第4話 就職決定

 城に連れてこられるときに聞いたが、聖女とは『優れた回復能力を持つ女性で、体に『目』と呼ばれる痣のようなものが現れた者』のことをそう呼ぶらしい。

 代々王家の女性から誕生しており、今も王女ローゼンセが聖女で胸元に目の痣がある。


 回復魔法は万能ではなく、怪我の程度や病状――そして、獣人は治せないのだが、聖女だけは癒すことができるそうだ。


 そんな聖女にしかできないことをオレもできた?

 それってすごいのでは!?

 でも、小回復だけど……。

 何とも言えない気持ちになりながら話の続きを聞く。


「リッカの頭痛は薬も効かなくて……聖女しか治せません。ですから、今回も聖女を頼って城に滞在していました。謝礼として結構な金額を支払っているのですが、勇者召喚で忙しい、と後回しにされていますけどね」

「……あれのどこが『聖なる女』だ」


 話を聞いていたリッカが、嫌悪感いっぱいの表情でぽつりと零した。


「リッカはこの通り、見目よいですから。治して欲しければ言うことをきけと、ペットのように連れまわされるんです」


 聞けばお茶会やパーティーで『飾りもののように立っていろ』と言われたり、『給仕をしろ』『靴を履かせろ』『放した鳥を捕まえてこい』など好き勝手されたらしい。


 それでさっきの騎士たちは「ペット」と言ったのか。

 聖女は嫌な奴かも……と感じていたけれど、想像通りだったらしい。

 あいつクソじゃん!


「……なあ、聖女にしか治せない頭痛って、何か大きな病気なのか?」


 リッカに話しかけると少し不機嫌そうにこっちを見たけど、しっぽが揺れている。

 喜んでいる? 話から放っておかれて寂しかったか?


「原因が分からない頭痛だけど、たまに痛くなるだけで大丈夫。頭痛以外は何もない。……チハヤ、座ったら?」


 丸テーブルを挟んで先生と向かい合う位置にある椅子を指差し、リッカはオレの背中を押した。

 そういえば、部屋に入ってからずっと立ち話になっていた。


「そうですね、気が利かずすみません。こちらにどうぞ」


 先生に促され、座ろうとしたが……。


「……なんでそうなる」


 リッカはなぜか、オレを自分の膝の上に座らせた。


「は? 見れば分かるだろ。椅子が僕と先生の分しかないじゃないか」

「だったらお前が立て! 客のオレに譲れ!」

「ここは僕の椅子だぞ? 可哀想だから座らせてやったんじゃないか」

「チハヤさん、ちょっと暖かい椅子だと思えばいいんですよ」


 先生が微笑みながらリッカに加勢してきたが……。


「人肌の温もりの椅子とか、気持ち悪いから」


 そう返すと、先生は笑いながらも、「では、さっきの続きですが」と話し始めた。

 え、本当にこのままで話すの?


「私たちの学校『フォスキーア森林学校』は獣人の学校です。魔法技術が高いこの国では獣人の地位は低く国の支援も少ないので、生徒たちの健康状態を維持することに苦労しております」

「え、国が差別してるってこと? 終わってるじゃん」


 日本でそういうことがあったら、炎上しそうなものだが……。


「終わってる?」


 何が? という顔をしているシオン先生を見て、つい日本にいるときの感覚で話してしまったことに気がついた。


「あ、『国として終わってる』って感じの意味です」

「なるほど。……ふふ。そうなんです。終わってるんです」


 オレの言葉が面白かったのか、先生はニコニコしながら続きを話し始めた。


「生徒たちのために体調が悪くなったときの薬を確保したいのですが、獣人以外はあまり必要としていないで薬は少ないんです。『貴重』と言えるものを獣人に用意することに反発があるようで、支援を求めても拒否されています」

「ほんとに『終わってる』だろ?」


 後ろにくっついているリッカがオレに聞いてきた。

 終わってる、を気に入ったのか?


