保管魔術

 そうして小屋に戻った僕だったが、調べることはとうに決まっていた。

 

 それは……そう、魔術である。

 先ほどまでは「弱者の生み出した妄想」などと馬鹿にしていたわけだが、先ほどの体育測定を経て改めて実感した。やはり僕はその妄想による産物なのだ。

 それならば、やはりその大本を調べない訳には行かないだろう。もしかしたらこの体のメンテナンス方法なんかも載ってるかも知れないし、なにより魔術だ。

 今までは現実逃避なぞくだらない、と一蹴していた概念では有るが、それが実際に存在するとなればそれは科学と何ら変わりない人間の技術の一つなのだ。気に入らなかった部分が無くなった今、あえて毛嫌いする必要もあるまい。

 もし使えたら、炎を出したりして森の獣への良い牽制になるとは思うんだが……今まで馬鹿にしていた様な僕に使わせてくれるのだろうか。


 ……などと、自分でもよく分からない相手に不安になりながら、僕は本棚に並んだ背表紙を読み始めた。

 『呪怨の地』、『臓器の種類とその使い方』。そして、『臨死魔術解剖録』の1~5。

 他にもいろんな本が有るらしいが、やはり研究していた物が物だけにどれもおどろおどろしい物が大半だった。

 そんな中から想像するタイトルに最も近そうな物を探してはいるのだが……


「やっぱり無いのかなぁ。今更『魔術の使い方』なんて」


 そう、僕が探しているのはもちろん基礎の基礎。

「そも魔術とは一体何なのか」からを教えてくれる小学校の教科書の様な一冊だ。

 とは言ったものの、この家の主は不老不死を目指していた人間だ。魔術のことはまるで分からないが、不老不死なぞ言ってしまえば人間の目指す極致。それを目指すとなると、やはり相当な量の知識量が必要になるだろう。そんな人間が未だにそんな本を置いているとは考え……


「あ、」

 

 その時だった。

 背表紙に掛けていた指がすっぽ抜け、一冊の本が棚から落ちたのだ。

 掴んだと思ったのだが……指紋などが無い分、やはり滑り落ちやすいのだろう。この紙もだいぶ傷んでいるようだし大切にしなくては。

 そう反省しながら僕はその本を拾い上げた。それを元のところに直そうとして……ふと気付く。


「あれ?」


 本が収まってたスペースの直ぐ奥。僕らで言うエロ本を置くようなスペースに何やら一冊本が入っているようだったのだ。

 流石にこのラインナップの中にエロ本を隠しているということは考えにくいが……わざわざ隠す様な代物だ。気にならない筈が無い。

 そう考えた僕は周りの本を掘り出した。そうして出てきたのは、題も無く、文字通りの薄い本。

 どうやら使い潰す勢いで使われたらしく、紙の端はすり減り、ずいぶんと滑らかになっていた。ずいぶんと読み込んだのだろう。

 そんなことを考えながらページを捲って、僕は言葉を失った。


 そのページはまるで塗りつぶしたかのように真っ黒だったのだ。

 ただ、それにしては白い隙間が見えるため、よく見てみようと顔を近づけると……


「あ、これ文字か」


 その結論に至るまで、約5秒を要した。

 少なくとも日本語には見えないが……なんとなく理解できる。いや、はっきりとした言葉じゃなくてイメージを理解できるような感じなんだが……あぁ、もう。こんなの初めてだ。

 そんな初めて感じる感覚に戸惑いながらも読み(?)進めていると、どうやらこの本はこういった物の様だった。


「……保管魔術?」


 そう、僕の脳(……いや、このボケはやめておこう。何回擦られたと思ってんだ)が受け取ったイメージによると、どうやら一定の値を超える感情と言うのは、魔力として扱えるらしい。そういった物は+の方向でも-の方向でも、実体化することで爆発的なエネルギーを生み、それを魔術として使ったり、儀式に使ったりして、いわば電池の様な運用ができる。ただやはり使った思い出は消費するらしく、使った場合には、その時に感じた感情を無くし、残るのはただそうしたという事実だけ。

 

 そんな風なので本来なら一つの思い出で一回きりの裏技らしいのだが、そこで出てくるのがこの本。保管魔術の魔術書である。

 この本にあらかじめ記憶のコピーを取っておくことで、大本である脳さえ無事ならいくらでも複製して電池として使えるというのだ。

 だが、今回僕が使うのは、それとはまた別の用途だ。

 

 実は先ほどのイメージで分かっていたのだが、どうやらこの本。前の持ち主の人生全てが残されているらしく、それによるとこの魔術書には、本来の用途という物が有るらしい。その用途と言うのが、いわゆるアーカイブ機能。記憶を残し、後からいつでも見られるようにする、いわばアルバムだ。

 今回はそれを使おうと思う。

 それを使って前の主が持っていた魔術についての知識を得る。そうすれば魔術の知識も簡単に得られるのではないかと考えた訳だが……なんか申し訳ないな。

 まるで死体に群がるハエみたいだ。


「……ごめんなさい、頂きます」


 そんな想像が脳裏をよぎったため、そう断りを入れてから僕は改めて本を読み始めた。

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