでしょうか。昔と違い、登録さえすれば一生モノ、という訳にはいきませんが、他の組織なんかと比べると比較的簡単に身分書として継続することが出来ますし、ギルド運営の施設であれば、他より少し安く使うこともできます。少し手間はかかりますが、道中の助けにはなると思いますよ。」
ふうむ。
あまり時間を奪われないのなら正直無しではないとは思うが、
「……先に説明だけ聞くことは出来るか?信用していない訳では無いが、後からお前の所為にはしたくない」
そう答えると、ラライアは驚いた顔をしたのち、微笑んで、
「はい、よろしければご検討ください。では、私たちはその間に報告へ行ってきますので……では」
最後に受付の女性に会釈をすると、ラライアはこちらに頭を下げるミティスを連れどこかへと向かっていった。
……さて、それじゃあこっちも、
「よろしく頼む」
そう頭を下げると、女性の方も慌てたように頭を下げ、
「あ、はい!こちらこそ!」
そう言うのだった。
さて、そんな会釈から始まった説明会。
一応森にこもっていたので常識を知らないと伝えたところ、不思議そうな顔こそされたものの、彼女は1から懇切丁寧に教えてくれた。
それによれば、この世界の冒険者は1~12の番号でランク付けをされているらしい。
数え方としては、低ランクから12、11と、数字の高い方から低い方へと下っていく降順。
なんでもこの世界に伝わる神の数が12柱だったからこの数になったそうだ。
そんな細かく分けたら不便なんじゃないかとは思うのだが、まぁ、それはそれとして。
ちょいちょい入ってくるそんな雑学にも面白いとは思ったが、僕が一番聞きたかったのがその後の説明だった。
それが、ラライアも口にしていたギルドとの契約を続ける条件。
どんな優遇が受けられるとしても、旅をする以上、途中で立場を失うことがどれだけマズいことになるのかはこの世界を殆ど知らない僕でも分かる。
そんな訳なので、若干の不安を覚えながら聞いていたのだが、その条件と言う物は、
「半年ごとに、こちらで定めさせていただいたポイントを上回っていることが継続の条件になります」
だそうだ。
ここで言うポイントと言う物はギルドへの貢献度、の様な物らしい。
殺した魔物の素材の提供や、依頼の達成でこのポイントは増え、逆に、事件を起こす等すると、大幅にマイナスされる。
つまりは大人しく働いていればなんの問題も無くギルドの一員として扱ってもらえるらしい。
それに、そのポイントですら二か月ほど働けば十分な量に達するというのだ。
これなら魔女探しの片手間でもなんの問題は無いだろう。
「この位になります」
そんなことを考えていると、目の前の女性はそう話を切った。
なるほど。本当に簡単だ。
この程度でサービスを受けられ、仕事ももらえるというのなら、うん。間違いなく「アリ」だろう。
そう判断した僕は、
「登録をお願いしたい。何か必要なことはあるか?」
そう尋ねた。
それに女性はパッと笑顔になると、
「あ、はい!お名前だけこちらにお願いします!」
そう言って、何やら石板と棒状のものを差し出してきたのだった。
形状から考えるに筆記用具と用紙……いや、用石なのだろうか。
そう考えながら、棒状の物を見れば、先の方に何やら青い光が灯っているのが見えた。
どうやら魔道具の類であるらしい。
あいにくと式までは見えないが、少なくとも私の知らない式であることは間違いないだろう。
そんなことを考えながら、僕は石に筆を下した。
すると、青い光が石に吸い付くようにして文字を刻んでいく。
ホントにどういう式なんだ?コレは。
そんな光景に若干のワクワクを刺激されながらも、自らの名を書いた僕は、女性にその石を渡した。
それを受け取り、書いた名前に目を落とした彼女だったが、そこでふと、難しい顔をして首を傾げた。
「……っみ、みでゅっ」
「……好きに呼んでくれ」
やはりこの文化圏の人間は、日本語と相性が悪いらしい。
……これから会う人会う人にこんな反応をされなきゃならんのだろうか。
既に若干うんざりしながらもそう返すと、
「わ、分かりました……い、イオイさん」
女性は戸惑う様にしながらもそう言うのだった。
イオイ……
なるほど、存外に悪くない。みでゅはしに比べれば数段マシだ。
ラライア達にも今度からそう呼んでもらおうか。
「えー、コホン」
そんな呼び方を咀嚼するように心で繰り返していると、女性は何やら一つ咳ばらいをしてこう言った。
「では改めましてイオイさん。ここからはイオイさんの等級についてのお話なのですが、イオイさんには二つの選択肢があります。」
「選択肢?」
