第七話

オレの名前は木雲胚蛾

小さい頃から得たいの知れない何かを抱えて息苦しく生きていたが…それが何かも思い出せなかった。


ただ、それでもついさっきまでは普通の高校生として生きてきたんだが…


それも今は遠い昔のように思える



目を開けば異世界…見知らぬ場所でオレを口の中に入れていた馬鹿でかい犬を助けた後、途方に暮れ一面水の貼った地面を足を取られながらも進み続け、ようやく人工物らしき洞窟内に入ったところで、オレは朔月黒音という少女になんだかあらぬ誤解を受けて、命を狙われた。


オレ何とか頭に響く聞き覚えのある女性の声を頼りに、逃げ延びようとするも、朔月黒音は人間ではなく、とんでもない力を持つ化け物のような存在であり、オレはあっという間に転生したばかりの異世界ライフに幕を閉じた…はずだった。


しかし、次に目を覚ました時には、つけられた致命傷は治っており、何と見知らぬ女性が俺の身体を糸のようなもので操り、さらにはオレに、備わっていた超能力を使って朔月黒音を圧倒していたのだ。


だが、それもコレで終わりだ…この女俺の身体を好き勝手使いやがって、挙げ句オレの力で人殺しを企てるなんて……ふざけんじゃねぇぞ!


オレはそんな怒りと共に、オレを操っていた元凶である、このうざったく体に巻きついた黒い線を無理矢理引き千切った。


「なんと…掌握できていなかったと……!!」


ハナツキと呼ばれた女は驚愕の表情を浮かべ、その直後、凄まじい痛みがオレの頭を襲う。

「ガッ!!!」


思わず痛みにうずくまる俺に対してハナツキは驚いた様子でこう言った。


「なるほど……『我』が強い。眩しい…不本意だが、もう一度殺させてくれその力を…君の存在は私の掌の中で護りたい」


「言ってること…矛盾してないか?」


直後ハナツキの背後らから、まるで生き物のように蠢く黒いピアノ線のようなものが無数に現れ、オレに向かってきた。


彼女の言葉からして、おそらくオレの身体をもう一度、操るつもりだろう。


だがオレは、その黒い線に意識を集中させる。するとこちらに勢いよく伸びてきていたその線は、ピタリとその動きを止めた。


「なにッ?!」


ハナツキは、その予想外の出来事に、声を上げながら驚愕した。


「驚くことは、無いだろ? 【我玉像】だっけ?寧ろオレ自身よりもオレのこの能力をあんたは理解して使いこなし彼女を蹂躙した」


オレはそう言いながら…すぐ後ろでボロボロの身体になっている、天狗の少女、朔月黒音の方を見た。


このハナツキとかいうやつが言うには、彼女達は頑丈な種族らしいが、いくらなんでも、あれほどの攻撃を全身に受ければ無事では済まなかっただろう。


オレはこの世界ではあのでかい犬に…そしておそらく記憶にないが転生する前は何度も何度も、他者の傷をこの【我玉像】とか言う超能力で治癒してきたはず…。 


つまりはこの場を切り抜けて、こいつを退かせれば彼女も間に合うはず…。


「あんたは、俺の力を入れよりも理解し…使いこなした…だがそれもこれまではだ…」


オレはそう言いながら、拳を固め全速力でハナツキに向かって駆け出す。


「人にしては速いね…一応この水辺だよ。ソレも君が持つ特殊な【我玉】の性質の一つ?」


ハナツキは、そう呟きながら、黒いピアノ線のような物を一つに固めながら変形し、一本の大剣のような形へと変貌させた。


「そらッ!…」


ハナツキは向かってくる、オレに対して、その大剣をまるで重さがないかのように軽々と振るおうとした。


初速でわかる、僕を殺した朔月黒音のあの斬撃のスピードよりも、格段に疾く力強い、まともに喰らえば生きていられる生物はいないだろう。


だがオレはその横薙ぎが当たり前に、あの線にしたように、ハナツキ自身に意識を集中させると…


「!? 身体が…力が」



ハナツキは、その大剣をオレに対して振るおうとしたが、まるで金縛りにあったかのようにピタリと止まった。


「なるほど……この我玉の無防備を…」


「うりゃッ!!!」


オレは何やら呟くハナツキに、対して雄叫びを上げながら、彼女の腹部に渾身の拳を叩き込む。するとハナツキの身体はくの字に曲がりながら後方へと吹き飛び、洞窟の壁にめり込んだ。


