自己紹介

「シャバだーーーーー!!」


 森を抜けての第一声。

 少し傾いた日の光に照らされながら、僕はそう叫んだ。

 実質的に居たのは三日ぐらいなんだろうが……そこで生まれたせいか、ずいぶん長い時をあの小屋で過ごした気がするのだ。

 なんの知識も無い赤ん坊のような状態ならこうも外に焦がれることも無かったのだろうが、前の世界とはいえ、なまじっか外の知識があることもこの喜びに拍車をかけているのだろう。


「……実は封印されていたとか言いませんよね」


 そんな万感の念がこもった叫びに失礼な苦笑を向けてくるラライアはさておき。


「んで、その……トラ……なんだっけ?」

「トラ?……あぁ、トライアですかね。今から行く予定の」

「そうそれ」


 こちらの意図を察してくれたラライアに指を鳴らして肯定する。


「そこはここからどれくらいかかるんだ?」


 そう言うと、空を見上げる動きを見せた後、ラライアは難しそうな顔でこういった。


「ここからかかる時間は四時間程なんですが……トライアの門が六時になると閉じるんですよねぇ……そう考えると、今から全力で向かっても間に合うかどうか」


 なるほど、町規模で門限的なのがあるのか。

 ……と言うか、それって、


「もしかして夜の方が魔物が強くなったりするのか?」


 そう、わざわざ門を閉めるということは、守衛だけでは町を守り切れないということなのでは無いだろうか。

 そう考えて訊ねた所、ラライアは真剣な顔をして、


「はい、どうやら夜に出る星の光が原因のようで。夜の魔物たちは、星明かりの下であれば、昼とは比べ物にならない程に魔力の回復が早くなるのです。」


 なるほど。そこまで聞いて全てを察した。

 一見、魔力の回復速度が上がるくらいなんてことないと思ってしまいそうだが、魔力というのは魔物達にとって生命そのものと言っても過言ではないのだ。

 というのも、大抵の魔物は魔力を使っての自己再生が可能であり、自身の種としての進化によって得た特徴も、魔力によって発動されることが多い。

 分かりやすくアクションゲーム風に言うのなら、魔物にとっての魔力とは当然MPであり、HPでもあり、スタミナでもあるということだ。

 そりゃ、門も閉めるよな。そんなのが一匹入ってきただけできっと大騒ぎだ。

 となると、残された手段としては一つしかないわけで……


「今日は野宿か」


 何気なくそう口にした言葉に、ラライアとミティスは目を丸くした。


「あの……先ほどまでの話を聞いていましたか?」

「あぁ、無論だ。ほら、現にその問題を解決できるアイテムがここに」


 そう言いながら、僕は肉の中から手のひらサイズの革袋を取り出した。

 それを見ると、ラライアは疑わしそうな眼を向け、


「……これは?」


 そういうのだった。


「これはほら、夜中の星って花が有るだろ?あれを弄って周囲の魔力を吸い取るように作った道具……らしい。」

「なんと!」


 そう口にした言葉に、ラライアは驚いた顔をして見せた。それも無理は無いだろう。

 と言うのも、この花自体が割と希少な部類なのだ。

 陽が落ちた瞬間に芽生え、夜の間にしか咲かず、陽が顔を覗かせれば静かに枯れる。

 その上、生える場所は毎回ランダムなので、発見すら困難と言うのがこの植物の概要だ。

 さらに加えて、採取しようとすれば、即座に枯れるという鬼畜仕様。

 だからこそ


 「一体どうやったのです!?」


 そんな疑問が出るのは当然だろう。

 だが、返事は簡単だ。


「先ず、お前らは勘違いをしてる。アレ、魔物だぞ」

「……は?」「え?」


 そうなんでも無いように答えた返事に、二つの返事が重なった。

 しばらくはそうして呆けていた二人だったのだが、直に凄い勢いでこう尋ねてきた。


「ど、どういうことですか!?夜中の星が魔物など……」

「あー、と言うより、魔物の一部って言った方が分かり易いか。」


 そう補足として付け加えながら、僕は改めて夜中の星について話すことにした。


 先ず第一に。夜中の星と呼ばれるあの花部分は地中に潜った魔物のいわば呼吸器官……いや、魔吸器官?えぇい。分かりにくいからこの際呼吸で行くが、とにかく地中に存在しない魔力を地上に伸ばしたその器官で吸収しているらしいのだ。