「はい、一つは、このまま冒険者として登録し、12級として活動を始める道。そしてもう一つは、こちらの用意した試験にチャレンジし、最大で6級として活動を始める道。この2つです。」
ほう、飛び級か。高いからと言ってどうなるのかは分からんが、こういうランクは高ければ高い程高難易度の依頼を受けられるというのが相場だろう。
僕の性分から、簡単なものをせこせことこなすより大きな仕事をやれた方が良い。したがって、ランクも高ければ高い程いいだろう。
後は、その試験とやらがどんなものなのかと言う一点によるんだが、
「はい、試験と言うのは、こちらの職員が呼び出す魔物と戦闘していただくという物になります。そして該当するランクの魔物を倒すと、次のランクの魔物へ。そう言った具合に強くなっていく魔物を全て殺すことが出来れば、晴れて6級からのスタートとなります。」
なるほど。これは僕の実力を測るという点から見てもちょうどいいのかもしれない。
受けない理由は無いだろう。
「理解した。試験を受けよう。」
「承知しました!ではこちらへ!」
そう言うと、女性はカウンターを抜けて手で付近に有った階段を示して見せた。
そのハンドサインに従って歩くと、彼女は階段を下っていった。どうやら地下が有るらしい。
こんな時代に地下を掘る技術なんて……いや、それは流石に舐め過ぎか。
ピラミッドに古墳。人間にとって地下なぞ最初に通った道だった。
ふと浮かんだ疑問をそんな答えで張り倒していると、どこからかガヤガヤとした声が響いてきていることに気がついた。
最初は床を貫通して上からの騒音が漏れているのかと考えたが、それなら最初からずっと聞こえていないとおかしい筈だ。それに、この音は、この通路の奥から響いてきているように感じる。
そう考えながら階段を下りきると、そこには光の漏れる扉が有った。
その取っ手に手を掛けてこちらに向けて微笑みかけると、女性は扉を開けた。
その中へと僕は足を向ける。
そうして……
「おぉ……」
思わず声を上げた。
その先はまるで学校の校庭の様になっていたのだ。
辺りにはだだっ広い広場があり、そこで各々剣を振るったり、魔術を岩に向けて放ったりしている。
今からここで魔物と戦うのだろうか。
そんなことを考えながら辺りを見渡していると、
「おぅおぅ!お前さんか!試験を受けるってのは!」
突然右隣から響いた大声が僕の耳をつんざいた。
「ふ、ふん?」
最初から止まっている心臓を押さえながらぎこちなくそちらを向くと、
軽く2mは越えるであろう大男がこちらを見詰めながら仁王立ちをしていた。
その巨体に思わず後ずさる。
怖い。シンプルに怖いのだ。
体格差と言う物はそれだけで大きな武器となりうる。
そんな武器を突き付けられて怖くない筈が無いだろう
……だが、ここでひいてはなんとなく負けた気がする。
そんな感じがしたので、
「……アンタは?」
そう尋ねた。
すると、大男は笑って、
「おらぁ、ハイゼルってモンだ。この地下訓練場の管理人をやってる。それに、今からお前さん受ける試験の試験官でもあるんだぜ?」
そう言うのだった。
そんな言葉に思わず女性の方を向くと、彼女は未だ心臓が落ち着かないようで、胸元を握りしめながら引き攣った笑みでこう言った。
「は、はい。その方のおっしゃってることに間違いはありません。この後のことは彼の指示に従ってください。では、健闘を祈ります。…………悪い人じゃない……えぇ、悪い人じゃないんですけどねぇ……」
そうお辞儀をすると、女性はぶつぶつ呟き、時折耳鳴りが消えていないのか、耳を塞いだりしながら元来た道を戻って行った。
それを見送ると、
「さて、それじゃあさっそくするか?」
こちらに期待するような視線を向けながらハイゼルはそう言った。
さっそくったって……
「僕は魔物と戦うんだろ?それなのに良いのか?こんな広々とした空間で。魔物の興味が他所に行くかもかもしれないだろ?」
そう尋ねると、ハイゼルはそんなことかとでもいう様に鼻を鳴らすと、
パチン
指を鳴らした。
すると、突然辺りに魔力が満ちる。
何事かと警戒しながら、魔力の流れを見ていると、流れは集まり、広場の一点で大きな結界が出来ていた。
なるほど。この中で、ってことか。
そう理解しながら改めてハイゼルに視線を移すと、どうするとでも言わんばかりに目を大きく広げて笑って見せた。
……ここまで御膳立てされているというのに断る必要も無いだろう。
「分かった。やろうか」
そう応えながら、僕は結界の近くへと向かった。
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