救国の女神が最後の使徒を喚ぶまで。
第28話 救国の女神は順調に一年を過ごしていた。
致し方ない事だが、アルデバイトは少しの間、荒れてしまう。
それはワルコレステや貴族達が居なくなり、国の機能が低下してしまった事、メーライトに悪意が向かない為にも、サワヨキン達を使い、内部告発の形でメーライトを無理矢理支配しようとした、ワルコレステは女神の使徒達の怒りを買い、処刑された事にした。
それでも荒れたが最低限だったと思う。
メーライトと使徒達が用意してくれたヤヅマーミ砦のアルデバイトの街は、衣食住が整っていて、疫病を防ぐ観点から風呂があり、皆が清潔な生活をしていて、城を奪還されてもここに住みたいと言い出す者までいた。
そして王子殿下、背景扱いだったクサンゴーダが、この状況下でいきなり手腕を発揮し始めてしまった。
本人曰く「いやぁ、ワルコレステ達が国の舵取りをしてくれていたし、なんでも僕がやるのは良くないと思っていたのさ」という事で、今までおとなしくしていたが、ワルコレステが居なくなり、メーライトに悪意が向くくらいならと言って立ち上がると、立派にあの日失った貴族達の仕事を1人でやり切ってしまう。
目を丸くしたアーセワが手抜きを疑うが、何の問題もない。
それどころか時間を余らせると、メーライトの所に顔を出して、お茶を飲んで本についての話なんかで盛り上がって帰っていく。
国の機能が低下したのは、ワルコレステ派の貴族達がクサンゴーダを否定したいだけで、クサンゴーダからしたら、「城に帰ってから本気を出すよ。それでアルデバイトを立て直すさ」と言って余裕綽々だった。
「メーライト嬢、メーライト嬢が好きなご馳走を教えてもらえますか?」
「アーセワさんが作ってくれるパンケーキです」
「彼女は本当に素晴らしい使徒ですね。今度僕もご一緒してもいいかな?」
クサンゴーダの死角でアーセワは首を横にブンブンと振り回すが、メーライトは「はい。是非」と答える。
アーセワは忌々しそうにするが、アノーレ達は「感謝はしようよ。あの王子様が来るから神様は明るくなったし、周りの反発も少ないだろ?」と言ってアーセワをたしなめる。
街の人間達もメーライトとクサンゴーダの仲に、勝手なロマンスを夢見ていて、アーセワは面白くない。
あの小屋でメーライトと使徒達だけで過ごすのがいいのに、王子なんて異物はゴメンだった。
だがまあアーセワの心配や不機嫌も仕方ない。
心配で言えば、クサンゴーダの結婚相手はもうすぐ決める必要があったのに、この騒ぎで立ち消えになっている。
候補者は貴族令嬢で、あのバナンカデスや、ワルコレステの娘、サワヨキンの娘達が虎視眈々と王妃の立場を狙っている。
そこに現れたメーライトは貴族令嬢達の嫌がらせに耐えられるわけもない。
だからこそ早期に立場の違いを持ち出して、たかが人の王であるクサンゴーダには諦めさせたかった。
そして不機嫌なのだが、アルティは自由気ままに生活をしている。
あのまま来年の春の奪還戦まで顔を見せないかと思ったが、何度もアルデバイトの街で目撃されていて、呑気に風呂に入って鼻歌を歌っている所にアーセワとメーライトが顔を出した事もある。
「あ!メーライト!元気になった?お風呂入ろうヨォ」
「アルティ?どうしたの?帰ってきたの?」
アルティはニコニコと「ううん。ここにいるとメーライトの敵になりそうな奴とかを、悪さする前に殺しちゃって怒られそうだから、お風呂入ってご飯食べたら帰るヨォ」と言って足をバタつかせてお湯を蹴って遊んでいる。
「アルティ?あなたダンジョンコアは?」とアーセワが聞くと、アルティはふふんと言う顔で、「ダンジョンコアって、地面や生き物の傷口なんかに付くと活性化するんだよね。だから氷魔法で作った台座に乗せて置いてきたよ。アルが帰らないと台座が溶けて、ダンジョンになっちゃうから見逃すしかないねー」と説明をした後で、「アーセワ、ご飯」と言う。
眉間に皺を寄せたアーセワが「は?」と聞き返すと、「今日は、また野良のオークを倒して来たよ」と言って首を見せてきたり、別の日は「熊がいたから倒してきたよ。アルはシチューね」なんて言われる。
クサンゴーダと話して落としどころにしたのは、専用の窓口を用意して、風呂や食事を与えて気持ちよくお帰りいただく事。
