昇格戦

 すうぉん


 そんな不思議な音を立て、結界の内部に入る。

 その内側から結界を叩けば、


 こぉん、こぉん


 妙に響く音と共に、僕の指はまるで壁を叩いたように弾かれた。

 事前に聞いていた通りだ。


 なんでも、この結界は外からの侵入は許すが、内側からの干渉を防ぐという代物らしい。

 現代では既に有名な魔術であるらしいが、これも私の知識には無かったものだ。

 今まで死を乗り越えることにしか頭に無かったが、こうも便利な物があるのならもう少し勉強の手をひろげていればもしかすると今頃不死に……はぁ。


 そう僕が憂鬱に浸っていると、


「おーい!イオイだったか?準備は良いかぁ!?」


 透明に青が混じった様な結界越しに少しくぐもった騒音が響いてきた。

 ……取り敢えずは、この現状からだな。


 そう自分に言い聞かせながら、


「問題ない!」


 僕は声を返した。

 それにハイゼルは笑ったような雰囲気を見せて、


「だそうだ!それでは11級への昇格戦、はじめ!」


 そう叫んだ。


 その声に辺りを見渡すが、どうにも倒すべき相手が見当たらない。

 これは何かの間違いか、はたまたこれから何かが起こるのか。

 そう考えながら辺りを見渡していると、いつの間にか杖を握った男が結界の前へと近づいてきていた。

 そして男が杖を掲げると、結界内に式が描かれ光りはじめ、


「グググ、グゥ……」

 

 直にそんな唸り声を上げる人型の魔物が召喚された。

 緑の肌に、ヤギの様な黄色い目。

 どうやらゴブリンという奴らしい。

 突然変わった景色に何事かと辺りを見渡すゴブリンだったが、直にこちらを目視すると舌なめずりし、


 バチッ


 ……まぁ、こうならない筈が無いだろう。

 魔弾を放つために上げた腕を下ろしながら、僕は頭の吹き飛んだ死体を見下ろした。

 そうして一言。

 

 「……次」


 そう言うと、にわかに辺りがにぎやかになった。

 何事かと辺りを見渡すと、結界の外側は多くの人でにぎわっていた。

 どうやら先ほどまで訓練にいそしんでいた連中が見物に来たらしい。別段面白いことをする予定は無いんだが……


 そんなことを考えていると、


「悪いな。どいつもこいつも退屈してんだ。ちったぁやりにくくなるだろうが、この後もまぁ、頑張ってくれ。」


 ハイゼルからそんな言葉が飛んできた。

 まぁ、別にその位構わんが……


「では10級昇格戦、始め!」


 そんなことを考えながら構えていると、先ほどと同じような要領で式が描かれた。

 その中から出てきたものは、


「キー!キーキー!」


 バタバタと辺りを羽ばたく蝙蝠達。

 その数は多く、暴兎とまではいかないものの、既にちょっとした群れになっていた。

 こんなものに襲われては、魔術師以外なら死ぬしかないのではとは思わなくも無かったが、


「行くぞ、シャル」


 残念ながら、僕はその魔術師なのだ。


 シャルに念でイメージを伝えながら、僕は右腕を蝙蝠達の群れへと向ける。

 そして、何匹かが襲いに来るのを待って、


「行けっ」

 

 そう叫びながら僕は肩の根本からシャルを射出した。

 腕の状態で宙を飛んだシャルは空中でその姿を変え、どろどろの液状となりながら蝙蝠を巻き込んでいく。

 そしてこれ以上の高度は望めないという所まで飛ぶと体を球状へと変え、


 ずりゅぶしゅ、と。

 

 そう音を立ててシャルの体表から骨が突き出し、捕えきれなかった蝙蝠達を骨で貫いた。

 それでも相手は宙を飛んでいる。仕留めきれなかった奴もいなくはないが、問題ない。


 ババチッ


 遠距離戦ならもとよりこちらの得意分野だ。


 魔弾に貫かれた死体が落ちて来るのを見ながら僕は腕を下した。

 その死体と一緒に、シャルも落ちて来るが、今回はあまりお前を自由にさせてやるわけには行かないのだ。

 そういう風に作ったのに申し訳なくはあるんだが、

 

