第5話 本当に終わってる

「僕の頭痛も治って、チハヤとの話もまとまったし今すぐ学校に戻ろう」

「そうですね」

「え、もう? 急だな」


 立ち上がったリッカはもう準備万端! という顔をしている。

 気になるワードがあったが、展開の早さに飛んでしまった。

 学校行きを了承したけれど、こんなに速攻だとは……。


「あ、聖女にお金払ってるんだよね? 返して貰わなくて大丈夫?」

「返して頂きたいですけど、素直に対応頂けるとは思えませんので手切れ金だと思うことにします」


 時間を使って交渉するよりも、早く帰ることを優先するようだ。


「チハヤさんは何かやり残したことはありますか? あ、一緒にきたご友人——勇者に伝えなければいけませんね」

「あー……いや」


 いなくなったら心配するだろうから、ここを出ていくということは京平に伝えた方がいいと思うが、正直あまり顔を合わせたくない。

 親友なのに薄情だと思うが、勇者になったからあいつも何かと忙しいだろうし、騎士を見かけたら伝言を頼むくらいでいいだろう。


「友達には外に出て見かけた人に伝言を頼むから、オレも出発できるよ。持ち物なんてないしね」

「では、すぐに出発しましょうか。荷物はもう片付けてここに入れていますし」


 先生はそういって、ベルトに付いているポーチのようなものを叩いた。

 20センチぐらいだから何も入りそうにないが……。


「あ、収納できる空間に繋がっている魔法のカバンですか?」

「そうです。チハヤさんの世界にもあるのですか?」

「ないです。想像上ではありますけど」

「獣人も空間収納も知っているのに存在はしない。不思議な世界ですね」


 オレにとっては存在していることが不思議です。


 部屋を出て、先生の先導で廊下を進む。

 ときおり城で働いている人と会うが、こちらに挨拶する者はいない。

 最初はオレから会釈をしたりしていたのだが、一度も返されなかった。

 ここの人間、終わってる。

 社会人として会釈を返すくらいできませんかね!


「あ、騎士だ。ちょっと頼んできます」


 シオン先生とリッカに声をかけ、少し離れたところにいる騎士に駆け寄って声をかけた。


「あの、すみません! オレ、異世界人なんですけど、友達の勇者に『城を出る』と伝言をお願いできませんか?」

「…………」


 騎士は俺をジロリと一瞥すると、そのまま通り過ぎて行った。

 …………は?

 こんなにはっきりと話しかけているのに無視!?


「頼め……なかったようですね」


 すごい目つきで去って行く騎士を見ているオレに、シオン先生が苦笑いで近づいてきた。


「この国、終わってるから」


 リッカの言葉に頷く。


 「……ほんと終わってる」


 全員に道徳の授業を受けさせた方がいい。

 そのあとも何人かの騎士に会ったが……全員無視!


「勇者様は風邪薬には興味ないってさ」


 無視はしなかったが、そんなことを言ってきた奴がいたので、カチンときたオレは黙って出ていくことにした。

 オレは! 言おうと! したからな!

 京平がオレを探してもお前らのせいだから!

 ぷんすこ怒っているオレを見て、先生は再び苦笑いだ。


「ご友人――勇者に会わずに行くのは、結果的にいいかもしれませんよ」

「え? どうして?」

「ご友人ですから、あなたの秘めた可能性についても話すつもりだったのでは?」

「まあ、そうですね……」


 オレもすごいかもしれないんだぞ! と、すべて話したかもしれない。


「それが何か?」

「自分だけが獣人を癒せる、という特異性が失われたことを知ると、聖女はあなたに何をするか分かりませんから」


 それは……消されちゃう可能性もあるってこと?