「リッカの頭痛は今後も起きるかもしれませんし、学園には魔法での回復を望んでいる者がいます。ですから、どうか私たちの学校に来てくれませんか? 豪華な暮らしはできませんが生活は保障しますし、できる限りはさせて頂きます」


 そう言ってくれるのはありがたいが……オレは役に立てる自信がない。


「リッカの頭痛は治ったけどさ、他の人に効くかは分からないし、こんなしょぼいスキルでどこまでできるか……」

「しょぼい、ですか……。あなたの力、封印が施されているようなので、すべてを解放すると大きな力になるかもしれませんよ?」

「え!? 封印!?」


 驚きの言葉に思わず立ち上がりそうになったが、リッカの上に座っていてお腹を掴まれているのでできなかった。

 ええい、うっとうしい!


「リッカの傷を治してくださっているときに、私の目には魔法陣のようなものが見えたのですが、あなたの力を制限しているようでした」

「制限、ですか」

「はい。例えると……あなたのタンスにはたくさん服が入っているのに、小さい引き出ししか開けられないから全裸に靴下しか履けない、みたいな」

「そこはせめてパンツにしてくれ……」


 異世界にもタンスや靴下はあるのか、と思いつつ……、全裸に靴下だけ履いている自分を想像しちゃったじゃないか。

 どう考えても完全なる変態だ。


「靴下だけでも履いていれば、外を歩いても多少は痛くないじゃないか」

「リッカ、変なフォローはいらないから。とにかく、オレにはまだ服――スキルがいっぱいあるんですね?」

「おそらく。私は魔法を研究しているので、解除することができるかもしれません。もしかすると……という心当たりもあるので」

「それって……」


 話を聞いて、自分の中に希望が生まれていく――。


「封印を解いたら、オレにはすごい力があるかもしれないってことですよね?」

「そうですね。あくまでも可能性の話ですが」

「!」


 封印が解き放たれたとき、勇者を超える力が……みたいな!?


「か、かっけえ……」


 オレ、もしかして相当かっこいいのでは……?

 もちろん、思い過ごしの可能性があるのも分かっているが、このまま大人しく『小回復』と呼ばれながら生きていくより、残された希望に賭けたい!


「行くっ!!」


 そう答えると先生は微笑み、リッカが無言で抱きしめる力を強めたけど、バックエルボーを入れて逃げた。


「……痛いな。でも、やっと軽くなった」

「はあ!? 座らせたのもお前だろうが!」


 毎回何なんだ!

 怒るのも面倒になってきたが、ようやく生暖かい椅子から解放されたので二人の近くに立った。

 腕を組んでこれからのことを考える。

 学校で『治す人』っていうと保健室の先生だな。


「オレ、保健室の先生になるよ」


 生徒になるのもいいけれど勉強についていけるか分からないから、最初は独学でこの世界のことを勉強したい。

 それに、保健室の主になれたら昼寝し放題だ。


「保健室?」


 オレの言葉に、先生が首を傾げる。


「この世界にはない? 学校の中で生徒を治したり、休ませたりする部屋」

「なるほど。いいですね。作りましょう、『保健室』」

「やった!」


 職場でオレのテリトリーを確保した。

 ……というか、オレはそこで寝泊まりをすることになるのか?


「オレの住む部屋あります? 寮に入ればいいんですかね?」

「僕の部屋にくればいい」

「嫌」


 速攻答えると顔を顰められたが、呼ばれて部屋に行っても「何でいるんだ」とか言ってつき飛ばすんだろ?


「あなたのところは『肉食獣寮』なので駄目です。大丈夫、安全なところをご用意しますから」


 リッカは不満そうにしているけれど、この調子だと四六時中くっつかれたり突き飛ばされたりされそうだから、先生が用意してくれる場所の方がよさそうだ。

 ……っていうか、『肉食獣寮』?

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