「戻れ」


 そう言って、シャルが辺りの死体を喰らう前に右腕に戻した。

 なんせ辺りにはたくさんの死体が残っている。

 確かに一つの肉塊として集めた方が、強度は高まるが、今の様などこにどんな敵が出るのか分からない状況なら今の様に偏在している方が都合がいいのだ。


 そんなことを考えながら、


「次」


 僕は次の試験を催促した。


 ザワザワ


 だが、そんな催促に返ってくるのは周囲のどよめき。

 見てるだけならもう少し静かにしてくれたら良いのだが……

 そんなことを考えながらハイゼルの方を見遣ると、先程から魔物を召喚してくれている男と何やら話している様子だった。

 結界越しで良く分からないが、何と無く困っている様子のそれをじっと眺めていると、ついに男が離れた。

 そうして、


「いや悪い!待たせたな!ちょっとこっちでトラブった。問題の方は解決したが、お前の方は大丈夫か?」


 そう叫ぶのだった。


 そうは言うが……そんな簡単な話か?少なくとも周囲の連中はまだ納得してないようだが。


「……問題ない」


 そう考えつつも、僕はあくまで淡々とそう答えた。

 はぐらかすということはどちらにせよこちらに話す気は無いということだろう。

 それなら今ここで粘っても仕方あるまい。


「そうか!それなら次だ!」


 そんなことを考えているのを知ってか知らずにか。ハイゼルはそう声を上げた。

 そうして今までの調子で息を吸うと、


「9級昇格戦、始め!」


 そう叫ぶのだった。

 すると、今まで通りに男が杖を掲げて結界内に式が描かれたのだが……その式の方はどうやら今までとは少し違うようだった。

 というのも、大きいのだ。式が。

 召喚術においての式とは、被召喚物の移動するゲートを意味する。

 それが大きいということは、それなりに大きな奴が来るということだが……


 そう考えながら身構えていると、ソレは姿を表した。

 パンパンに皮を押し上げる筋肉に、なぜか唯一身に付けられた腰みの。

 ハイゼルを軽く超える巨体に生えた額の小さな角はどこかシュールながらも、威厳と言う物を感じさせた。

 この世界でもこう呼ばれるのかは分からないが、きっとこいつはヤツなのだろう。


「オーガか」


 オーガ。

 個人的にはもぅ少し小さいもんだとかってに思っていたが実際は違ったらしい。

 目算にはなるがその身長なんと3.5m。

 そう考えればハイゼルは2m程なんだが……いやはや、やはり身長差とは恐ろしい物だ。

 そんな体格差に喉を鳴らし(たく)な(りな)がら、


 バチッ


 僕は魔弾を放つ。

 が、その結果に思わず苦笑した。

 

 頭を狙ったはずの魔弾は、オーガの軽い頭突き一つでかき消されたのだ。

 骨でも硬いのか、はたまた皮膚から硬いのか。

 そのどちらなのかはこの際どうでも良いが、少なくとも魔弾程度の魔術では効果が無いということは間違いないだろう。

 そして何より具合の悪いことに、


「グァァァァァァ!!」


 先ほどの魔弾で僕は奴のしっぽを踏んだらしい。

 見れば、奴は雄たけびを上げながらこちらに突っ込んできていた。

 なんともまぁ、すさまじい迫力だ。

 だが、


「足元っ!」


 思わずそう叫びながら辺りの死体を肉で繋ぎ、その中に筋を作る。

 しっかり地面とも固定したので、今のあの死体を動かすには周囲の地面ごと掘り抜きでもしなければ剥がれない筈だ。

 だから、さぁ。


 派手にズッコケろ!


