第21話 鳥は高く天上に蔵れ、魚は深く水中に潜む

 地域としては関東に属しながらも都会らしさは皆無と評して問題ないような田舎町で起こる事件などは大半が酔っ払い同士の喧嘩か痴話喧嘩程度であり、たまに大きな事故や災害が起これば茶飲み話の肴になるような文化というのは何処にでもあるのだろう。文化というより慣習や風土と言い換えるべきかも解らないが、要は平和が当たり前なのでトラブルを楽しむような考え方が染付いているとも穿った見方をすれば可能だ。しかしながら今回の事件は田舎町で起こる事件の範疇というか閾値を逸脱してしまっている。

 事件に大小の差異は無い。

 だが正常と異常の分類はある。

 遺体を銅像に突き刺す。

 これは間違いなく異常に属している。

 そして異常な事件というのは。

 日常の中で茶飲み話の肴にはならない。

 日常を破壊してしまう。

 それを前提として考察すれば、ある程度までの日常的な事件を警察に任せ、異常に属するような事件は全てを自衛隊が解決するなどという選択肢もいずれ浮上するのかもしれない。

 警察の所轄外だからだ。

 警察の守備範囲外なのだ。

 日常を破壊するようなイベントは。

 日常を非日常に変えるような事件は。


 (ん。やはり銅像に突き刺すには高所から落とすしかなさそうだけどねえ。廊下の窓から落としたとして、それが三階でも高さが足りない気がするなあ。重力加速度を体重に加えたとしても銅像に跳ね飛ばされて終わるだろうし)

 だから、何処から落としたのかを推察と探索だ。銅像の真上に落ちる窓も確認したが、やはり高さが足りない。銅像目掛けて落ちたら死ぬだろう。骨は砕け皮膚を突き破るぐらいはするかもしれない。

 だが、突き刺さる、には。

 高さが足りない。

 今より加速してぶつからないと。

 (ん。しかし屋根から落とせば可能か。だけど屋根に遺体を持ち上げるのも非現実的だけどなあ。遺体にパラコード巻きつけて屋根の上から端を投げ入れて中庭から引っ張る、ぐらい大掛かりになる。米俵と人間は同じぐらいの重さだ。屋根まで上げるってのをしようと思ったら中庭で綱引き大会みたいにしなくちゃならない)

 雪が中庭に落ちる為に冬期間は中庭に何重にもネットを張る。銅像が楽節で破壊されないようにだ。この作業も勿論一人では出来ない。いや、窓から窓に中庭側からネットを通してフックに固定し下から広げて展開すれば一人でも出来るっちゃあ出来る。そのやり方は時間を使うし何より危険だ。

 (ん。けど物理的に屋根から落とすしかあり得ないのならば、なんとかして屋根から落としたのか。兵員輸送ヘリのホバリング中に突き落としたという可能性もゼロではないけど、自衛隊もまさか遺体遺棄の為にチヌークを飛ばしてはくれないからなあ)


 となれば、だ。

 誰が犯人なのかはあまり意味がない。

 誰が犯人なのかはあまりに意味がない。


 (ん。ならば此処は“どうやって”に移行するべきだね。屋根から落とすのは簡単だろう。ロープか何かで引っ張ればいい。問題は屋根にどう運んだか、か……)

 理詰めで物事を考えるのは生徒会長の彼が役割なのだが、致し方ない。世界一有名な探偵が理詰めで捜査を進めた結果として、警察には鑑識という数学的な論理展開と証拠による犯行の裏付けを重視するやり方が産まれたのだ。

 (共犯者がワザと違う証拠を残したりすればベイカー街の名探偵は負けちゃうんだけどさ。犯人が知能犯であり単独犯である場合は確かに有効だが、さて___。)

 屋根や外壁に引き摺った跡でもあれば儲けものだが、そう上手くはいくまい。死体は確かに米俵ぐらいの重量物ではあるが痕跡を残す程の重さでもない。死後硬直が始まっていたとしても、壁に跡を残すほど硬くはならないだろう。現時点で屋根に遺体を登らせる手段は吊り上げるしかないというのが私の考え方というか予想ではあるのだが。

 

 なんせ、子供が犯人だ。

 常識は、棄てるぐらいで良い。


 かといっても屋根に投げ入れるのは砲丸投げの選手でも不可能だろうし。屋根までドローンで引っ張るにしても、そんなドローンが世に存在していれば即座に軍事的利用が出来るとして販売停止だ。

 (ん。違うか。遺体を太いロープかなんかでグルグル巻にし、校舎外側から中庭に向けてロープの端を投げ、中庭でマストを立てる海賊みたいに頑張って吊り上げれば外壁から離れた位置でミノムシさんになるのだから外壁に痕跡は残らないのか。残るとすれば擦れた屋根。もしくは……)

 犯行に使われた、ロープ。

 私と少年が追いかけっ子をしていた時間は一時間程度。新たにホームセンターか何処かへと買いに行く時間はない。犯人は校舎内の備品を使用したと考えて良いだろう。

 人間の遺体を吊り上げる強度があり、ワイヤーとは違って引っ張っても手を怪我しないような、何か。

 (ん。テニスコートのネットかな?いや、あれは頑丈だけど重すぎるしグルグル巻きには出来ないか。ゲリラ戦の際は弓の弦に使うと非常に頼りになる素材なんだが、鋼糸では巻き取る事は出来ても引っ張るが出来ない)

 ピンと張れば罠にもなる。

 だがやはり、重過ぎる。

 コートのネットは縄状になっているので引っ張るは可能かもしれないが、中庭に先端を投げ入れるのは不可能だろう。鋼材だ。投げるがそもそも出来ない。

 (ん。バスケ部には転用出来るものが無い。バレーボール部のネットはテニス部と同じだから除外。柔道部、剣道部にも無い。野球部にも無い。サッカー部のゴールネットは使うには不安過ぎる。陸上部にも無いねえ。弓道部もハンドボール部にもだ。んー、ロープを張る必要がある運動部の備品は外していないと思ったんだがなあ……)

 必要に応じ。

 張ったり外したりが容易な部活動。

 生徒自身の手で。

 任意に取り外し可能な部活動。

 

 ……そうか。

 あったね。

 用具室にいつも入ってるし。


 (ん。水泳部がコースを作る際にプールに張るロープなら長さも充分だし先端を投げるのも不可能ではないか)


 急いで秋も深まる季節ハズレのプールへ。

 当然、誰もいないプール。

 だが、最初に感じたのは臭いだった。

 リンゴが熟れて腐ったかのような。

 人間が腐れているかのような。

 

 

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