第3話

いや、でも妙にはっきり覚えているんだよな。それにまだ裸だし。制服に着替え、食卓へと向かう。

「おはよう、ずいぶんゆっくりしてるわね」

 母は今日も朝から質問攻めだ。

「あんた昨日寝巻着てた?」

「着てたよ」

「あら、そう。洗面所に脱ぎ捨ててあったから裸でいるのかと思ったわよ」

 どうしてこの人はデリカシーが足りないのだろうか。

「自分の部屋から持ってきてちゃんと着たよ」

 少し強めの語気になってしまったのが気になったが、母は気にも留めていないようだ。台所で父にお弁当を渡している。

時計がいつもより進んでおり、いつも乗っている電車の時間をとっくにすぎていた。

「ヤバイ、遅刻じゃん」

「さっき言ったじゃない」

母の正論にまた少し苛立つ。 

「あんたお弁当は?」

「今日はいい」

 また少し語気が強くなる。靴に足を突っ込みながら外へ出る。あわよくば、

「カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」

 と唱えてみるが、やはり何も起こらない。やっぱり夢か。少し深いため息を吐き、トボトボと駅へと向かった。

 

 とにかくアイツにあってからやれ超能力だの、早口言葉だの全くバカにされているのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、だんだん腹がたってきた。駅につき、人ごみにまぎれて改札を通り抜けると、突然隣から話しかけられた。

「せっかく超能力者になれたっていうのに歩いて登校とはご苦労様です」

 目を見開いて見つめていると、笑いながら

「今やってみろよ」

 とけしかけてきた。

「いや、最初のあれ以降、一度も成功していないんだよ」

「今度は成功するかも知れないだろう」

「やってみろよ」

 ホームについてもしつこく促してくる。

「おい、早くやれって」

「今は人が多すぎるだろ」

「だからこそ、やるべきだろ」

「いや、どういう理屈だよ」

 すると大きな汽笛が鳴り響いて、電車が横切った。どうやら黄色い線の外側にいたらしい。朝の通勤ラッシュだからだろうか。意外と皆、無関心である。

 「お前がしつこいから」

 と話しかけた先にアイツの姿はない。辺りを探していると

「君の不注意だぞ」

 見知らぬおっさんが絡んでくる。

「線から内側にいないとだね」

 話を進めているがそれどころではない。後ろには電車が来ているのだ。早く終わらないかなぁと目線を下に向けると、

「まもなく発車いたします。」

アナウンスがホームに響く。

まずい。

 すると閉まり始めたドアの向こうにおっさんの姿が見えた。いつの間にか説教は終わっていたらしい。自分はちゃっかり乗っているのか。いや感心している場合じゃない。慌ててとっさに左足を差し出した。するとドアに足が挟まれてしまう。

もっとまずい。

 一瞬ドアが開いた隙になんとか足を引き抜くことができた。しかし、無情にも電車は、俺を残してホームから発ってしまった。

「残念だったな」

 憎たらしい声と一緒にあらわれる。全くどこにいたというのか。

「悪いね、危険察知能力が高くて。ヘェッヘェッ」

 そういって甲高い声で笑う。言いたいことは山ほどあるのだが、まずはあの電車に追いつかなくてはいけない。

「今ならできるんじゃないか」

 ハッとする。ということは夢ではなかったのか。

「カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」

 すると自然と体が軽くなり、気が付くと多くの人に取り囲まれている。しかし、やはり、誰一人とて、気にかけている様子はなかった。

 出来た。やっぱり夢じゃなかったんだ。興奮を伝えようと辺りを見回すと再びアイツの姿が見えない。下からかすかなうめき声が聞こえてきたので、目をやるとさっきのおっちゃんが俺の下敷きになっていた。

 ざまぁみやがれ。と内心思いつつも

「ごめんなさい、すぐどきます」

 と足早にその場を後にした。

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