第7話 オレの門出

「おわっ! ……って、ここ……どこ?」


 瞬きのあと目に入ってきた光景は、見たことがない場所だった。

 さっきシオン先生がやっていた札を破る行為は、転移するためのものだったようだ。


 通路を挟んだ両側には、三角屋根で石造りの壁の民家が並んでいる。

 どこかの路地裏のようで、近くに大通りがあるのか人の喧騒が聞こえてきた。


「転移札で場所を移動しましたが、まだ王都内なので城からそう離れていません」


 先生が指差す方を見ると、さっきまでいた白城が見えた。


「戦闘から回避できる短距離転移の札しか持ち合わせなかったので、とりあえず勇者を撒きました」


 たしかにあの状態の京平からは、そういった特別な力を使わなければ逃げられなかっただろう。

 貴重なものを使わせて申し訳ないが助かった……。


「早く行かないとみつかりそうだなあ」


 京平は今でも必死になってオレを探してそうだ。

 みつかったら怒りのドロップキックを貰うことになるかもしれない。

 あいつ、力の加減ができてなくて、蹴られるとめちゃくちゃ痛いときがあるんだよなあ。

 ……そんなやり取りをまた、いつかできたらいいな。

 勇者として活躍して強くなったあとのドロップキックを食らったら、オレは死んじゃうかもしれないけどさ。


 でも、京平が素直になったり、あんなに必死に止めてくれるなんて意外だった。


『行くなよ! お前だけは、得にならなくても俺のそばにいてくれるんだろ!?』


 ……あんな京平、初めて見たな。

 謝ってくれたときの顔や必死な表情を思い出すと、離れる選択をしたことが正しかったのか分からなくなるけど……。

 やっぱり、自分で決めた道を進もう。

 あいつなりに大事な友達だと思ってくれていることが分かってよかった。

 今度あったときは何か奢ってやろう。

 オレは無一文だし、勇者のあいつの方が絶対稼ぐだろうけど!


「みつからないうちに王都を離れたいですね。帰りの転移札を依頼しているところに取りに行きましょう」

「分かりました」


 とにかく、勇者をするあいつに負けないくらいにオレもがんばろう!

 そう心に誓い、振り返ってもう一度京平がいる城を見てから、歩き始めたシオン先生のあとに続た。


「勇者にみつかっても僕が八つ裂きにしてあげるよ」


 新しい門出に気合を入れて歩くオレに、隣にいるリッカが恐ろしいことを言ってきた。


「だめだって! オレの大事な友達なんだから。それに京平は勇者だから返り討ちにあうぞ?」

「だから何? 僕、負けたことないし」


 まあ、たしかにリッカも強そうだけど……。

 今後は二人を会わせないようにした方がよさそうだ。


 路地の中にもまばらに店がある。

 宿屋や飲食店が多いようでいい匂いが漂っている。お腹が空くなあ。

 カレーみたいな匂いや、ソースのような匂いがする。

 調味料は元の世界と変わらないのだろうか。

 とにかく、食が合わないということはなさそうなのでホッとした。


「いらっしゃ~い! 今なら割引するよ~!」

「城下酒場だよ! 今ならつまみをサービスするよ~」

「おひとり様でも大歓迎〜!」


 呼び込みをしている人もいるが、なぜかオレたちには声をかけてこない。

 ちらりと見るのだがスルーしている。


「獣人の僕がいるから、人間は声をかけてはこないよ」

「あー……獣人は立場が弱いんだったな」

「そうです。遥か昔、世界中で魔物が増加したときに神子が現れ、神聖魔法で邪悪な魔物を『知性のない魔物・獣人・動物』に分けたと言われています。それで獣人を『元は魔物だ』と揶揄する人がいるんです」


 そんな背景があったのか……。

 魔物と一緒にするなんてひどい話だ。


「でもさ、勧誘の声をかけられないのは、鬱陶しくなくていいね」


 そう言ってリッカに笑いかけると目を丸くしていたが、すぐにフッと笑った。


「僕もそう思う」

「私も同意見です」


 三人で笑いながらんどん進むと、路地の幅が狭くなってきた。

 両側の建物に人の気配はないから空き家だろうか。

 そんなことを気にしながらも先生に気になったことを質問をする。


「先生って獣人なの?」


 ツノもないし、耳もオレと一緒でしっぽもない。

 見た目に動物の特徴は見当たらないが……。


「一応、そうですね……。そういうことにしてます」


 ……ってことは、正確には違うってこと?

