第12話 居酒屋へ行くヒデオ

「え、一緒にご飯を食べに行こうよ、ヒデオ」

「いやあ、おじさんはね、二日に一回は居酒屋で一杯やらないと死んじゃうんだよ」

「居酒屋ですか?」

「そうそう、安い居酒屋で、焼き魚で一杯飲むんだあ」

「もっと良い物食べようよ、ヒデオ」

「おっちゃんになると気楽な物で良い事もあるのよ、じゃあねえ」

「じゃあ、また明日、朝から潜りますから」

「解った解った、また明日ね~~」


 地獄門を出た所で、『サザンフルーツ』と別れた。

 ヒカリちゃんは居酒屋に行きたそうにしてたけど、まあ、若い子が行く場所でも無いからね。

 みんなでワイワイ飲むのも良いんだけど、一人で静かに飲むのも大事な時間なんだよね。


 迷宮の狩りの儲けで一杯飲めて幸せだなあ。

 なかなか楽に儲かるから、天職かもしれないね。

 川崎の裏の方の繁華街をぶらぶらと歩く。

 さて、今日は何で飲もうかな。

 海鮮居酒屋でお刺身と日本酒とかも良いねえ。

 あまり若向きの居酒屋は学生とかがうるさいからやめようね。


 裏路地の小料理屋に入った。

 うんうん、良い雰囲気だね。


「なんにしますか?」

「そうだねえ、とりあえず瓶ビールと、あと、お造りかな」

「はい、お待ち下さいね」


 優しそうな女将がお造りを作ってくれる。

 煮物とかも美味しそうだねえ。


 瓶ビールが来たのでコップに注いで一口飲む。

 くはあっ。

 やっぱ、これだよねえ。

 美味い!


「おまちどうさま」


 綺麗に盛り付けられたお刺身が出て来た。

 うんうん、こういうの、こういうので良いんだよ。

 あー、鰺のお刺身が脂がのって良いねえ。

 ビールをぐびぐびっと飲んで口の中の味を洗い流す。

 あー、美味しいよねえ。

 こればっかりは一人で来ないと味わえないんだよね。

 女の子と一緒だと色々気が散ってしまうんだな。


 メニューを見る。

 和食系のメニューが揃っているねえ。

 あ、ぬたがあるな。


「ぬたください」

「はい」

「あと、日本酒、冷やで」

「はい」


 ガラスのコップに日本酒がナミナミと注がれて、外のマスにまであふれ出た。

 ああ、日本酒の良い匂いだね。

 追いかけるようにぬたが出て来た。

 青柳に茹でたネギ、辛子酢味噌が掛かっているね。

 ぬたをパクリ、そして、日本酒をキュっ。

 ああ、よくぞ日本に生まれけりだよなあ。

 やっぱり良いよねえ。

 料亭やお寿司屋さんで高い料理に美味しいお酒も良いんだけど、こういう気楽なお店で、ちょっと美味しい物を食べるのも良いんだよ。

 うん、良いんだ。

 美味しいね、キュッキュッと飲んじゃう。

 顔がほてってきたね。

 ちょっとお酒が回ってきた感じだよ。


 すっと、酔いが醒めた。

 両隣にガラの悪い感じの男が座ったからだ。

 ちっ、楽しく飲んでるのになあ。


 男は俺のビール瓶を持ち上げて勝手に自分のコップに注いだ。


「『サザンフルーツ』から、手を引けや、おっさん」

「石松くんの上司かな」

「まあ、そんな所だ。ただの冷凍倉庫の荷運びが出しゃばってくんじゃねえよ。殺すぞ……」


 こっちのサングラスが兄貴、隣の若いのが実行係か。

 若い方がガタイが良くて強そうだな。


「なあ、痛い目に合いたくねえだろ、わきまえろや。おじさん」

「……」


 若い奴は黙って俺を睨んだ。


「バックには誰が付いてるんだい? ヤクザ?」

「まあ、そうだ、興行の世界には付きものだからな」

「『サザンフルーツ』をどうしてそんな手で潰そうとするんだ?」

「兄貴、こいつうるせえですね、やりますか」

「まあまて、ヤス。とにかくなあ、リーディングプロモーションを誰が牛耳るかの勝負なんだよ、寝癖オヤジの出る幕じゃあねえんだよ」


 女将がこちらをチラリと見た。


「お客さん、警察に通報しますか?」

「それには及ばねえ、こいつとは友達でよ、なあ、おっちゃん」


 俺はコップの中の日本酒をぐいっと飲み干した。


「知らねえ奴に友人呼ばわりされる覚えは無いよ」


 隣の若い奴が黙ってつかみ掛かってきた。

 ゴリ二郎にぶっこ抜かせる。


「ぎゃああっ、な、なんだっ、なんだっ!!」

「俺の能力を聞いて無いのか?」

「能力? お、お前なんだ?」

「た、たすけてくれー、は、放してくれー、たたた、たすけてたすけてっ」


 空中につり上げられた若い衆が恐怖でパニックになった。


「誰が襲撃計画を進めてるの?」

「そ、そんな事……」

「ゴリ太郎」


 ゴリ太郎が満面の笑みで兄貴の肩に手を置いた。


「ひ、ひいいっ!!」

「誰が後ろで糸を引いているんだ?」

「雁金興行だっ、片瀬の兄貴が……」


 雁金興行の片瀬さんか。

 あとで高橋社長に一報を入れておこう。

 ゴリラたちに命じて、半グレたちを店の外に叩き出した。

 奴らは泣きながら逃げていった。


「騒がしてしまって、ごめんね、これ、お釣りは要らないから」


 俺は女将に一万円札を差し出した。


「良いんですよ、はい、お釣りです」

「迷惑料……」

「あなたは別に悪い事してないじゃないですか。また来て下さいね、ヒデオさん」

「あ、ありがとう」


 なんで、俺の名前を知っているのだろうか。

 動画配信のリスナーかな。

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