 

 そして顔も出さず、移動もせず。魔力と一緒に栄養を取り入れ、呼吸だけをして生きている。

 いうなれば、セミの幼虫みたいな奴なのだ。コイツは。

 アインも研究目的と言うより、便利な奴と言った扱いでこいつを掘り返していたようなので、詳しい生態は分からないが、無害な奴と考えていいだろう。

 

 そして本体は……なんと表現したものか。

 直径10mの楕円型をした四足の名残らしきものが見られる肉塊?

 うん、表現としてはこんな感じが一番当てはまると思う。

 そんな奇怪な生物を命視の魔術で見つけ、それを掘り出して不要な器官を取り去り、肉と皮代わりの袋に詰めたものがこの道具だそうな。


 そう言う具合に、夜中の星という存在の正体とこの道具について伝えると、


 「……これはフードさんが作ったものでは無いのですね?」


 不安そうなラライアにそう尋ねられてしまった。まぁ、僕の知識ですらないものをいきなり信用しろと言う方が無理な話だろう。

 そんな訳なので、


「じゃあ使ってみるか」


 そう言いながら、僕は袋を逆さにし、下あたりを魔力を込めながら小突いてみた。すると、


 ぽふっ


 そんな音を立て、袋の口から青く鮮やかな色をした花が落ちてきた。

 今更その正体については言うまでも無いだろう。


「……夜中の星」


 そう呆然と呟いたラライアの言葉を聞き流しながら、僕はその花を拾い上げた。

 そうしてその茎を地面に挿すと、


 ずるっずるずるずるっ


 そう音を立て、あっという間に僕らの足元は夜中の星に覆われたのだった。

 さて、残りは確認の時間だ。


「ミティス。このあたりの魔力はどうなってるか分かるか?」


 そう尋ねると、肩を跳ねさせた後、ミティスは目をつぶってこういった。


「え、えと。このあたりの魔力が全部その花に吸われて……魔術も使えません。」

「……こういう訳だ。」


 そう言って、僕はラライアに視線を合わせた。


「なるほど。フードさんが作られていないのなら使い方が分かるのか不安に思ってしまったのですが、どうやら案ずる必要も無かったようですね。すみません。わざわざありがとうございました。」

「何、当然の疑問だろう。気にするな。ミティスもありがとう。」


 そう言うと同時にラライアの影に飛び込んだミティスの姿を微笑ましく思いながら、僕らは再び足を進め始めた。

 

 そうしていると、



 

「そろそろ……ですかね」


 すっかり暗くなった空の端にオレンジが映る。

 いつの間にか顔を変えていた空を見上げた後、ラライアはそういった。


「じゃあここで休むとしよう」


 そんな言葉に答えながら、僕は先ほどの様な手順を経て夜中の星を辺りに広げる。

 そこから少し離れた所で拾っておいた薪を重ね、森の家から持ってきた火打ち石で火を付けた。

 そうして、夕飯はどうしようかと座りながら揺れる炎を眺めていると、

 

「ちょっと失礼」


 そう声を掛けながら、ラライアが僕の正面に座ってきた。

 

「どうかしたのか?」

「いえ、森の中でおっしゃっていた自己紹介をするにはちょうどいい時間だろうと考えまして。」


 自己紹介……あぁ、思い出した。


「僕が難癖をつけた奴か」

「ふふっ、そうですね。ですが、あんな場所であの考え方は常に頭に入れておくべき物です。それを最初から身に着けているフードさんは素晴らしいと思いますよ。」

「……フォローは良いよ。」


 揶揄っているのか、世辞なのか。どう受け取っていいのか悩んだ僕は少し拗ねたようにしてそう返した。

 それに微笑みながら、ミティスを隣に座らせ、ラライアはこういう。


 「では改めて。今更ですので名前の方は省かせて頂くのですが、私たちはトライアのギルドに属する冒険者です。」

 

