第13話 反撃の狼煙
中華料理・面白山にボクが居る事を両親に話した際のやり取りは至極単純であり端的に説明すれば「他所様の御迷惑にならないように」という事と「女の子なんだからお前が護ってやれ」という二点で、一人息子であるボクへの配慮は一切無かった。正体不明の殺人鬼ぐらいお前が自分でなんとかしろ、と暗に言われているような気分だった。
父親は刑務官だから犯罪者と普段から接しており、ある程度慮る素振りは見せたが。
カーちゃんは完全に野放し。
殺人鬼が現れた程度で駐屯地に電話してくんなとまで言われた。
んじゃ何が相手ならば駐屯地に連絡をしても良いのかと考えたが、米軍の切り込み隊であり鬼より強く鬼より怖いと評される海兵隊と練度を競う師団に居るのだ。鬼には慣れているのだろう。それと次に家に戻れるのは夫婦共に半年後になるとも、一人暮らしだからと周りに甘えるなとも、面白山ちゃんとお付き合いするならすぐ言え有給使うから家に連れて来いとも言われた。
正直、両親を頼れば事件の解決は難しくとも突破は楽に出来そうだなと考えてはいた。
特に父親の職場を頼れば。
少なくなくとも。
自称・名探偵よりは実績がある。
「……いいの?お兄さんの部屋、こんな前線基地の発令所みたいにしちゃって」
「会長は陸自の息子さんで私はカンフー娘っす。犯人がどんな人間か解らない以上は犯人より優位性を持つ必要があるかと」
空き部屋には無線機やFAX、PCからプリンタからホワイトボードまでズラリと並び。個人装備に使うのだろうか、中世の剣士が身に着けるような鎖帷子と中国の拳法家が使うような警棒がテーブルに乗っている。
「打鞭?ボク、警棒術も鞭術も使えないんだけど……?」
「お父さんのコレクションから使えそうなのを掻き集めて来ました。カンフーに鞭術は欠かせないかと」
「ミステリでアクションしろってか?」
「ホームズも古畑任三郎も格闘技は出来た筈ですよ?」
「いや、ボクはワトソン役だしさ……」
「ワトソンこそ軍医なので格闘技はお手の物でしょ?」
そうだったろうか?
少なくなくともワトソンはチェインメイルと棍鞭で武装などしていまい。
「防具はサメ対策に使われるダイバースーツのインナーとして採用されてるそうなので絶対に刃物を通さないとお父さんが。犯人がワニかハイエナじゃない事を祈りましょう」
「制服の下に着込む感じだな。マジで犯人と捕物なんかしたくないんだけど」
「なんとなくですけど、私は水死体の彼女を知ってから犯人像ってのが視えて来たのですよ会長。備えはしておいて損は無いです。空振りなら笑い話にしちゃえばいいですし」
それは。
ボクもなんとなく気付いていた。
遺体をプールに沈めた。
見つからないように、だろう。
恐らくは。
見つからないように、なのだ。
ならば何故、“もっと見つかり難い場に隠さなかった”のかをずっと考えていた。
ウチの学校は死角が多い。
それだけじゃなく、人が寄り付かないような箇所も少なくない。極端な話をすれば大人の共犯者が存在するのだからクルマで連れ去り山に埋めるのも出来る。
それをしなかったのか。
それが出来なかったのか。
「……あまり面白山は鉄火場に立たない方が良い。カンフーガールでも相手は殺人鬼だ。ビーデルさんだってズポポビッチに負けてるんだから」
「またズポポビッチとはドラフト六十四位ぐらいのキャラクタを持ち出しましたね。私、男子柔道部の轟くんをKOした事ありますし、喧嘩は得意すよ?」
「轟くんを?柔道部のエースだぞ?どうやってよ?」
「思いっきり勁をコメカミに叩きつけたら耳からドス黒い血を流して動かなくなりました!」
殺人未遂事件だった。
おっかねえ。
勁というのは中国拳法における運動エネルギーの使い方で、簡単に説明すれば表面を破壊するのではなく内側に衝撃を通す打撃術である。スナップを効かせ振り抜かずにロックしてシッペをすると骨が痺れる。覚えれば、水を満たした壺を叩いて壺を割らずに水だけ噴出させる事も可能だ。
そんなもんでコメカミ叩いたら普通に脳味噌が壊れる。
面白山。
可愛いけど、かなり危険ガールであった。
「……轟くんの生命力に感謝だな」
「ですので、自分の身は自分で護れます。んで、私が気付いた犯人像なんすけど」
面白山は其処で。
表情を凜とした。
顎を引いて、真っ直ぐな眼をして。
母ちゃんが見たら自衛隊にスカウトしていたのは間違いがない。
こんな顔も出来るのか。
いや。
コッチが本性で本質か。
「犯人は女です」
「ああ。ボクもそう思う」
厳密には。
女子も混ざってる、だろうが。
まず、やり方が衝動的過ぎる。
先も述べた通り、本気で遺体を隠すならば色々と選択肢はあったのだ。なのにその選択肢を選択していない。
これはボクの推理になるが、偽犯人の一味も水死体については持て余したのではないか?
遺体をプールに隠しました。
そう言われてプールから移動も出来まい。
容疑者にしてくださいと言うようなもんだ。
だから。
放置するしか、なかった。
何よりボクの推理の決め手は。
“遺体がミシュランタイヤの餃子マンになるほど水分を含んでいた”という事実。
「Bの遺体遺棄。あれは過去の事件でしょ」
「ああ。多分な」
「高砂さんが見つけてしまったから、たまたま“連続殺人事件に成った”わけです。連続は連続ですけど」
「まだ、同一犯による事件だと決定したわけじゃない。手口はかなり似ているけど」
「そうでしょうか?銅像に突き刺す方法も解りました。授業中で他の音が入らないならば可能です」
「ああ。単純だ」
「解ってたんすか?」
「屋上に上がって銅像の真上から落としたのかなと最初は考えてた。必要なのはエネルギーだろ。さっきの勁の話じゃないけど。屋上からの位置エネルギーと同等の運動エネルギーを与えれば、銅像に突き刺さる」
「んで、使った道具も片付けずでしたね。計画性が無いんすよ。完全に女子のイジメを拗らせたようなやり方です」
そう。
中庭にはキープアウトのテープとブルーシートが張られてしまったが、隠れていない場所に見えてしまったのだ。
梯子と、ロープが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます