第12話 中華料理・面白山

 安くて美味い中華料理の店があると面白山は言ったが、普通に彼女の生家であり。成る程確かに安くて盛りが良くて席には家族連れや仕事終わりのサラリーマンが着いているのを確認出来た。ボクはママ白山とパパ白山に軽く挨拶をし、面白山が所望していたエビチリとサービスで頂いた湯豆腐のような麻婆豆腐をご馳走になっている。聴けば麻婆豆腐が炒め物として認識されたのは日本で人気になってからだそうで、本来の麻婆豆腐は薬草と挽き肉と辛いスープで豆腐を焚く料理なのだとか。

 どうやらパパ白山が若い時に四川省で修行をしてきたらしく、痺れる辛さが激烈であり。家族連れやサラリーマンのお客様は皆が泣いていた。

 笑いながら泣いていた。

 恐怖でしかなかった。

 「女子の家に男子を呼ぶなんてのはラッキーイベントですぜ、会長。ウチの売りは本場四川省の料理を手加減無しでブッ込むんで食べログの評価が賛否両論パックリ割れるんすよね」

 「第二拠点として申し分ない。申し分ないついでに申し訳ないけど、可及的速やかに冷たい水をくれ。八リッターぐらいだ」

 唇がビリビリ。

 唐辛子の辛さを出すのは湖南料理で。

 花椒の痺れを出すのが四川料理。

 これは。

 食事で麻痺の状態異常攻撃を受けている。

 視れば。

 ご家族様で団欒していた席のお子さんが。

 全身を震わせ、痺れていた。

 サラリーマン席の上司なのであろう方も。

 全身を震わせながらビールを飲んでいる。

 流石、三千年の歴史。

 旨いけど。

 身体が満足に動かない。

 「なんでいなんでい、男子高校生が情けない。私がお父さんに頼んで辛味抜きにして貰ったちゅーのに」

 「抜いて此れならボクは四川省を許さない。抜いてといわれて抜かなかったのならばボクは親父さんを許さない」

 面白山はパクパクと食べるが。

 全く麻痺にならない。

 馴れているのか。

 壊れているのか。

 「お父さん、私が男子を連れてきたってんで気合入ったんすねえ。困った親父です。けどよぉ?この麻婆豆腐には本来入る筈である青唐辛子がないんですから情けねえのはオメェだ、会長」

 「……獅子唐じゃなくて?」

 「獅子唐は辛くねえだろぉ。青唐辛子だ」

 「……人、死ぬぞ?」

 だが、旨い。

 レンゲで豆腐を崩しながら周りのスープと挽き肉を器によそい、其処にご飯を落としてハフハフするのは元気が出た。

 辛さは心を立て直すというが。

 臆病を殺す薬膳だとはいうが。

 それだけ。

 ボクもメンタルに来ていたのだろう。

 「そういや、会長のご両親は何をされてる方なんすかぁ?」

 「刑務官と陸上自衛隊だ。父ちゃんが刑務官で母ちゃんが陸上自衛隊で働いてる」

 「コームイン一家じゃねえか」

 「だから転勤族でな。小さな頃は根無し草だった」

 「お父さんは刑務官なのは解りましたけど、お母さんは陸自で何を?」

 「MPだ。自衛隊内部の警察っつーのか。昔の軍警察だな」

 「会長がなんで会長なのか解った気がするわ……。肝っ玉太い理由は御家庭が理由でしたか」

 「いや、父ちゃんはバリバリ現役だからムキムキだし見た目も若いけど、母ちゃんは普通のオバちゃんだ。休みの日はワイドショー見ながら寝っ転がって煎餅食ってる」

 「正義の味方なんつーのは。そんなもんなのかも、知れないっすね……」

 「人間だからな」

 ママ白山がこれまたサービスで手洗い器にパンパンになるまで詰め込んだ杏仁豆腐を持って来てくれた。

 何故かを。

 考えるまでもない。

 当然、事件は親御さんにも連絡が入っている。しかし自営業であり開店が近いならば店を閉めるわけにもいくまい。そんなときに娘を自宅まで送ったのだ。

 だからこのサービスは。

 本当の、本心なのだろう。

 殺人鬼から護ったことへの報酬。

 そんな感じか。

 いや、サービスは嬉しいのだが。

 腹パンパンで、もう何も入らないんだけど。

 「お父さんは会長に興味津々なんすよ。カンフー使うじゃないですか」

 「護身術でしかないけど」

 「詠春拳を使う高校生なんか会長だけでしょ。お父さん若い頃は詠春拳を学びに中国留学したそうですし」

 「でも詠春拳は中国で学べないだろ。暖簾分けした分派は日本でも学べるけど」

 「ですので中華料理を覚えてきたそうで」

 「……御苦労されたんだな」

 可哀想になってきた。

 だが、まあ。

 中華料理・面白山がこれだけの繁盛店になったのならば怪我の功名というかなんというか。入り口には行列が続いているし。御家族連れのお子さんは全身が痺れ過ぎて痙攣まで始めてるし、サラリーマンの上司の方は痙攣しながら少しずつフワフワ浮き始めたしで。

 流石。

 三千年の歴史だ。

 笑わないように堪えるのがキツい。

 「二階と三階が自宅なんすけど。会長、私ん家を第二拠点として使うで良いすか?ウチは親も大丈夫っつってますぜ?」

 「ボクん家より学校に近く、お客さんからも事件について心配する声は多かった。食べに来るお客さんから情報が集まり、且つメンバーの自宅で、御家族の了承も得ているなら。願ったり叶ったりだけど……」

 女子の自宅を拠点っつーのは。

 少し抵抗はあったが。

 安全が完璧だ。

 人が途切れない。

 偽犯人がボクを狙っていると仮定して。

 面白山の家なら。

 視界内戒護は皆がしてくれる。

 「後でボクの親からなんかお礼させなくちゃな。生徒会長と副会長なんだし、交流はあっても不自然じゃないし」

 「お兄ちゃんの部屋が空いているので、其処を改造しましょっか。高砂さんも呼びたいですし、警察関係者も味方にするには体裁を整えねえとす」


 「あれ?お兄さんは何処かへ?」

 「中国に詠春拳学びに行ってます」

 

 

 

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