 冒険者……まぁ、想像は付くが確認は重要だろう。


「僕の認識だと、金さえもらえば魔物退治から失せ物探しまで。色々と手広くやってる組織ってイメージなんだが、間違いないか?」


 そう尋ねると、ラライアは不思議そうに首を傾げてそう言った。


「いえ、失せ物探しなら便利屋や子供に手間賃をやってやらせるような仕事ですから我々はあまり……どちらかと言えば、最初にフードさんが言ってくださった魔物退治の方がメインですね。主な仕事としては、魔物からとれる素材の納品や、調査。そして、人類が手中に収められていない土地を切り開くという三点になります。」


 なるほど。手中に収められない土地……


「例えば魔境なんか?」


 そう尋ねると、ラライアは少し驚いた顔をしたのち、


「それは可能であれば……でしょうが、現状が続く限りは無理でしょうね。魔境の深部から押し寄せる魔物に、身体に悪影響を及ぼすほど高密度の魔力だまり。それらに対処しながら魔境の奥へ進み、土地をを破壊するというのは現代の人類には不可能なのです。ですから出来るとしても、もう少し技術が進歩すれば……ですかね。……あぁ、話がそれました。話を戻すと、私たちの仕事としては、もっと近場の森や山になります。そこで開墾の手伝いをしたり、安全を確保したり。

 そういった部分が今の我々の仕事になります。昔は全くの未知を切り開いていたのでしょうし、その名残が故の『冒険者』、ということなのでしょうね。」

「……なるほど」


 最後にラライアが付け加えたその言葉に僕は思わず唸った。

 そうだ。今までなんの気なしに冒険者と言う呼び方に慣れてしまっていたが、そう呼ばれるには相応の理由があったのだ。やはり確認と言うのは大事だ。

 おかげで面白い視方を得ることができた。

 

 そう納得をしつつも、


「それで?今回はどうしてこんなところへ?」


 僕は本題へと入るよううながした。

 それにラライアは微笑むと、


「はい、それについてなのですが、今回の依頼としては、とある植物の分布について調べろという物でした。それは魔力の多い場所に生えるということなので取り敢えず一番近場の魔境へやってきたというのが、私たちがここまで来た経緯なのですが……実のところあまり成果が無く……」


そういうとやれやれという様に肩をすくめて見せるラライア。

 

「……最初に言い出した僕が言うのもなんだが、そんな状態で帰還しても大丈夫だったのか?」

「はい。確かに急いだほうが良いというのも事実ですが、期限はもう少し先です。もう少しゆっくりしようが罰は当たらないでしょう。それに……それ以上の収穫を得られたというのもまた事実ですので。」


 ? ……あぁ、なるほど。


「アレか」


 そう言って僕が目を向けたのは、先ほど増やした夜中の星。

 その視線を追って、ラライアは微笑んだ。

 

「流石フードさん。その通りです。近頃は何やらトライア付近の魔物の動きがやけに静かになっておりまして。これはこれで不安だということで、魔物の行動を妨げることで有名な花の分布を調べる様に命じられておりました。」

