自覚

 ブツッ


 一瞬の暗転。


 「______!!!!!!!」


 まるで全身の骨を外し、グニャグニャになった体を狭い管に押し込まれた様な奇妙な感覚。

 内側から外に出せと叫ぶ骨が柔らかくなった体内をかき混ぜ、触覚と痛覚は、機能しない他の器官の分までフルに稼働する。

 腕や足はもちろん。上と下で分かれた顎も、舌すら動かない。

 突然始まったそんな地獄は、現状も理解できない僕に、とりあえずでこんなことを願わせるには十分な物だった。


 ――殺してくれ


 「……ッ!!!」


 そんな脳内に響いた自分の声で跳ね起きる。


「ハッ……ハッ…………ハッ………………ハァ」


 その直後に真っ先にしたのは自分の体を抱きしめることだった。

 ……良かった。ちゃんと人の形をしている。

 そのことを確認して、一先ず安堵の息を吐く。

 結果的に一瞬だったとはいえ、その一瞬でありとあらゆる可能性を考える程度にはその一瞬が辛いものだったのだ。

 真っ先に自分の体の心配をしないほうがおかしいだろう。


 無意識に行った行動にそんな理由を付けながら、とりあえず立ち上がって辺りを見渡した。

 そこには、月明かりのみが照らす薄暗い部屋に、ほこりを被って雑多に散らかった木造の部屋。

 少なくとも僕の記憶に有る様な場所じゃない。一体何がどーなって……


 そう内心ぼやきながら辺りを見渡していた時だった。


「……ん?」


 ふとした違和感に動きを止める。

 その違和感を感じたのは首だけでは見えない場所を見ようと動かした右足からだった。

 その違和感に従い、足元に目を遣って……


「……は?」


 思わずそうこぼした。

 何か、何かが見えるのだ。小さくて白く細かいものが集まって出来た一つの塊。あまり目にするものではないが、これが何なのかはよく知っている。

 これは、

 


 足の骨だ。


 

 ゾゾゾッ


 そう悟った瞬間、まるで電撃が走る様な衝撃が背筋を走った。

 足……そうだ。これは間違いなく僕の足だ。そしてその足は骨になっていた。

 つまり……


 暗い部屋の中。どう間違っても見間違えることの無いように手を顔の前に持ってくる。

 その目の前に有るものは、やはり骨で出来ていた。

 ……ここまでくれば、確認するまでも無いかも知れないが、確認しない訳には行かないだろう。


 未だ胸に残っている微かな希望を込め、震える手を自らの顔に伸ばした。

 様々な感情が合わさり、ゆっくりと動く右手。それはついに僕の頬に触れ……


 カツン


 そう硬質な音を鳴らした。

 

 その瞬間僕は全てを悟った。

 どういうわけだか知らないが、僕はいわゆるスケルトンと呼ばれる様な存在になったらしい、と。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 薄暗い部屋の中。頭を抱えてそう声を上げる。

 喉も震わせずに出て来るそんな声がまた一段と僕の気分を下げて来るのだが、こうでもしなければ正直やっていける気がしなかったのだ。


 大体なんだよスケルトンって。あぁ言うのは空想の世界の生物だろ?何をどう間違っても自分がそんな物になるわけがないと……思ってたんだけどなぁ。


 カコン


 「……はぁ」


 指先で弾いた頭蓋が鳴らす空洞の音に再び溜息を漏らす。

 まるで意味が分からない。さっきの拷問の様な時間が僕をこうしたのだろうか。

 それならば理不尽もいいとこだが。


 そう内心ぼやきつつ、とりあえず立ち上がった。

 いつまでもこうしていられない。そう言う気持ちがあったと言っても別に嘘にはならないが、今は少しでも他のことに集中したい。そう言う気持ちの方が大きかったのだ。


 そんなわけなので、この奇妙な現状はともかく、僕は最初に辺りを見渡すことから始めた。

 そこには、本棚に、立派な机、ベッドなど。今ではすっかりほこりを被っているがそこにはかつて人が暮らしていたことを示す様な物がいくつか見受けられた。

 加えて、本棚や机にはいくつかの本もあるようだ。

 これを読むことで、新たな発見があるかもしれない。


 そう考えて、机の上で開かれていた手記の様な物へと手を伸ばした。

 開かれていたページを押さえたまま表紙を見てみると、そこには大雑把に書かれたような文字で、『臨死魔術解剖録・6』と書かれていた。


 ……臨死?正直その部分だけでもめったに聞くことは無いので不思議な感じなんだが……魔術だって?

 この手記の主はずいぶんオカルト好きらしい。

 馬鹿馬鹿しい。魔術なんてのは所詮弱者が望んだ空想世界の産物だろう。そんなものをわざわざ研究するなんて馬鹿げて……


 ページをめくりながら、そう手記の記録者を嘲っていると、突然僕の脳とページをめくる手が動きを止めた。

 そしてその指先を見つめる。

 むき出しの関節に、筋肉も無しに動く不可思議な骨。


「……はぁ」


 そーでした。そーでしたよ!バカヤロウ!

