第8話 フォスキーア森林学校
「このたまごを持って行って、小回復をかけ続けてくれない? あたしの友達――鳥の獣人に託されたんだけど、詳しくは分かっていなくて……。昔から一族で大事にされているたまごらしいんだけど……」
そっと渡されたので思わず受け取ってしまったが……ほんのり暖かい?
『昔から』ということは古いたまごだと思うが、暖かいから生きているんだよなあ?
「『時が来れば孵る』らしいんだけど、最近弱っている気がするの。普通の回復魔法は効かなくて困ってたのよ。聖女に回復して貰えればいいんだけど、それは無理だから……」
あー……あの聖女ならやってくれそうにないなあ。
「でも、そんな大切なたまごを、オレに任せてもいいんですか?」
正直、荷が重いというか……。
オレはたまにうっかりして大きなミスをしてしまうから、たまごを落として割っちゃいそうで怖い。
「いつかお友達が引き取りにくるんじゃ……?」
「それは……残念ながらないの。これをあたしに託して、いなくなっちゃったから」
ドリスさんは寂しそうに苦笑いを浮かべている。
どういう「いなくなった」なのかは聞けないけど、お友達とはもう二度と会えないのかもしれない。
「お願い! 君に託した方がいい、ってあたしの本能が言ってる! こういうときの感覚は当たるの! 負担になると思うけど……お願いできないかな!? 無理だと思ったらシオン先生を通して連絡してくれたらいいから! あと、お礼にこれあげる!」
そう言って出してきたのは真っ黒の指輪で、スッと人差し指に指輪をはめられた。
「これを付けてると殴られても怪我しないから大丈夫! 生徒たちはいい子ばかりだけど、喧嘩っ早い子もいるからね」
「おお……ありがとうございます……」
たまごを持っていて動けないから無抵抗で受け取ってしまったが、この世界の人たちはオレより体格がいい人ばかりだし、殴られるのは嫌だから助かる。
貰っちゃったし……信頼して託そうとしてくれているのだから応えようかな。
シオン先生たちがお世話になっている人の役に立てるには嬉しいし、無理そうならすぐにシオン先生に相談しよう。
「わかりました。やってみます。少しでも気になったことがあったらすぐに報告しますね」
「ありがとう~!」
ドリスさんが抱き着いてこようとしたが、リッカがそれを止めた。
女性に抱き着かれるとどうしたらいいか分からないから今のは助かった。
「あ、オレが預かっている間にたまごが孵ったら、『刷り込み』とか大丈夫ですか? 鳥なんですよね?」
生まれて最初に見た人を親だと思ってしまうあれだ。
時が来たら、と言われているなら、何かのできごとがあったときだとは思うが……。
たとえば、『魔王がいるなんたら塔が出てきたとき』とか?
「おー……刷り込みかあ。ま! 大丈夫じゃない? 鳥とは限らないし!」
「え? そうなんですか? てっきり鳥なのかと……」
「うん、多分鳥っぽいけどね! とにかく、よろしく!」
本当に大丈夫かなあ。
心配だがドリスさんんはすでにお見送りモードになっているし、シオン先生たちも帰る体制になっている。
さっき城から移動したときのように、今貰った札を破るとすぐに学校へ行くことができるのだろう。
「チハヤ、学校にはあたしの身内がいるから、仲良くしてやってね」
「学生ですか?」
「薬師と調理師と先生をしてるよ」
「えー! すごい! 多才!」
ドリスさんもアクセサリーやアイテムを作っているし、才能がある家族なんだなあ。
「到着するまで、たまごは私が預かっておきましょう。ドリス、空間収納に入れても大丈夫ですよね?」
「うん。でも、なるべく早く出してあげてね」
ドリスさんの了承を得て、シオン先生がたまごを預かってくれた。助かる。
「では、行きますよ。ドリス、また会いましょう」
「ええ、またね~!」
近くにいるのに大きく手を振るドリスさんに、オレも元気いっぱい手を振る。
その直後、シオン先生が札を破った。
『大切なたまごを預かる』なんて大変なお願いをされてしまったが、元気で綺麗なお姉さんなドリスさんに癒されたなあ。
お店のアクセサリーも気になるし、またお店に行きたい。
※
「さすがドリス、完璧ですね。ちゃんと学校に戻ってきました」
そんなことを考えている間に無事到着したらしい。
ゆっくり目を開けると森の中にいた。
風で木々が揺れる音に包まれる。
「ようこそ、『フォスキーア森林学校』へ」
「おお……」
深い緑に囲まれた木造の校舎が見える。
溢れる自然と合わせて、その佇まいにどこか懐かしさを感じた。
ドラマや映画で見る昭和の学校がこんな感じだった。
校舎の前には少し雑草が残る空地のような運動場が広がっている。
良い光景だなあ、としみじみ見入っていまったが、それにしても――。
「……ボロいな」
「ボロいよね」
思わず零したオレの言葉にリッカが同意する。
遠目でもかなり年季が入っていると分かる校舎に苦笑いだ。
雨漏りしてそうだが、よく言えば味わいがあっていい。
この感じ、オレは結構好きだ。
「お分かりだと思いますが、正面にあるのが校舎です。その後ろに肉食獣の獣人、雑食獣の獣人、草食獣の獣人に分かれた寮。あと一階が食堂になった職員寮があります。現在、全員で三十人ほどです」
そういえば肉食獣の話をしていたが、寮分けのことだったか。
オレは人間だから雑食獣——いや、保健室の先生だから職員寮か。
三十人というと……日本で考えると1クラスの人数だな。
「その人数でこの規模は贅沢でいいな」
「十年ほど前は二百人近くいたそうなのですが、最近は学ぼうとする獣人が減っているんですよ」
「え、何で?」
「この国では獣人が学んだところでまともに働けないから、冒険者になったり気ままに生きる奴がほとんどなんだ」
話してくれていたシオン先生に質問したのだが、リッカがオレの肩に腕を乗せて会話に参加してきた。
「そうなんだ。魔法に強いという長所があるんだから、騎士とかに向いてそうなのに……。ってか、腕が重い!」
人を腕置き場にするな、と強めに押してして止めさせたのだが、リッカは気にせず話を続ける。
びくともしないのかよ! 腹立つなあ!