「……」


  そう言って微笑むだけのラライアに僕は無い眉を潜めていた。

 夜には強くなる魔物に、夜にしか咲かない花。今までのラライアの口ぶりから考えるに、これらはこの世界の常識であるはずだ。

 そう考えるのなら……


 「使い捨てにされて無いか?お前ら」


 そう尋ねると、ラライアとミティスは顔を突き合わせ、驚いたような顔をして見せた。

 そうしてなにやら気まずそうな顔をしてこちらを向くと、


「……すいません。実はこういう物がありまして。」


 そう言って、ラライアは腰のバッグから巻かれた紙を取り出して見せた。

 そしてそれをこちらに見える様に広げると、それには黒いインクで書かれた複雑な式。

 ……私はこの式を良く知っている。


「飛翔か。」

「やはりご存じですか」


 そう、この式はアインが愛用していた「飛翔」という術式だ。

 これに魔力を流せば、短い間ではあるが、文字通りに空を飛ぶことが出来る。

 ただ、生物に使う場合だと魔力の消費が格段に跳ね上がるため何か道具に付与するのが一般的なのだが……


「そこはえぇ!もちろん」


 そんな言葉と共にずいと胸を張るラライア。

 道具は見当たらないが……ってまさか。


「もしかして……その鎧か?」


 そう尋ねると、ラライアはガシャンと胸を叩いてこう言った。


「はい!いざ飛ぶとなると体に食い込んで痛くはあるのですが、身体と密着している分思ったように動くのです!」


 そう嬉々として話すラライアではあったが……僕は正直複雑な心境に居た。

 なんせ、アインが直接服に付与して散々な結果に終わったという記憶があるのだ。

 持ち上がった服に首をつられそうになり、うっかり腕を上に上げて体がすっぽ抜けそうになったり。

 そんな結果に終わったからか、それ以降は自分に直接飛翔を付与することで移動していたようだ。

 一般人ならどうあがいてもマネできない荒業だが、魔力の総量からバケモノレベルのアインならそれも不可能では無い。

 ……というか、そうじゃん。


「お前ら……もしかしなくてもそれがあるなら壁も越えられるんじゃないのか?」


 そう尋ねると、ラライアは気まずそうな顔をして……


「あー、やはりお気づきですよね。」

「そりゃあな。で?どうして飛んで町まで行かなかったんだ?ここからならいけない距離でも無いだろう?」

「はい。ここからはもちろん飛んでいけます。ですがこの結晶。ギルドから支給されるものなのですが……魔力を注入するのに給料から引かれまして」

「……なるほど」


 最初はギルドの頂点から腐っているのかと思ったが、ふと考えて納得した。

 多分、でしかないが、これ無駄遣いをするような奴を想定しての対策だろう。

 魔力をわざわざ注入するという発想からアインに無かったので想像でしか話せないが、きっとその注入にも魔力を扱う以上何かしらの対価を支払う必要があるはずなのだ。

 だというのにそんな裏方の苦労も知らない奴らなら毎回使い切る勢いで使いかねない。

 そう考えるのなら、この天引きシステムもそう悪い物ではないのだろう。

 最初に考えついた奴は大したものだ。


「私たちとしてはこんな物ですかね?」

 

 そんなことを考えていたところに、ラライアからのそんな言葉が飛んできた。

 どうやら一通りの説明は終わったようだが……

 

「もしかして僕も何か話した方が良いのか?」


 そう尋ねると、ラライアは笑顔でもちろんと頷いた。

 とはいってもなぁ。


「お前に僕の成り立ちを話した時の話がほぼ全てだぞ?」

「いえ、あの時に伺ったのはスケルトンになった以降のお話でしょう?よろしければそれ以前のお話なんかも聞いてみたいと思ったのですが。」


 ということは……転移前からか。

 正直あまり面白い話では無い上に説明が面倒なんだが。

 

 そう若干面倒に感じながらも、僕は僕が異世界の住人であることを改めて聞かせた。

 あちらには魔力なんてものが無いこと。代わりにある電力などの人間が歩いてきた進歩の歴史。

 そんな話に……


「「……」」


 二人は終始開いた口がふさがらない様子だった。そら無理も無いだろう。僕もあっちでそんな人間が居ればこんな反応になる自信がある。

 そう共感しつつも


「じゃ、こんなもんかな」


 適当に切り上げようとすると、


「ま、待って!」


 そこで初めてミティスが口を開いた。

 

「その世界は……平和ですか?」


 平和?……まぁ、そうだな。


「少なくとも僕が居た所はそうだった。」


それにミティスは少し口元を震わせたかと思うと、


「それは……魔力が無いから……なんですかね?」


 そんなことを尋ねてきたのだった。

 こちらとしては無論なんのこっちゃだったのでラライアの顔を見遣ると、彼は心配するような表情でミティスを見ていた。

 どうやら訳アリなのだろう。……まぁ、事情も知らないなりに気を使って言うのなら、


「いや違うな。平和とは言ったが、殺人なんかもあるし、窃盗強盗なんかも毎日の様に起きてる。確かに規模や方法はこちらとは違うかもしれないが、結局僕たちが人間である以上魔力の有る無しは大した違いじゃない、と僕は考える。」

「……そう、ですか。」


 そう言った言葉に納得したのか、はたまた失望したのか。

 その真意は分からなかったが、ミティスはゆっくりと元の場所に戻った。


「突然すいません。事情は……私からもお話は出来なくてですね。よろしければ忘れて頂いても結構です」

 「……」


 そうフォローするラライアの言葉に僕は首肯で返した。

 やはり事情は分からないが……やはりどこの世も世知辛いものらしい。

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