トライア
そうして日が顔を覗かせる少し前のこと。
「お、おはよう」
「……あぁ、おはようございます」
持ち運んでいたらしいシーツを除けて起き上がったラライアに僕はそう挨拶した。
「すいませんフードさん。ありがとうございました。それと、申し訳ございません。不寝番を貴方一人に任せるなどと……」
そう、微妙な空気で自己紹介が終わった後。もう寝る空気になったので、不寝番は任せろと生身の二人を先に寝かせたのだ。なんせ睡眠が必要も無い、と言うより眠もしない身体だからな。
「気にするな。しかし眠らないってのは良いもんだな。おかげで有意義な時間を過ごせたよ」
笑ってそう言うと、少し黙った後、ラライアは微笑を浮かべてこういった。
「良ければトライアに着いた後、お食事等は如何ですか?おすすめの場所があるんですよ。」
ニコニコとそう言うラライアの提案は正直惹かれる物ではあったのだが、ここでふと思い出したことがある。
それが、僕は飯を食えない言うことだ。
以前にも言った通り、僕の腹は何かを取り出すためだけの空間になっている。つまり、入った食事を処理できる場所が無いのだ。
その上、一応作った舌も有るが、謎の発声方法がある僕には不要な物であるし、味覚を届けるべき脳も無いので正直お飾り。
そんな僕が食事に同伴したところで……とは思ったんだが、
「……」
目の前には期待するような目でこちらをじっと見つめるラライア。
……せっかく用意してくれた埋め合わせなのだ。行かない方が失礼と言う物か。はぁ。
そう内心溜息を吐きながら僕は、
「……分かった。ぜひ頼む。」
ラライアにそう言うのだった。
それまでに何とか味を感じる様にしておかなければ。
そう考えている内にミティスも目を覚ましたので、僕たちは辺りの後始末をして先を急ぐことにした。が、
「あの、スケルトンさん。これはどうするんです?」
珍しく少しもどもらずに声を掛けてきたミティスの声に振り向けば、そこには不思議そうな顔をして夜中の星の群れを指さすミティス。
あぁ、これは……
「こうだな」
そう言う呟きと共に、僕は花の内一本をちぎった。
すると、夜中の星は増えた時同様、あっという間に枯れていく。
最初に植えた一本さえどうにかなれば、あとは勝手に死滅するのだ。
その一本を判別する方法すら命視の魔術を使うだけなので、僕にとっては処理も簡単。
アインはずいぶんと便利なものを作ってくれた。
そんな様子をミティスは興味深そうにじっと見つめていた。
そうして一言。
「これ、このまま放置していたら一体どうなるんです?」
まぁ、当然出て来るであろう疑問だ。だが、同時に答えるのが簡単な質問でもある。
「最初の花の根元に本体が生まれてさらに花の分布が広がる。」
「……なるほど」
その言葉にミティスは少し考える様子を見せた。
そうしてしばらくじっとしていると……
「ひゃわっ!す、すいません私の所為で!先を急ぎましょう!」
こちらの視線に気づいたようで、手をバタバタとさせながらそう言うのだった。
一体何だったというのだろう。
そんな疑問を置き去りに僕らは町へ向けて歩き続けた。そうして、
「見えましたね。アレがこの辺りで一番大きな町、トライアです」
そう口にしたラライアの声に顔を上げる。
そこには石壁で辺りを覆われた町。
辺りには森や川が見られ、やはりあちらに比べて人間の手がそれほど入って居ないということを改めて認識させられた。
とはいえ気になることはあるんだが……
「僕は町に入れるのか?」
そう、創作なんかの設定だと、最初の入国に手数料が要ったり、身分の証明できる物が要ったり。
色々とある印象はあるが、所詮は創作。
実際どんな条件で入れるのかも分からない上、金銭を要求された場合も持ち合わせがない。
果たしてそんな僕はこの町の門をくぐることは出来るのだろうか。
そう浮かんできた不安を尋ねてみたのだが、
「はい、ご安心を。こう見えても私は意外と信用がある立場にいますので。」
えへんと胸を叩いてラライアはそう言うのだった。
そう言ってくれるのは正直うれしくはあるが、まだ不安は残る。
ただの人間ならまだしも……なぁ?
