魔術と記憶
「うぅ……」
吐き気がする……。貯まる器すら無いのに?
目が回った……。 三半規管も無いのに?
「……っぷぁ!!」
そんな自問自答を繰り返しながら、僕は何とか部屋のベッドに身を投げた。
未だ体を蝕む様々な
「どーーーしたもんかなぁ……」
そう考えつつ、僕はこっちに来て何度目かも知れない頭を抱えた。
その原因は、保管魔術の魔術書。アレにあった。
最初はただ他人の記憶を映像として見れる便利なアルバムだと思って見てたんだが……あれはダメだ。想像以上の劇物だった。
なんとあの本。視聴すると、こちらの人格と記憶が本に残された物と混ざり始めるらしいのだ。
今の吐き気やめまいもその影響らしい。
まるで視界に別の視界をねじ込まれたかのように世界がダブり、その処理に脳が追い付いていないせいか、酷く気分が悪くなる。それが僕の今感じている症状の正体だった。
幸いそれに気づいてからすぐに本から目を逸らしたため、症状も既に収まり始めてはいるのだが……これを続けるのか。
読んでいる最中に感じた、今の自分が新しい何かに食い潰されるような感覚。あれを怖くない、と言ったら正直ウソになるが……はぁ。
……実を言うと、一応収穫もあったのだ。
「……」
ポウ
温かな光が指先に灯る。
これは魔力の塊。これを操り、体外に放出、収納を繰り替えすことが初心者が最初に習う魔術の練習だそうだ。
それ以前に、こんな体でも魔力を扱えたということに関しては一先ず安心なんだが……逆に収穫が有ったからこそ、この作戦は効果的だと証明されてしまったようなものだ。つまり……
「作戦は続行です……と。はぁ。」
自分で口にしたそんな言葉に思わずため息を漏らす。
色々と未知すぎて怖いんだってあれ。
……と言うか待てよ?
思わずこぼしたそんな愚痴にふと気づく。
これはそもそもの話だ。前回の「読書」では、読み始めてすぐに食い潰される様な感覚は無かった。ということはあの……侵食とでも呼ぼうか。あの現象が始まるまでには幾分かの猶予があるのではないだろうか。
それならばその期間に読み進めて、危なくなったらやめる。それを繰り返せば、あの感覚を味合わずに済む?
……無論、机上の空論であることは理解しているものの、可能性としては決して0ではない筈だ。僕としても、一々侵食されて休憩するより、さっさと力をつけて森を出たいため、メンタルがやられる可能性も少ない方が良いのだが……まぁ、どちらにせよ試行回数が少なすぎるな。
これを空論で終わらせないためにも先ずは……
「取り敢えず数ゥ……こなしますかぁ」
そう方針を新たにしながら僕は……再び机の本を開いた。
……とまぁ、そんなことを繰り返して、約半日後。
「ぶえぇ…………」
案の定、僕は完全にのびていた。
とはいっても、記憶の影響を受けない視聴時間を見極められなかったからというわけではない。
むしろ、最初の数回のうちに、その時間自体は見極めていたのだ。
それが、30秒。
それを過ぎると、僕の自己認識はこの小屋の持ち主、アイン・シュバルツとなり、視聴をやめた際に現実との解離具合にショックを受け、さっきのような症状に陥る。
それが僕の精神力を犠牲にして得た確かな情報だった。
ただ、問題なのがここからで……どうやら視聴によるデメリットは一つではなかったらしいのだ。
と言うのも、視聴を終える度にひどく疲れるのだ。心が。それが何を原因とするものなのかはわからないが、やはり一時でも自分の中に自分以外が入って来るというのが負担になっているのではないだろうか。
そりゃそうだ。なんせ自己を示す言葉として、自己同一性という物が有るくらいなのだ。一の中に別の一が入ってくれば、色々と不都合が起こるということは想像に難くないだろう。
最初に読んだ記憶によれば、記憶の主であるアインはこの本の本来の使い方が広まらないのかを疑問に思っていたようだが、そんなものは一目瞭然だ。見る度にこんな思いをするくらいなら写真にでも残しておいた方が数倍楽に決まっている。
……とはいえ、だ。
そう切り替えながら僕は上体を起こした。
今回のような場合に限ってはこの本の用途はとてもありがたい。
確かに蝕まれる危険こそあるものの、その危険に危険に見合うリターンはしっかり有ったのだ。
ぽう
そうして再び指先に魔力の塊を放出する。
そして……
ボッ
それを火に変える。
チャポッ
水に変える。
ヒュウ
風に変える。
バチッ
電気に変える。
思いつく限りの属性に変換した所で僕は手を振って魔力を収納した。
あの本のおかげで、魔術がどういう物かも少し分かってきたのだ。
というのも、どうやらこの世界における魔術という物は、一時的なバグの様な物らしい。
もともとこの世界の人間が持っている魔力というエネルギーを消費し、世界を構成している言語を介して、結果を引き起こす。しかし、世界自体の持つ自浄作用の様な物で、突然生まれた結果は、自分を構成している出力が弱まると消えてしまう。
それがこの世界においての魔術という物だそうだ。
こう言葉にしてみてもあまり理解はできないものの……他人の記憶に侵されたせいだろうか。今の僕にはそれが当然の様な物として聞こえるのだった。まぁ、この世界で生きていく上ではなんら悪いことでは無いのだが。
あぁ、それともう一つ。実は今回の読書で得た新たな魔術が有るのだが、どうやらそれを使って出来ることが、僕の助けになるかもしれない。
本来なら、すぐにでも始めたいところなのだが、どうやらそれには材料を必要とするらしかった。
それが、肉だ。もっと言うなら、まだ新鮮な……死にたてほやほやの肉。
この魔術さえうまくいけば、こんな森など直ぐ抜け出せそうなんだが……この体だと、何匹か気を付けるべき奴は居るな。まぁ、どいつも目立つから気を付けてさえいれば出くわすことは
あるまい。
そんなことを考えながら、僕は再び玄関へと向かった。
ギイィィ
そう軋んでゆっくりと開くドア。
そうして差し込んできたのは、オレンジの光だった。
一応部屋の窓から見えはしていたものの、オレンジの陽光を受けて輝く葉に、輪郭がぼやけて沈みゆく太陽。こうしてみると……なんか綺麗だな。
今まではとてもそんなことを考えられなかっただろう。
ふと浮かんだそんな感想に、ふとそんなことを思った。
記憶を読む前の僕なら、未だ正体も分からない声におびえ、森に足を向けるなんて発想は出て来ることすらなかった筈だ。なのに、今はどうだ。
グルルル ピィーピィー フシュー……
そんな獣の声を日常の音として受け入れ、なんら恐れていない自分がそこには居たのだ。
どうやらあの本は、記憶と一緒に余裕も与えてくれたらしい。
これならあの森にも臆せずに突っ込むことぐらいはできそうだ。後は……
「この根拠もない自信がどこまで通用するのか……だな。」
そう呟きながら、僕は薄暗い森へと足を踏み入れた。
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