第6話 オレと京平
「どこに行くんだ」と怖い顔で睨まれて思わず答えそうになったが、さっき「聖女が危険」と忠告されたことを思いだした。
京平にオレの居場所を教えると聖女にも伝わるかもしれないから、教えない方がいいだろう。
「えーと……遠いところ?」
目を反らしなが答えると、京平の不機嫌オーラが増した。
「何だそれ……ちゃんと場所を言え。というか、お前も城にいろ。何日かしたら、塔ができる場所の近くへ出発することになるようだが」
「へえ、そうなんだ? オレは行かないけどがんばれよ! 怪我したら、しっかり聖女に治して貰うんだぞ? 平和も大事だけど、お前の身の安全が一番だからな。そのうち会いに行くよ」
そう言って別れ、改めて出発しようとしたのだが……京平は手を放してくれない。
どうしたものかと悩んでいると、オレを掴む京平の手に手刀が入った。
「チハヤ、行こう」
手刀はリッカのもので、驚いた京平が手を放した瞬間、今度はリッカに手を引っ張られた。
「……誰だ?」
京平がリッカと後ろにいるシオン先生を睨んでいるが、オレが答える。
「これからオレがお世話になる人たちだよ」
「…………」
京平のリッカとシオン先生を睨む視線が、一層鋭くなる。
でも、リッカとシオン先生は平気そうだ。
勇者の覇気なのか、親友のオレでもちょっと怖いと思うし騎士たちも青い顔をしているのにすごいな。
「千隼、変な奴らについて行くな」
京平は二人を威圧することから、オレの説得に戻った。
一歩オレに詰めてきたが「来るな」と止める。
「変な奴、って何だよ。二人のことを何も知らないくせに失礼なことを言うな」
会ったばかりだけれど、獣人という立場に苦労しながらもがんばって暮らしているのは分かるし、これからお世話になる人達を悪く言われるのは腹が立つ。
強く言い返すと京平は一瞬戸惑っていたが、すぐに言い返してきた。
「こっちに来て知り合ったばかりの連中だろ!? お前だって大して知らないだろ!」
その通りだけど、オレの人を見る目を信用しないのか!? とまた苛立った。
「そうだな! それでも、これからお世話になりたいって思ったんだよ! オレはオレの好きにする! オレがこういう性格だって、お前は知ってるだろ? だからもう止めるな! 行かせてくれ!」
そう伝えると、京平は苦い顔をしたまま黙った。
「『風邪薬』ってからかったこと……悪かった」
「!」
京平を見ると、珍しく弱弱しい顔をしていて驚いた。
普段は中々謝らないし、謝るとしても強気を崩さなくて「謝ってやってもいいけど?」というスタンスだったのだが……。
それほど反省したってことなのかな。
オレもカッとしちゃったけど、ケンカ別れをしたいわけじゃない。
そう思うとすぐに冷静になれた。
「別にいいよ。いつものおふざけだって分かってるから。あのとき、オレもキレて怒鳴っちゃったし、ノリが悪くてごめ――」
「そうじゃなくて!」
一際大きな声で遮られて驚く。
何がそうじゃないのか分からないけれど、京平は何かを必死に伝えようとしているのは分かる。
「行くなよ! お前だけは、得にならなくても俺のそばにいてくれるんだろ!?」
「!」
そう叫ぶ京平の顔を見て、子どもの頃のことを思い出した。
転校してきた京平がクラスで浮いていた頃――。
しつこく勝負をしかけ、そのうち普通に友達として絡み始めたオレに、京平が問いかけてきた。
『俺といても何も得しないのに、どうして一緒にいるんだ?』
あとから聞いたのだが――。
京平が幼い頃、忙しい父親が珍しく休日にいたので『遊んで欲しい』と頼むと、『得るものがない。京平も塾にでも行った方が将来のためになる』と言われたそうだ。
それから京平は、『得がないと時間を使う意味がない』と思うようになったらしい。
クラスメイトと仲良くなっても、休日に遊ぶこともなければ、自分よりも能力が劣る者から得るものなんてない。
だから、クラスメイトから話しかけられても必要最低限しか話さなかったそうだ。
『別に得にならなくても一緒にいてもいいだろ。っていうか、楽しいから得になってるじゃん』
そう答えたオレに、当時の京平は目を見開いて驚愕していたなあ。
京平の両親は忙しい人で、参観日にも来たことがない。
習いごとが多くて友達と遊ぶ時間もなかったし、オレからすれば「情報を詰め込むだけのロボットか?」と思うくらいに、子どもらしい時間を過ごすことはないようだった。
多分、京平は自分では気づいていなかったようだが、寂しかったのだと思う。
オレと遊ぶようになって、ようやく笑うようになった気がするし、『楽しい』『楽しくない』『好き』『嫌い』を言うようになったと思う。
……今でも空気は読めないけどさ。
「これを機にオレ以外にも友達を作ってみろよ」
友達じゃなくなるわけではないが、オレとはいつでも会える環境じゃなくなる。
それにオレと仲良くなってからは人を寄せ付けない感じは薄くなったけれど、友達が増えたらもっと生きやすくなるんじゃないかな。
「オレもちょっとは役に立てるようになったら、必ず会いに行くから」
封印のことは話せないけど、いつか風邪薬じゃないぞ! と自信を持って言えるようになったら力になりたい。
そう思って、『お互い頑張ろう!』の笑顔を向けたのだが、京平の顔はみるみる怒りに染まっていった。
「なんだよ、それ……ふざけんな! 離れるなんて許さないからな!」
再び京平がオレの腕を掴んできた。
掴む力が強くて痛い。
「痛いな、離せっ!」
「お前はここで俺と一緒にいるんだ!」
「チハヤが痛がってるだろ」
抵抗しているとリッカが京平を強く突き飛ばし、オレは離れることができた。
「早く行こう!」
京平がふらついている間に、リッカがオレを担いで走り始めた。
先生もそれに並走する。
「ちょっと! さすがにこれは恥ずかしいんだけど! 自分で走るから下ろせ!」
「舌を嚙まないように黙っておいて。人間のチハヤでは僕たちのスピードについてこられないから」
「!」
オレが遅い……足手まといってこと!?
ずっと「足が速い」と褒められて生きてきたオレにはダメージが大きい。
でも、たしかにすごいスピードで京平が遠ざかっていっているから、オレが走ったら置いてきぼりになりそうだ。
「待て!! 千隼を連れて行くな!!」
大人しく運ばれるか、と思っていたら、京平がリッカに負けない勢いで追いかけてきた。
異世界にきて勇者補正がかかっているのか、オレと競い合っていたころより何倍も早い!
「貴重な転移札だったんですけどね。致し方ありません」
追跡に気がついた先生が、お札のようなものを取り出して破った。
高価なものっぽいのに、破ってしまっていいの!?
光がオレたちを包むと、少し目の前が白くなりくらりとした。
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