「はぁッ……はぁッ」


オレは息を切らす。それほどまでに全力の拳だった。


振りが大きく、スピードも乗っていない、ただ力を乗せるだけの拳。


格闘技などに明るくなくても、避けられるはず、まともなパンチとは言えないが、今の俺には当たる確信があった。


「痛った〜! …よかったよ…我玉で殺しをする心意気はなくとも、女を殴る野蛮さは出るようで…」


「いい気分じゃないさ…でもこの使い方なら…、少なくとも殺さなくて済む」


オレはそう言って、壁から這い出てきたハナツキを見る。

あんな攻撃を喰らったのだから、よほどのダメージを受けていると思っていたが。


オレはそう思いながらも身構える。するとハナツキはケラケラ笑いながらこう言った。


「いやいや!そんな警戒しなくても大丈夫だよ!私は君を殺す気はもう無い!」


「え……?」


その言葉に思わず拍子抜けするオレに対してハナツキは言った。


「いや〜いい子は嫌いじゃないけど信用できない…恩返し…君を想ってその体を拝借しようと思ってたけど…その胆力を見るに大きなお世話も過ぎていたようね…」


「恩?」


「君が助けた…犬…あのでかいやつの事…アレと私は棄階獣っていう…わかりやすく言えば天使みたいなもんだけど…兎に角、私たちは同じ種族であり、同士、家族でもある…君はあの子の命を救った。」



ハナツキはそう呟き、オレの目を真っ直ぐに見てくる。その瞳からは悪意を感じられない……。だがよく見てみると、彼女の身体は徐々に半透明になってきている。


「おい…お前身体が消えかかってるぞ…まさか…オレの身体に乗り移ろうとしたのに…オレが死んだり追い出そうとしたから…?死ぬのか?お前」



オレは消えかかっているハナツキに向かってそう聞いた。すると彼女はこう答える。


「まさか!君のせいでとかそんなんじゃない…この身体は私のものではなくてね…謂わば消費期限付きの私の身体のデッドコピーを君にやったように遠隔で操作して…ここに転送したんだ…時間が迫っているだけなの」


オレは内心、ハナツキの答えを聞きほっとした。


「安心できたみたいだね……でもまぁ私の今の身体も、もう限界だし……最期に君に伝えたいことがあるの」


「なんだよ?」


そんなオレに向かってハナツキはこう言った。


「君はもう自覚していると思うけど…君自身は君自身がよく知る、本やアニメに出てくる【異世界転生者】になったんだ…だからね


存分に喰い暴れ

存分に欲望を叶え

存分に女を抱き

存分に信じる薄っぺらい正義を振りかざしなさい…

それがいずれ過ちだと知ることとなっても…異世界転生とは、そうあるべきなんだよ…ま、そんな訳で……私はここでおさらばするわ」


ハナツキはそう言って、オレに向かって手を振ると。落雷や竜巻をも凌駕するほどの爆風が巻き上がった。

「なッ!?」


オレは思わず声を上げる、そして土煙が晴れると、何か大きな何かがオレの側を高速でとおり抜けるのを感じた。


オレは急いでそれを追って洞窟の外に出ると、見えた空には、純白の鱗をを纏ったとてつもなく長い全長の巨大な龍が、まるで天に昇るかのように飛び上がり……そしてそのまま雲の中に消えていった。


「な……なんだったんだ……」


オレは思わずそう呟くと、ふと自分の掌を見た。するとそこには、いつの間にか氷のような、銀色に輝く小さな結晶欠片が握られていた。

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さぁ、生まれたての異世界で【part1 超能力者の王】 倉村 観 @doragonnn

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