第四話

そんな俺の思いなど知るよしもなく。黒音は翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。


それに合わせて、彼女の背後に浮かぶ、月のような球物体も同時に浮かび上がり、赤く変色する。

「一体……何を?」

俺は思わずそう呟いたが、次の瞬間、俺の背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「なッ!」

俺がその感覚の正体を理解する前に、それは起きた。


黒音の背後の月から放たれたのは、幾百本もの赤いレーザー光線だった。


それは体育館が入る、くらいの幅もある巨大なこの洞窟のあちらこちらを、縦横無尽に焼き尽くす。


ズドンという音が幾重にも重なり、洞窟全体が地震のようにガタガタと揺れ、岩石が飛び散り、雨のように落ち続け…この巨大な洞窟の入口は、明らかにもう崩壊寸前なっていた。




「クソッ!このままじゃ……」


俺がそう思った瞬間、洞窟の崩壊が更に加速した。そしてついには天井が崩れ始め……俺のいる岩陰にも大きな石が落ちてきた。


「うわッ!」


俺は思わず叫んでしまう。しかし岩が当たったのは、俺の頭ではなく肩だ……直撃していたら間違いなく死んでいただろう。


「そこね…見つけたわ…」

「しまッ…!!」


俺は、黒音の声を聞き、岩陰から飛び出そうとしたが、時すでに遅し。


「遅いッ!!」


彼女はそう叫びながら俺のいる岩に蹴りを入れた。

その衝撃は凄まじく、俺の身体はまるでボールのように吹き飛び……洞窟の天井まで跳ね上げられた。


「うわぁああああッ!!ぐへぇッ!」


そして、そのまま俺は天井の岩に激突し、地面に落ちた。


「うぐッ!」


俺はそのまま地面に叩きつけられ、全身を強く打ち、思わず声を漏らす。


「はぁ……はぁ……」


俺は痛みに耐えながらもなんとか立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。


「ば…化け物かよ……」


オレは思わずそう呟いた。すると、そんな俺の呟きを聞き逃さなかった黒音は何やら、身に着けていた着物の裾に手を伸ばし、そこから黒い小さな円盤のようなものを取り出して、こちらに投げてきた。




黒い円盤はこちらに飛んでくるにつれ、赤いレーザーのようなもので構成された四対の回転する刃を生やし

それはまるで光る手裏剣のようだった


「なっ?! 手裏剣?」

『フフ…象玉具か…』



オレは赤く光る手裏剣を寸でのところで躱した……しかし黒音の狙いは俺ではなかったようで、俺が避けた円盤はそのまま俺の横を通り過ぎ壁に突き刺さった。


そして手裏剣はそのままチカチカと眩い光を発し…


「あっ…」


これから起こることを察したときにはもうとっくに遅かった。


瞬間、その手裏剣は刃と同色の眩い光を放ち、落雷の如き轟音とともに凄まじい光が洞窟全体を包み込んだ。


「うがぁぁぁッ!」


俺は、強烈な光によって目がくらみ、何も見えず……しかし、ジュッの音を立てながら自らの両足が焼ける感覚とともに、肌を焼く熱風と共に俺の体は紙切れのように吹き飛んだ。


「あがッ!!」


俺の体はまるでボールのように幾度も地面に打ち付けられる。

俺はあまりの激痛に悲鳴を上げながらもなんとか意識を手放さずに堪えた。だが、既に両足は焼け焦げており、下半身はもう動かなくなっていた。そして熱い……とにかく暑いのだ……息を吸えば吸うほど喉や肺までもが焼き爛れてしまいそうなほどの灼熱地獄の中、俺は今自分が生きていることすら奇跡だと感じてしまうほどに死の淵へと近づいていた。


「はぁ……はぁ……ぐ……」


「まだ…生きてるの? しぶといわね…それにしても頑丈な洞窟」


ゆっくりとこちらに歩いてきた黒音は目の前で、焼けたカーペットのように大の字に倒れ込むオレを見下ろして、そう呟いた。


「はぁ……はぁ……」


俺はなんとか声を出そうとするが、喉は焼けただれてもうまともに話すことができない。


「はぁ……はぁ……」


しかしそんな俺を見下ろしている黒音は、まだ生きている俺をまるで信じられないようなものを見るような瞳で見つめていた。


「これで終わりよ……寄実を最期まで使わない事が仇になったわね…」


「だから…なに…それ…お願いやめて……助けて…」


「!? 貴様ッ!!」


俺の声を聞いた瞬間、黒音は大きく目を見開き、まるで般若の仮面のように顔を歪ませて、俺の体に馬乗りになり激昂した。


「ふざけるなッ!! お前らは、私から家族も友人も……奪っておきながら、命乞いだとッ!! ふざけるなッ!!死ねッ!!死ねッ!!死ねッ!!死ねッ!!」


黒音は頬から涙をつたわせながら、俺の体に何度も持っていた刀を突き刺した。


「あっ……がッ……」


俺の喉から絞り出されたのは、最早声にならない悲鳴でしかなかった。


貫かれた臓器が痙攣して、次第に熱とともにその機能を失っていくのを感じた。


先程までまるでモールス信号のようになんとも何度も、リズムを刻みながら激痛の波を起こしていた、感覚は次第に薄れていき、朦朧とした

意識の中で俺は、不条理かつ理解できぬ『死』という概念を、ただ受け入れることしかできず、最期の時をすっと瞼を落とすことで受け入れた。


こうして俺は今、この世界にやって来てから、これまでのの短い短い走馬灯を見ている。


異世界ライフってのは普通、チート能力に目覚めるとか……勇者やヒロインと旅をするとかそんなんじゃないの? ただこんな一方的な『死』だけなんてあんまりじゃないか。


やはり信じられないが今紛れもなく起こっている、この現実は……フィクションのようにはいかない。


俺は、そう心の中で思いながらも、もう何も抵抗することなく、ただ最期に振り下ろされたその刃が、俺の心臓に突き刺さるのを…その冷たさをやけに感じていた。

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