「だってこの顔だぜ?」
そう言ってさりげなくフードを剥いでみせると、二人は流石にぎょっとした様子を見せた。
だが、それを取り繕う様に笑みを浮かべてラライアはこう言う。
「ま、まぁ、顔で入国を拒否できるようなルールは無いのでそのあたりは安心していただいても大丈夫だと思います。ただ……あれですね。フードを剥ぐのが前提の場所でフードを被るのはやめておいた方が良いのかも知れません。いきなり見るにはその……少し覚悟が必要ですので」
「……なんだ?僕の顔がそんなにひどいってか?」
「それは!……その……」
「ぷっ……冗談だ」
「……前から思ってはいたのですが、見た目以上に人間らしいですよね。フードさんは」
「そりゃ元人間ですんで」
そんなしょうも無いやり取りもありつつ、僕らはさらに石壁に近づいた。
そうして見えるのは巨大な門と隣にある小さな扉。だが、その前に居る人間はそう多くは無いようだった。
「……一番デカいって言う割にはずいぶん人が少ないんだな」
「この時間帯だとどうしても、ですね。他所からの輸入や商隊は昼の間しか移動ができませんので。急ぎの場合は腕利きの傭兵なり冒険者なりを雇って夜に強行する場合も無いではありませんが……まぁ、王族の依頼に遅れそうという時ぐらいでしょうか。」
なるほど。そういうことなら朝に少なくなるのも納得だろう。
そう合点しながら僕はラライアにこう尋ねた。
「ちなみにこの扉はどのくらいに開くんだ?」
「季節によって変わりはしますが、基本朝は6時、夜も6時ですね」
「それで?今の時間は?」
「今は……あ、どうやらちょうど開くところのようですね。」
そう言って腰のバッグから何かを取り出しかけたラライアの視線を辿ると、そこにはゆっくりと開く脇の扉。
直に開ききると、中から出てきた守衛の様な人間が辺りの人を集め始めた。
「私たちも行きましょうか」
こくり
そういったラライアに首肯で返しながら僕らも短い列に並んだ。
とはいってもやはり列は短く、あっという間に僕らの番が来る。
「次……あっ、ラライアさん。それにミティスちゃんも、お疲れ様です。」
「はい、お疲れ様です。今日はお客様をお連れしていますので一緒にお願いします。」
「お客様?あぁ、そちらの方ですね。ようこそトライア……人間?」
「ぶふっ‼」
きょとんとした顔から紡がれるあまりにも正直な守衛の言葉に僕は思わず吹き出してしまった。
「ちょ!ちょっとサークさん!」
「あぁ!お客人に申し訳ございません!お詫び……にはならないかもしれませんが……どうぞこちらを」
そんな言葉と共におずおずと差し出された手の上には、なにやら式の刻まれた木板があった。
「これは?」
「こちらは、今回に限り貴方の身分を証明する物になります。無くされたり捨てたりすると罰金がございますので、しっかりとお持ちください。」
「ふむ」
そう呟きながら僕は木板の式を見る。
多分量産したからなんだろうが、ずいぶん杜撰な造りだな。
最低限機能すればいいという考え……否定はしないがあまり好きではない。
さて、そんな僕のこだわりはさておき。
刻まれてる式としては……探知か。まぁ、監視下に置いておきたいという狙いだろう。
この程度の式ならちょっとでも魔術に精通していれば看破できるだろうし、脅しの意味も含んでいるのかも分からん。
そう考えながら僕はソレを懐に入れる、ふりをして体の中に入れた。
そうして……思わず顔をしかめる。
腹の中で荷物同士がこすれる様な感触がしたのだ。
正直あまり考えずにあの小屋から色々と持ってきはしたのだが、いささか早計だったかもしれない。
主に本を入るだけ詰め込んできたのだが、嵩張ること嵩張ること。
これはどこかで断捨離でもしないとなぁ。
そう腹を擦る僕の様子を不思議そうに見た後、サークとよばれた衛兵は切り替えるように首を振ると笑顔でこう言った。
「では改めて。ようこそ、トライアへ。」
その言葉に導かれ、僕らは扉の向こうへと足を踏みだした。
「……おぉ」
その光景に、先ほどの不安も忘れて思わず見入る。
辺りに広がるのは石畳の街並み。早朝と言うことも有ってか人は少ない物の、なにやら露店の開店準備でもしているようだ。昼になればさぞ騒がしくなっていることだろう。
そうなれば食文化に景色、そんな多くの文化に触れられるだろうが、この時間帯ならこの時間帯の楽しみ方と言う物があるはずだ。先ずはそういう物から探してみるとしよう。
そんなことを考えながら辺りを見渡していると、
「すみませんフードさん。よろしければ少し付いてきていただいてもよろしいでしょうか。貴方を案内したいのはやまやまなのですが、こちらも少し報告がありますので。」
ラライアは申し訳なさそうにそう口にした。
んまぁ、それ自体は別にいいんだが……
「その報告ってのはどのぐらいかかりそうなんだ?あまりかかるようならここらで散歩してたいんだが。」
そう申し訳なさそうにしているラライアにそう尋ねると、彼は少し悩むようにして、
「30分程度ですかね。人によって判断が分かれそうな時間ですが……どうされます?」
そう言うのだった。
まぁ、30分程度ならまだ短い部類だろう。
「分かった。待っておこう。」
「私たちの都合に付き合わせて申し訳ありません。そして、ありがとうございます。」
そう申し訳なさそうにそう言った後、二人は僕を先導するように人気の少ない大通りを進んで行った。
だが、その背中を追って歩いているとふと気付くことがあった。
と言うのも、段々と増えていくのだ。辺りをうろつく人間が。
その見た目としては実に多種多様。
軽装備にロングソードを身に着けたものや、ほぼ私服で大剣を担いだもの。果てには、所謂魔女の様な三角帽と杖を携えた女まで。
本当に多種多様な人間が辺りを歩き回っていたが、どの人間にも共通して言えることが一つだけあった。それが、武器を持っているということ。
これはアインの記憶ではあるのだが、一般人が外を出歩くのに武器を持つということはそんなにないらしいのだ。
持つとしても護身用のナイフがせいぜい。
にも関わらず、彼らは目立つような得物を堂々と携えている。その意味する所とはつまり……
「ここです、フードさん」
そういってラライアが腕で示したのは辺りの建築物の中でもひときわ大きな建物だった。
石レンガで壁を貼り、木材を支柱として造られたお手本のような異世界建築。
当然ながらこのあたりの建物と建築様式としてはそう変わらないものの、他より堅牢なイメージを持つような外装だった。
……つまり、ここがそうなのだろう。
そう確認するような視線を送ると、ラライアは微笑んで一つ頷いて見せると、おもむろにこう言った。
「はい、ここが私たちの属するギルドです。」
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