かつて内壁一番の騎士をしていて、メーライトをナイヤルトコの兵士から助けあげたハサンドムがその任務についた。
「えぇ?この男にご飯とお風呂を言えばいいの?」
「ええ、神様へのお土産はこの騎士に渡してください」
アーセワがハサンドムを紹介し、メイド特有の仕事用の無感情な笑顔で説明をすると、不満顔でアピールするようにメーライト言いつけるアルティ。
「メーライトぉ、メーライトとご飯食べたりしたいヨォ」
「うん。それもしようね。でもアルティが私のところに来るとアルーナさん達がフラフラしてって怒るかも知れないし、いい加減帰ってきなさいって言うかもよ?」
「確かに、じゃあ、何となく寄った日はその騎士にお土産渡したりするね」
そんな話をしながらもアルティは週一でメーライトの元に来ては、お土産を持ってきて「メーライト、アルデバイト見てきたよ。城とかは殆ど無傷だったよ」なんて報告をしたりもする。
「アルティ?あなたもう帰ってきなさいよ」
「やだよ。ここにいて人を殺してメーライトに嫌われたくないもん。貴族令嬢達は殺すと周りがうるさそうだしさー」
「アルティ?貴族令嬢さん?」
「王子と仲良くなりたいって連中が、メーライトにヤキモチ妬いたらアルはイラっときて殺しちゃうって話だよ。具体的に誰ってのはないけどさ」
アルティの話に「私と王子殿下なんて何もないのに?」と笑うメーライト。
アルティは意外そうに「メーライト?なんか明るくなったね」と聞くと、「うん。アルティも友達になってくれたし、アルーナさん達も友達になってくれたし、家族で友達なの。皆がいるから今は幸せ。本当はお父さんとお母さんとお姉ちゃんの事とか忘れちゃいけないのに、最近だと忘れちゃうんだよね」と言ってメーライトは微笑む。
ナイヤルトコとの戦争準備はつい忘れてしまうが、後一年で再開される。
だがそれが、ナイヤルトコがこの新しいアルデバイトに攻め込んでくるのか、メーライト達がアルデバイトの城を奪還するのか、それがわかっていなかった。
この一年は生産職の使徒達が大活躍をした。
街は更に立派になり、疫病もない。
追いやられた土地だという事を忘れる者まで出てくる。
武器や防具が増え、土壌から見直した農作物は豊作で、侵略された為に人口が減った事もあるが、食うに困る貧しい者が出る事はなかった。
二度目の冬。
メーライトは国王ゲアブアラに呼ばれて顔を出すと、ナイヤルトコが攻め込んできてから、今日までの功績を讃えられ、アルデバイト奪還を成し遂げた時には、クサンゴーダと共にアルデバイトを導いて欲しいと言われた。
臣下達から起こるどよめき。
散々周りから言われていて、意識してしまっていたメーライトは、驚きはしたが卒倒はしなかった。
メーライトの立場では断ることはできない。
クサンゴーダに諦めてもらう為にも、「国王陛下、ありがとうございます。私は私の家族達と共に、アルデバイトをよくして参ります。私には学もマナーも何もない、身体の弱い町娘です。それ以上は何も出来ません」とネガティブな売り込みを行う。
クサンゴーダが前に出て「そんな事はないよ。メーライト嬢」と言った時だった。
謁見の間として使われている会議室に、窓から飛び込んできたアルティは傷だらけだった。
「アルティ!?」
「メーライト、ヤバい…城とここの真ん中、ナイヤルトコの連中が陣を敷いてやがる。アルはそいつらを…、メタクソにしてやろうと思って暴れたんだ。そうしたら雑魚どもを殺したところで…天から鱗まみれの男が現れて…手が足りなくて…」
「ナイヤルトコと戦ってくれてたの!?」
「へへ…、沢山倒して…ご馳走ねだろうとしたら…、バチがあたっちゃったよ」
メーライトは慌ててアノーレを呼んで治療を頼むと、「皆、今から行こう。向こうもアルティが敵を倒してきてくれたから、アルティを怪我させた鱗だらけの男の人だけかも」と言う。
「ザイコンとか言った、あのデカトカゲを粉砕した奴か」
「私の魔法が弱くない所を見せてやるわよ」
「飛んだら射落としてやるわ」
「攻撃は通さないよ」
メーライトはゲアブアラに、「国王陛下、今より出立します。皆さんは街の防衛と共に私たちの後に続いて城を奪還する為の人員を割いてください」と言った。
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