「騎士なんて身元がはっきりした人間しかなれないよ。上に行こうと思ったら身分も高くないとダメだし。終わってるだろ?」
「そうだな」
同意しながら、やっぱり『終わってる』を気に入ったんだなと笑った。
「じゃあ、ここの生徒たちはそんな中でも学ぼうとしている子たちなんだな」
「……まあ、そういう奴もいれば違う奴もいる」
感心してオレもがんばって支えよう! と思ったのだが……違う?
まあ、学校に通う理由なんて人それぞれか。
「さあ、行きましょう」
シオン先生の掛け声で校舎の方へ歩き出す。
新生活が始まったなあ、とちょっと緊張し始めた。
運動場を見ると数人の生徒がいた。
まだ昼なのにサボっているのか?
制服なのか黒を基調とした同じ服を着ているけれど、みんな着崩したりいろんなアレンジをしている。
獣人の学校なのだから当たり前なのだが、全員に耳やしっぽなど動物の特徴がある。
お、どう見てもライオンの強そうな子がいた。
うぉ……しゃがんでいるから正確には分からないが、2メートルは優に超えていそうな超デカい奴がいる!
頭の上に丸い可愛い耳がついているから……おそらくクマだ!
あと耳としっぱから判断してオオカミらしき奴もいる。
あ、肉食獣の集まりか? と気づいたと同時に、シオン先生が生徒たちに声をかけた。
「君たち! 私が出しておいた課題は済んだのですか?」
「「「は〜い」」」
サボりかと思ったが違うようだ。
素直な返事もなんだか可愛いし、いい子たちなのだろう。
見た目はめっちゃ怖いけど。
そんなことを考えながら見ていると、オレに気づいた生徒たちが目を見開いて固まった。
……え、何?
「おい、人間。誰だ、お前」
「!」
生徒たちは動いていないのに、間近で声をかけられて思わずビクッとした。
声の方を見ると、一人の生徒がいつの間にか近くに立っていた。誰!?
白地の尻尾に黒の模様がある。
リッカと同じユキヒョウかと思ったが、虎柄なのでホワイトタイガーのようだ。
黒髪に青い目、ライオンの子と同じくらいいい体格で、身長も190センチはあると思う。
綺麗なリッカをワイルドにした感じで迫力がある男前だ。
それにしても……色合いのせいか、リッカに似ているような……。
「リッカの親戚?」
「「違う!」」
「!」
二人に勢いよく否定されてびくっとしてしまったが、同時に言うなんて仲よさそうに見えるけど?
「この子はホワイトタイガーの獣人でスノウ。二人は外見の共通点が多いから、兄弟とか言われるんですよ」
「「全然似てないだろ!」」
シオン先生が教えてくれたが、それにも仲良くハモッて抗議している。
息ぴったりじゃん。
「こうやって揃って反発するから、周りがからかうんですよ」
「なるほど」
「……それで、どうして人間がいるんだ」
ホワイトタイガー獣人――スノウがオレを睨んできたが、腰に手を当ててえっへん! のポーズで答えた。
「オレは『保健室の先生』ですっ!」
「ホケンシツ? なんだそりゃ」
鋭い視線は変わらぬまま顔を顰めている。
迫力はあるけど根はいい奴な気がするのはリッカに似ているのと、どことなく京平とも通じる空気を放っているからかもしれない。
ツンデレ寂しんぼの波動、っていうか……。
そんなことを考えながら顔を見ていると、スノウの口の端から少し血が出ていることに気づいた。
地味に痛そう……。
「口を切ってるけど、ケンカでもしたの?」
「? こんなの切ったうちに入らない」
「どうせいつもの小競り合いだろ」
リッカがそんなことを言っているから、この程度の怪我は日常茶飯事なのだろう。
とはいえ、今は目にしてしまったのでこのままにするわけにはいかない。
「いたいのいたいの とんでいけ」
スノウの唇の端に触れないようにそっと手を近づけると、またぽわっと光って傷が消えていった。
あ、よかった。リッカ以外を治せなかったらどうしようかと思ったけれど、ちゃんと治すことができた。
「オレはこういう役割の人間だから。今は小さな怪我とか、風邪くらいしか治せないけど頼ってくれ」
ニカッと笑いかけると、スノウはぽかーんとしていたが――。
「…………っ! お、お前……何をっ」
みるみる顔が赤くなっていった。
え、どうした!?
小回復で気分が悪くなったのかと焦ったのだが、びゅんっとすごいスピードで去ってしまった。
「あ、あれ? 消えた!? 大丈夫かな!?」
心配になってリッカとシオン先生を見たのだが、リッカはしかめっ面だしシオン先生は苦笑いだった。
「チハヤさん、すごいですね……。スノウも結構気難しい子なんですけど……」
「はい? 何が?」
「あなたには獣人を惹きつける魅力があるのは分かっていましたが、それでも生徒たちが人間のあなたを受け入れられるか少し心配でした。でも、大丈夫そうですね。むしろ、違う心配が生まれました」
「?」
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