 今や僕もそんな空想の一部でした!

 はぁ~、全く。一体どうして僕がこんな目に……


 もはや開き直るぐらいの気持ちになりつつ、パラパラと手記を捲る。

 そこには、内側にびっしりと何かが書き込まれた六芒星や、大小さまざまな動物の死体など。

 内容としては殆どわからないものの、臨死の名前は伊達ではないらしく、様々な死の形について記されているようだった。

 正直気味が悪いが、目を通さない訳にも行くまい。

 そう考えていた時、突然変わった文の書き方に思わずページを捲る手を止める。

 すぐ一ページ前までだと、何か一つ絵があり、それについての見解や、記録が示されているというような表記法だったのに対して、今僕が開いているページはひたすら文が書かれており、何やら内容についてもこれまでとは少し違うらしかった。

 というのも、


 『いよいよ寿命が少ない。ついに私の不老不死の研究は成功しなかった。』


どうやらこれは日記らしいのだ。それも、死が見えてきたような時期に書き始めた様な。

 しかし、どんな場所にも居るもんなんだな不老不死を目指す様な奴は。

 昔読んだ小豆の様な錬金術師の漫画を頭に思い浮かべながら続きに目を通した。


『他人に……寄りにも寄って魔女に頼るのは非常に業腹ではあるのだが、いつぞやに魔女から購入したこの【不老術式】。どうやらこれを使う時が来たようだ。昔、奴らの術を調べてやろうと、大枚はたいて購入したものではあるが、どうやら古代語による隠ぺいが為されているらしく、私ではその一端に触れることもできなかった。ただ、使う分には、対象者の名を空白に付け加えるだけで良いらしく、非常にお手軽だ。さしもの魔女も使えない物は売らないらしい。まぁ、他に注意すべき点としては、効果が効果だけに必要とする魔力量が尋常ではないことだろうか。その量なんと、我が魔力炉一年分。幸い、何年も前から貯蓄してきた分が有るので魔力自体は足りそうではあるのだが、量が量だけに、その魔力を込めるのにかかる期間が三日。そして、発動するのに一日。寿命を視る限り、すべての時間をこの術式に費やしたとしても、少しは余裕があるといったぐらいの期間だ。魔女の話によれば、とりあえず【不老】にはなれるとの話だが、一体どういう理屈なのだろう。術の発動中に少しでもヒントを得られたらいいのだが。』


 ページを捲る。


『魔力を込める作業は非常に順調だ。この調子なら、最終的に二日と半日あればこの工程は終了するだろう。まぁ、作業とはいっても、同じ量で均一に注がれているかをただ見ているだけなのだが。……そうだ。せっかくの開いた時間だし、先に空白に名前を書いておくとしよう。』


 ページを捲る。


 などと、今までの調子でページを捲った僕を襲ったのは驚きだった。

 なんせ……


『まずい、いったい――が、なまえが――かえられ、――ままでは、べつじんが――』


 そこには慌てて書きなぐった様な文字でそんな文が書かれていた。しかも、文が意味を成しているのは最初の数行のみ。後は、失敗に対する対応策でも考えていたのか、ひたすらに六芒星や、読んでも理解できない様な文字が書きなぐられていた。

 ……どうやら日記の主は失敗したらしい。

 そうこの後の展開に察しを付けながら一応最後まで目を通していると、突然、きれいな文字でこんな言葉が書かれているのを見つけた。


『ミズハシ イオリさん。申し訳ない』


 その瞬間、僕に電撃が走った様な衝撃を受けた。

 そう、何を隠そう。この水橋 伊織こそ、僕の名前なのだった。というか……待てよ?ここで僕の名前が出てきたってことは……あ~、なるほど。少しこの状況が読めて来たかも知れない。


 そう考えつつ、机から羽ペンを手に取り、ノートの開いている隙間に現状を纏めてみた。

 それに平行して、頭では突然こんな体になった理由について考察する。


 ここからは完全に予想にはなるのだが、そもそもこの【不老術式】とやらは、体をスケルトンにすることで不老となる、という効果だったのではなかろうか。

 酸素も栄養も必要としない体に、加え、肉が腐ることも無い。

 なるほど、確かに【不老】ではある。

 この手記を見る限りどうやら書いていた主はそれを知らなかったようだが、まぁそれはそれとして。日付が書いてないので正確な日時は分からないものの、魔力とやらを注ぎ終えた手記の主が、術式を発動させたところ、途中で何故か名前が書き変わっていることに気づく。

 慌てて修正をしようとしたものの、うまくいかず、書き変わった名前の持ち主を巻き込んでしまったことを悪く思い、自らの手記に謝罪の意を示した、と。……いや、不老不死なんかを望む人間がそんなに殊勝なことが有るのだろうか。

 それに結局何故名前が書き変わったのかも謎だし……少なくとも、アレだな。


「きっといつまでもここに居て分かる様なことでは無いのだろう」


 そんな言葉と共に、僕は手記から顔を上げた。

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