第32話 救国の女神はバナンカデスの受難を知らない。
バナンカデスは絶望の只中にいた。
本来ならば、メーライトに感謝を告げて、一番に会いに行くべきなのに、それはできずにいた。
砦で孤立したバナンカデスに、甲斐甲斐しく声をかけてくれていたのは、ワルコレステやクサンゴーダから指示を出されていた騎士達で、衣食住は整っていたが、義務感のない、人対人として優しい言葉をかけられたのが、いつが最後なのかわからなかった。
もしかすると、扉の向こうからメーライトが友達だから、心配して来たと言った言葉が最後かも知れなかった。
全ての悪意がバナンカデス自身に向いていると思えた。
アルティが喚ばれた経緯も、街女達からはバナンカデスが悪いと言われてしまう。
確かに、メーライトに想いよりも力を求めさせた。
その結果メーライトはアルティを求める。
そしてワルコレステは、そんなメーライトを利用して、元詐欺師を捕まえて命懸けで本を書かせて殺してしまう。
詐欺師の妄執を受けたアルティは、作者である詐欺師の復讐の為に、自身の神であるメーライトの為に、ワルコレステ達を殺してしまった。
これにより、メーライトの知らない、アルデバイトの中に蠢く勢力図は大きく変わってしまった。
ワルコレステが排除したかった、ヤタクタズはクサンゴーダ派で、その娘のリビイキースはクサンゴーダの妻に一番近いと目されていた。
次がワルコレステの娘の、タイダーとカイエンで、アルデバイトのためにも、派閥を一つに纏めるためにも、タイダーとカイエンを応援する声が出ていた。
そしてカオデロスは、バナンカデスを4番目くらいに推していて、万が一を狙っていた事。
それにカオデロスは派閥を聞かれれば、聞いた人間にあわせてコロコロと発言を変えていたし、生き延びていればメーライト派を作り、メーライト派だと言おうとしていた。
言うなれば、父の不始末が負債となって思いっきり乗っかってきた。
ワルコレステが死んだことも、アルデバイトの医師団や生産職達が死んだことも、その先で詐欺師の男が死んだことも、全部カオデロスが悪い、その娘のバナンカデスが悪いとなった。
そしてワルコレステの娘のタイダーとカイエンで言えば、ワルコレステの行為こそ最悪だが、想いはアルデバイトの為として、一定の理解や共感を得ていて、バナンカデスのような目には遭っていない。
だが、御家再興でいえば一発逆転を狙うしかなくなっていた。
貴族達の中からは、これを機会に再編成をしてしまい、当主がいない家門に関しては、取り潰して富の再配分をしてしまう案まで出ていた。
タイダーでもカイエンでも、どちらでもいいからクサンゴーダに選ばれるしかなかった。
だが、ここにきて本人にその気はないが、メーライトが現れる。
クサンゴーダ狙いの令嬢達の間に万一の可能性でメーライトが選ばれた時、仮にメーライトが辞退と同時にバナンカデスを推薦したり、王妃になった時にバナンカデスが友の立場としてメーライト派を興した時には、にっちもさっちもいかなくなる。
それらによりバナンカデスは、タイダーとカイエン、更にはリビイキース達から恨みを買い、熾烈なイビリに遭っていた。
先のないバナンカデスを見切ったメイド達は、アルデバイト城に戻る前に引き抜かれていて、「ナイヤルトコに財産を奪われていた場合、お給金も払えない所より、ウチの方が良くない?」と言われ、使用人達は今までの恩も忘れて、ホイホイとバナンカデスを見捨てていた。
笑えない冗談なのは、メーライト達には理由こそわからないが、外壁側の荒屋や、突入時にナイヤルトコとの戦闘で焼け落ちたり、逃げおおせた人間がいた家ばかりが被災していて、バナンカデスの生家は火事場泥棒一つ入っていなかった。
本来なら、我先に生家の無事を見て、亡き父母の形見に逢いたかったバナンカデスが、生家に戻ってきたのはイビリと嫌がらせの結果、移送の最後から一つ前の便だった。
声すら吸収されてしまう広い家、手狭に感じた豪邸なのに、今は世界に取り残されて、独りぼっちになった感触すらある。
1人で約2年振りのベッドに横たわると埃とカビの臭いが鼻孔に届き、嫌でも自分に現実を突きつける。
今も部屋の向こうには使用人達が働いてくれている気になる。
だが埃臭いベッドにボロボロの服を着た自分。
もう、あの頃には戻れない。
その突きつけられる現実が自分を苦しめていて、誰もいない生家で声を上げて泣いたが、誰も来なかった。
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