 内心そう叫びながら、僕はオーガの足元を見つめた。

 

 狙い通り、肉の筋はオーガ音足首辺りに引っかかった。

 さしものオーガも、足元を取られてしまっては為すすべなく……と言うことも無く。


「え?」


 ボコォ


 そんな音と共に宙に持ち上がる二つの死体。

 なんと奴は地面ごと死体を持ち上げたのだ。


 そんなのアリかよ!バケモンが!

 

 そんな光景にそう叫びたくなるが、今の僕にはそんな暇すらない。

 なんせ奴は既に目と鼻の先まで迫っているのだ。

 だから僕は、


「……ッ!」


 代わりに鋭く息を吐きながら肉体を変形させ、胸のあたりから触手を形作った。

 触手とはいっても、ナニ同人に出てくるようなソレでは無い。

 アレより数段太く、ごつくなった……要は盛りまくった筋肉の塊だ。

 僕はそれを右に跳びながら振りかぶり、


 ッパァン


 オーガの肩を打ち付け、反動で突撃を逃れた。


 ゴォォォォン


 僕というクッションを逃したオーガはそのままの勢いに結界にぶつかる。

 その時に鳴った奇妙な反響音と共にオーガは動きを止めた。


 ……動くなら今か。


 その様子にそう考えた僕は、


「シャル、悪いな。今度こそ頼む」


 シャルを野に放った。

 生憎と僕の方はアイツから目が離せないため確認はできないが、背後からはむちゃむちゃと肉を取り込む音が聞こえる。

 どうやらしっかりと意図を汲んでくれているようだ。

 その様子に一先ずは安心出来たんだが……同時にふとした不安がよぎる。

 今までこの試験で殺してきたのは数こそあれど、身体は小さな奴らだ。やろうとしていることに肉が足りればいいんだが……そこは正直賭けだ。

 ……それより今は、


 バチッ


「来いよバケモン!」


 魔弾を放ちながら、僕はシャルと反対側へと逃れた。

 幸い突撃程度なら避けられることが分かったのだ。

 それなら後は僕がおとりになって逃げ回るだけでいい。

 こんな突撃程度シャルなら難なく避けられるだろうが、今はさっさとこいつを殺してしまいたい。

 囮役ならなんの役割も無い自分がやるべきだ。

 

 そんなことを考えていると、動き出したオーガは再び突進の構えを取った。

 どうやら見た目通り頭が良い訳では無いらしい。

 そう考えながらも、腰を落として警戒していると、オーガはこちらに向けて突進を始めた。

 相変わらず迫力はすさまじいソレも、対処法が分かってしまえば、必要以上に恐れる必要はない。

 また粘って、粘って、粘って……今ッ



  ……ビュッ



「ーーーッ!!!」


 そうして鳴ったに僕は目を白黒させた。

 

 避けた。そう避けたのだ。

 タックルという超前傾姿勢からさらに下へ。

 結果、前回通りに肩を狙った僕の触手は空を切った。

 人間では自重を支えきれずに崩れ落ちそうなものだが、その極限の状態から怪物はさらに一歩踏み出した。

 そして……


 バキッ


 避けられたということは、先を考えていたということは。

 きっとさらにその先までを最初から考えていたのだろう。

 それを今になって……踏みしめられて粉々になった地面を見てからようやく思い至った。

 頭が悪いなんてとんでもない。

 コイツは生まれ持っての……

 


 狩人モンスターだ。


 

 ドムッ


 そんな音を立て、僕の胴丸々一つ分ほどの拳が僕の体に突き立てられた。

 瞬間、感じる衝撃と力の奔流。

 直にその源に押し出されて、


 ゴォォォォン


 今度は僕が身をもってこの音を鳴らす番だった。


 「……」


 べちゃりと、壁にへばりついた血のように地に落ちる。

 すると、


 チャッチャッと、場に似合わない程の軽い音を立て、シャルが僕の傍にやってきた。

 どうやら頼んでいた仕事は終わったらしい。

 あぁ、それなら……やってみようか。


 こっからは完全に悪あがきだ。

 通じなかったときは死ぬしかないが……無傷で潰せると思うなよ。

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