「え? そこまでする?」

「あの女ならやるよ」


 確信しているようなリッカの頷きに冷や汗がでた。


「そういうことは、事前に注意してくれません!?」

「そうですね。友人との会話を制限するようで自重しようかと思いましたが、今後はそうしましょう

 

 どんどん進み、城を出るところまで来た。

 立派な門があり、騎士が両側に立っている。

 オレたちを気にする様子はないから、このまま通りすぎることができそうだが……。

 聖女は怖いけれど、やっぱり親友の京平には探さないように出ていくことだけでも伝えておいた方がいいよな……。


「京平への伝言チャレンジ、ファイナル――いきますか」


 正直あまり期待できないが、できるだけやっておこう。


「あの、オレは勇者の友達で……。京平に伝言をお願いしたいんですけど……」

「…………」

「もしもーし」

「…………」

「勇者に伝言をお願いしたいんですけどー!」

「…………」

「手紙だったら渡してくれますか?」

「…………」

「……あんたの耳、死んでる?」

「……………チッ」


 今、舌打ちしただろ! ちゃんと聞こえてるじゃないか!

 予想していたがチャレンジ失敗だ。

 ああああっ! 腹立つ~!

 巻き込まれて召喚されただけで、こんな仕打ちをされるのが理解できない。

 オレのすごい力が解放されたとき、困ったことがあってもお前らなんて助けてやらないからな!


「話しても無駄みたいなんで行きましょう!」


 鼻息歩く先頭を歩き出したオレに、先生はまた苦笑いだ。


「行こう。僕もここには二度と来ない」


 リッカはオレの横に追いついてきて、しっぽを振りながら機嫌よさそうに歩いている。

 オレも京平に会いたくなっても、もうここにはもう来ない!

 子どもの頃から一緒で、異世界にまで一緒にきた京平と、こんなかたちで別れることになるのは残念だが、またどこかで会えるだろう。


「千隼っ!!!!」

「?」


 遠くからオレを呼ぶ声がしたような……?

 幻聴か? と思って足を進めていたのだが、また声がした。

 背後から聞こえるこの声は……京平?

 立ち止まって振り返ると、京平がすごいスピードで走ってきた。


「はあ……はあ……千隼! どこに行くんだ!?」


 全速力だったのか、目の前で立ち止まった京平は肩で息をしている。

 今まで何度もケンカしたことはあったが、大体機嫌がよくなったオレからまた絡みだすという流れだったから、京平がこんなに慌てて追いかけてくるなんて意外だ。

 それにしても、オレたちは放課後にこちらの世界にきたから、ずっとジャケットだけ脱いだ制服姿でオレは今もそうなのだが……。

 京平は黒と赤を基調にした勇者らしい姿になっている。いいなあ……。


「うん?」


 京平の背後にいる、さっきオレを無視した騎士たちに目が留まる。

 突然現れた勇者に戸惑っているようだが……ちょっとこいつらに仕返ししてやるか。

 

「京平、悪いな。オレ、ここを離れるつもりなんだ。お前に伝言を頼もうと思ったんだけど、城にいた騎士――みんなに無視されてさ。そこの人たちもそうなんだけど」


 そう言って騎士たちを指差してやると、京平が怒りを浮かべて振り返った。

 睨まれた騎士たちは、「ひっ」と短い悲鳴を上げている。

 ははっ、勇者様に怒られてしまえ。


「……本当か?」

「あ、いえ……そのようなことは……聞こえなかったのかも? はは……」

「……騎士たちはああ言ってるが?」


 京平が確認してきたが、オレは鼻で笑った。


「真正面からしつこく声かけたのに、聞こえなかったんだ。へー」


 騎士たちは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 それを見てちょっとすっきりした。


「まあ、会えたからもういいけど。オレはオレでがんばって、この世界で生きていくよ。お前は勇者としてがんばれよ。じゃあな」


 京平が猛ダッシュでやってきたことには驚いたが、黙って出ていくことにならなくてよかった。

 伝えることができたし、これでお互い前に進めるだろう。

 そう思ったのだが……京平に腕を捕まれた。


「『じゃあな』って、どこに行くんだよ」

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