第38話 また一人で飲みに行く

「明日は狩りの日かな」

「『サザンフルーツ』は狩りの日ね」

「僕も参加しよう」

「私も私も、どこに行くの?」

「十階から十五階ぐらいをうろうろかなあ、まだ二十階は行かないかな」

「ゴリちゃんたちが居れば二十階もすぐ越せそうだけど」

「あまり、即席で階を上げると後が辛いよ」


 ケインさんが実感のこもった声で言った。

 やっぱり、だんだんと慣らしていかないと危なさそうだよね。


「懸念のムカデ部屋は越せたから、あとは戦闘の習熟ね」

「後でムラサキさんにスケジュールを空けておいてもらおう」

「そうね、ムラサキさんが居れば色々と安心ね」


 やっぱり迷宮慣れしている、『盗賊シーフ』さんとか、『戦士ウォリアー』さんがいると安心だね。

 ゴリラ達は頼りになる護衛だけど、迷宮慣れは関係無いからね。


「じゃあ、明日、朝から迷宮に潜りましょう」

「わかりました、また明日ね」

「ヒデオ、一緒に晩ご飯を食べようよ」

「え、今日は一人で飲む日だからねえ」

「えー、ヒデオ付き合い悪い~、ブウブウ。居酒屋につれていけー」

「ヒカリちゃんが成人したらね」

「あら、良いですね」

「私も成人したら、ご一緒しますよ」

「私も私も」

「ケインさんは、今でもヒデオと飲みに行けるのね」

「うん」

「行かないの?」

「いやあ、僕は居酒屋さんは」


 ケインさんは、あまり居酒屋は趣味じゃないみたいだね。

 というか、まあ、たまにはおじさんは一人で飲みたいのよ。


 みんなと別れて、俺はリーディングプロモーションの入っているビルを出た。


 さて、街はすっかり夜支度をしている。

 良い雰囲気だなあ。

 やっぱり、夜の繁華街は好きだな。


 今日はどこで飲もうかな。

 いつもの小料理屋ではなくて、別のお店にいこうかな。


 揚げ物屋さん、街中華、立ち飲み屋さん、水産飲み屋さん、色々見て廻ったが、結局、いつもの小料理屋に入った。


「あら、いらっしゃい、ヒデオさん」

「今日はね、キリンビールに、そうだなあ、ホッケを焼いてちょうだい」

「はい、おまちくださいね」


 瓶ビールと小鉢が出て来た。

 突き出しは枝豆だね。

 ビールをコップに注いで、駆けつけ一杯。

 ぷはあ。

 ああ、美味しいねえ。


 良く焼けたホッケが来た。

 お醤油を少し垂らして、食べる。

 ん~~、脂がのって美味しいよね、ホッケ。

 これから初夏だから季節はずれだけど、なんだか時々食べたくなるんだよね。


「アスパラのフライとか、どうです」

「いいね、作って」

「はい」


 女将がアスパラに衣を付けてジュワーッとあげた。

 熱々のそれをマヨネーズと一緒にお皿に入れて出してくれた。

 ほくほく。

 うん、熱々で美味しい。

 ほくほく。

 ビールをきゅっと飲む。

 美味いねえ。

 やっぱり、飲み屋さんは良いなあ。


 日本酒に切り替えて、スルメの炙った物できゅっと飲む。

 うんうん、美味しいね。


 ほどほどに飲んで、お茶漬けを貰って、小料理屋を出た。

 ああ、美味しかったなあ。


 外はもう、真っ暗になっているね。

 さあ、アパートに戻って寝るかな。


 初夏の夜の街を歩く。

 川崎は大都会だから、遅い時間でも人が歩いているね。


 ちょっと銭湯に行って、ひとっぷろ浴びた。

 うちのアパートにはお風呂が付いてないからね。

 お金はあるから、お風呂付きのお部屋に引っ越すべきかなあ。

 悩ましい所だね。

 銭湯は遅い時間だったから、お客は俺だけだったので、ゴリ太郎とゴリ次郎も湯船に入れて、それから洗った。

 まあ、なんだかあまり汚れないゴリラたちだけど、お風呂に入ると気持ち良さそうにするからね。


 銭湯から出て、さっぱりしてアパートに向けて歩く。


 なんだか、迷宮に行くようになって、毎日が楽しいね。

 倉庫で働いていた時よりも、色々な人と会えて楽しい。

 あの頃は、一日一人で働いて、なにも喋らないで、パチスロをして、一杯飲んで帰るぐらいだったからなあ。


 いまはアイドルの子たちが親しくしてくれているし、護衛さんたちとも仲良くなれた。

 やっぱり今が楽しいね。

 ずっと、こうして居られればいいんだけどね。

 でも、また何か起こって、川崎もおさらばする時が来る気がするね。

 おじさんになると、人生はそんなに楽しい事ばかりじゃなくて、嫌な事、悲しい事も起こるって、解るんだよね。

 悲しい事辛いことは俺の所でなんとか解消して、できれば、タレントの子たちは笑っていて欲しいね。

 あの子達が笑顔で活躍出来る世界を作るのが、大人の役目なんだろうなって、柄でもないけど、思ってしまうんだ。


 夜の国道を渡って、アパートのある街にでる。

 ここらへんは住宅地だから、駅に近いけど、結構静かなんだよ。

 二匹のゴリラを引き連れて、アパートまで歩く。

 空を見るとアカアカとした満月が光っている。


 あ、しまった、『|魔物使いモンスターテーマー』の武器の事を悪魔神父さんに聞くのを忘れた。

 まだしばらく掛かりそうだから明日でも良いかな。


 俺はカンカンと階段を上り、自分の部屋の鍵を開けて入った。


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