第11話 二体目の遺体遺棄
既に授業でプールを使わなくなって数ヶ月。誰も寄り付かないといえば寄り付かないのは確かだろう。ウチの水泳部は年中練習をモットーにしているので外部のスイミングスクールを使うのだし、流石に用務員さんもシーズンオフのプールをいつもチェックは出来まい。
水死体。
なのか、どうかは解らない。
だがお巡りさんの動き方に変化があった。
即座に全校生徒の集団下校を、と。
それも保護者まで呼んで。
「当然といえば当然かと!殺人鬼が学校にいるんじゃ危なくて青春どころじゃねーす」
「高砂さんは残ったみたいだけど、ボク等はこうしてバシルーラをされてしまってる。これじゃ事件を追うのは出来ないな」
「女子生徒だったみたいですね。被害者」
「不登校だと言われていたらしいが……」
そう。
面白山が作成した欠席者リストに名前があった人物だった。失念していた。考えが及ばなかった。加害者ばかりを探していて、そっちに気が廻らなかった。
既に殺されている生徒だって。
欠席リストの中には、いるんじゃないか?
「ボクとは違って面白山は友達が多いだろ。欠席者の中に“長期で休んでいる生徒”がいるかどうか調べるのは可能か?」
「会長はいつも考え事してるみてえな不景気なツラしてますもんね。可能っちゃあ可能すよ。女子の情報網と連絡網を侮るなかれ」
「傲りはしてないけど。出来るなら頼む」
「会長と帰る方向が同じだからこうして並んで下校をしてるわけですけど、男女が青春してるっつーのに話題が殺人事件たぁ悲しい話っすねえ」
男女が青春してなくても殺人事件が話題の場合は悲しい話である。それもワイドショーで観る遠い世界の物語ではない。
ボク等は物語を鑑賞する立場にない。
ボク等は物語の登場人物なのだ。
望まず。
願わず。
確かに可愛い面白山と並んで下校は男子としては嬉しかったが、今それどころではあるまい。
「会長はあの沈んでいた被害者、どう考えてますか?」
「間違いなく連続殺人事件じゃない。連鎖殺人事件ではあるかもしれないが……」
「奇遇っすね。私も同じ意見です」
「Aの事件。つまり銅像に突き刺さっていた遺体は確かに今起きた殺人なんだろう。けどBの事件、“遺体はブヨブヨでミシュランタイヤの白い餃子マンみたいになっていた”のを知ればアホでもそう思うよ……」
だから。
過去の殺人事件が今見つかっただけで。
連続殺人事件では、ない。
連続殺人事件だと、断定が出来ない。
まさか此処で誰と何故とどうやってと何時という四つの軸以外に、『現在と過去』なんていう五つ目の軸が現れてしまった。
警察の見解を知る事は出来ない。
死因は何か。
死亡推定時刻はいつか。
どれぐらい、プールに沈んでいたのか。
全ての情報が。
ボク等は手にする事が叶わない。
手にしたところで。
使いこなせるかは、解らないが。
「イジメ、とかだと思うか?」
「流石にイジメの延長で人を殺すのはチュー坊まででしょ。高校生ならリスクマネジメントは出来る筈です。人を殺せば自分の人生が終わるんですから」
人を殺せば。
自分が終わる。
その通りだ。
当事者だから、よく理解する。
「なら、溺死が死因とかではないのか。生きたままプールに顔を突っ込ませてとかで」
「それイジメじゃなくて普通に殺人すね。被害者は目立つ子じゃなかったらしいすけどイジメの対象とか聴いた事がねえけどなー」
「……殺してから、プールに投げ込んだ、か?」
「可能性はそっちのが高いかと。あ、私、本屋さん寄って行くんで付き合えコノヤロー」
そう言って面白山はパタパタと書店に駆け込んだ。何か小説でも買うのかと思っていたが、そんな事はなく。最近流行りの漫画を数冊購入してホクホクであった。
「それ、面白いの?」
「この面白山。面白さに対する選球眼だけは世界を狙えると自負してるでござる」
「それ、どんな話なの?」
「死んじゃって異世界転生したら月給が三万円上がったという元お寿司屋さんが異世界でも寿司屋を〜って話っす」
「それは普通に転職なのでは……?」
「そうです、そもそも死ぬ必要ねえっす。ですけど、幾ら自分のスキルがあっても先輩や上司に嫌がらせをされていたり開業する資金が無かったり仕入先とのコネクションが弱かったりお客さんが味音痴だったりと現実は上手くいきませんからね。んじゃ白紙の世界で活躍するぞ〜ってのはわりと救済に近いと思うんすよ」
「現実が上手くいかない方が救済だろ。だから努力して前に進む事が出来る。自分自身も、人間関係も」
「かぁ〜!真面目。会長は真面目です!良いんす良いんす。ご都合主義が面白いんすから。誰だって自分自身は凄いと思いたいんす」
ご都合主義、か。
誰の都合なんだろうな?
自分の都合なのか。
世界の都合なのか。
思えば、だ。
加害者の都合で被害者は死んでる。
ならば。
全ての殺人事件は。
ご都合主義なのかもしれないな。
「世の人、そんなに自分が好きかねえ?」
「まぁ〜た不景気なツラしてますね。まさか私の趣味趣向が会長を考えさせることになるたぁ思いませんでしたよ?」
「いや、面白山の趣味は解るよ。ボクも異世界転生のファンタジーとかは読むから。ただ、なんとなく今回の事件に通底するような何かが見つかりそうというか」
「そうすかぁ?会長、ミステリとかしか読まないのかなって思ってましたけどぉ?」
「ミステリこそ読まないな。ミステリを読む人が苦手というか、なんというか。ボクは人が死ぬのを嬉々として語るのは苦手だ。人の殺し方と死に方で盛り上がるなんて度し難いサイコパスの変態野郎なんじゃないかと常々考えてる」
「それ、ミステリに係る全ての方々に喧嘩売る発言すよね……」
喧嘩も売るさ。
現実がミステリみてえになってんだから。
「なんでミステリーとミステリって呼び方があるんす?」
「正しいのはミステリだ。ただ、英単語の綴り字に合わせて発音するとミステリーになる」
「じゃあヒステリーも正しいのはヒステリなんすかね?」
「ヒステリーはヒステリーが正しいけど」
「エビチリもエビチリーとか発音したんかな?」
「それじゃポケモンじゃん」
「エビチリ食べたい」
「辛いと美味いよね、エビチリ……」
会話の軸が安定しなかった。
面白山は常にこうだが。
しかし。
益体もない会話がどれだけ助かるか。
気が滅入るばかりで。
生徒会長なんてのは。
今日もこの数時間で。
白髪、かなり増えた気がする。
高校生なのに。
「会長、エビチリ食おうぜ」
「チェーン店でいいなら、付き合うけど」
「チェーン店っつーか、安くて美味しいお店があるす。拠点から追い出されたんすから、エビチリ食べながら作戦会議すよ!商店街の中華料理屋さんを第二拠点とする!」
「追い出されなきゃいいけど……」
二体目の遺体は。
事件を拡充した。
世界を拡充した。
今や。
非日常に。
ボク等は居る。
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