 先生の素敵な笑顔とリッカの知らないふりをするような顔を見ていると、突っ込んで聞かない方がいいような気がした。

 触らぬ神にたたりなし、だ。


「着きました」


 先生が足を止めたのは袋小路にある家。

 周囲の店や家とは違う山小屋のような佇まいだ。

 こじんまりしているが木の温かみがあっていい。


「ここ?」

「はい。ここで魔法効果の付いたアクセサリーを作って売っています。店主が知り合いでよくお世話になっているんですよ。転移札は売っていないんですけど、特別に作って貰っています」


 シオン先生とリッカに続き、キョロキョロしながらオレもついて行く。

 扉を開けると、すぐにアトリエになっていた。

 木製の作品棚が壁一面にあり、指輪やペンダント、ブレスレットなどのアクセサリーが並んでいる。

 上品で綺麗なものもあれば、髑髏がモチーフのロックなものもあって面白い。

 普通のアクセサリーではなくて魔法の効果がついているのだろう。

 オレが興味深々で棚を見ている間、シオン先生は作業台で熱心に仕事をしている女性に声をかけた。


「こんにちは。ドリス」

「おや、もう来たのか? ……って、増えてるね!」


 そう言ってオレを見た人は、暗い金髪をポニーテールにしている褐色肌の綺麗な女性だった。

 耳が尖っているからエルフ?


「うん? エルフが珍しいのかい?」

「あ、不躾に見ちゃってすみません! 初めて見て……!」

「初めて? 今どきエルフなんてどこにでもいるだろ? 君、どんな田舎からやって来たんだよ」

「えーと……異世界です」

「はい?」


 何言ってんだ? という顔をしているドリスさんに、シオン先生は苦笑いで伝えた。


「彼——チハヤは異世界人なんです」

「本当に……? あ! 噂の勇者か! 召喚が成功したって本当だったんだな!」


 ポンと手を叩いてキラキラした目を向けられたのだが、今度はオレが苦笑いになった。


「……そのオマケです。勇者とは友達で、一緒にいたから巻き込まれちゃったんです」

「オマケ? あっはっは! まあ、それでも珍しいから縁起物だよ!」


 豪快に笑われてしまったが、その姿がオレの母と似ているので悪い気はしなかった。

 下の弟が赤ちゃんの頃に父が他界してうちは母子家庭なのだが、母はずっと運送業で働いていて、オレが小さい頃はトラックによく乗せて貰った。

 口を大きく開けて笑う人で、ごはんをてんこ盛りにしたり、家族でのケンカは相撲で解決したり何でも豪快だった。

 オレの負けず嫌いも母譲りなのかもしれない。

 なんだか母に会いたくなったなあ。


「あー……ごめんごめん。失礼な言い方だったね」


 家族が恋しくなったオレを見て、気分を害してしまったと勘違いしたようで、ドリスさんはオレの頭をガシガシと撫でてきた。

 ……これも母に似ているな。

 そんなことを考えていると、後ろから頭にゴンと何かが乗り、身動きも取れなくなった。


「ドリス。チハヤは僕が見つけた。だからあげない」


 何かと思ったら、後ろから抱き着いたリッカが僕の頭に顎を乗せいていた。

 こら、顎で頭をぐりぐりするな!

 それほど身長差があることにイラッとする。


「またお前か! 何なんだよ!」

「は? 顎を乗せやすそうな頭なのが悪い。離れろ」


 そう言って再び軽く突き飛ばされた。

 このくだり、もういいって……!


「あはっ! リッカが懐いているのは珍しいわね!」


 この世界では懐く人を突き飛ばすんですか?


「珍しい……というか、初めてですね。よほどチハヤさんのことを気に入ったのでしょう」

「へー。それは光栄ダナア」

 

 ほんとかよ、と思いながらリッカを見たが、ぷいっと顔をそらされた。

 わけが分からん。


「リッカはチハヤさんに頭痛を治して貰ったんですよ」

「!」


 シオン先生の言葉を聞いた途端、ドリスさんが顔色を変えた。

 目を見開いて固まっている。


「リッカを治した? どうやって!?」


 興奮したドリスさんに正面から肩を掴まれた。え、何!?

 シオン先生は、話すかどうかをオレに任せるようで黙っている。

 ドリスさんは信頼できる人のようだし、話してもいい……っていうか、言わないと離してくれそうにない。


「えっと……オレのスキル『小回復』で治しました」

「あなた、スキルで獣人を治したの!? 待って、その話詳しく聞かせて!」


 ドリスさんがさらにぐいぐい迫ってきたが、そこでシオン先生が止めた。


「申し訳ないけど、今はとても急いでいてね。追手が来ているかもしれないんです」

「ええええ!? そうなの……?」

「チハヤさんはこれから学校で暮らすから、また話す機会はありますから。それで、帰りの札はもう用意できていますか?」

「札はできてるよ。じゃあ、今日は諦めるけど……今度絶対話をさせてね!」


 ドリスさんは作業場にある棚の引き出しから札を取ってきた。


「札はこれ。次に来るときの分はできたら送るわ。で、チハヤにお願いがあるんだけど……」


 また棚の方に戻ったドリスさんは、今度は鍵がかかっている引き出しから、布に包まれた何かを大事そうに抱えて持ってきた。


「これについてなんだけど……」


 そっと布をめくると出てきたのは、20センチくらいの大きなたまごだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る