第7話

 校内では貧血気味になった生徒が多数見受けられ、保健室には長蛇の列が出来ていた。暴力や殺人という恐怖を与える非日常は三半規管に悪影響だ。普通の学生では致し方なしだろう。誰もが殺人犯にはなれないし。誰もが名探偵にはなれない。殺人事件を日常の枠で捉えるなんてのは専門家でなくては不可能だ。但し殺人犯の場合は専門家になる為の訓練期間は必要なく、やってしまった時点で切り替わるに近いのだが。


 実体験だから解る。

 段々と馴れていかない。

 急に殺人という重罪が遠くでなくなる。

 日常の延長として。

 日々を構成する要素に追加配置される。


 「風車で動く。細かい傷を無数に付けて消耗させる。高砂さんは『証拠と証言』と話していたけれど、歩ばかりじゃ戦えない。飛車角は無理だとしても武器になる駒を揃えないと……」

 揃えないと。

 ボクが自首出来なくなる。

 というか、お巡りさんが集まっているのだから犯人はボクですと此処で白状しても良いかなとも考えたのだが。偽犯人は遺体を中庭の銅像に突き刺すような残虐行為を行ったのだ。罪を自白した瞬間に「この気持ちわりいサイコパス野郎!撃ち方始めぃ!」とか言われて射殺されかねない。


 物語が終わるのはいいのだが。

 人生が終わるのはよくない。

 そもそも。

 この物語を綴るのは。

 偽犯人を、捕まえてからだ。

 

 「だからと誰彼構わず証言を集めるのも最善手とは言い難いか。現在進行形で体調不良が続出してるってのに、『あの事件について何か思う事はありますか?』なんて質問する時点で結構なサイコパスだ」

 やっぱりお巡りさんに射殺されかねない。「他人の不幸がそんなに嬉しいか!このサイコパス野郎!撃ち方始めぃ!」なんてされたら普通に蜂の巣にされる。


 普通なら他人の不幸を悼むもんだけど。

 誰もが殺人犯や名探偵になれないように。

 誰もが善良な一般市民にもなれない。

 

 ならば、誰に証言を頂くのか?

 此処は賭けだったが、友人筋を頼るのがリスクは少ないように思えた。偽犯人グループに所属しているとは考えたくなかったが、それでもしも友人筋が偽犯人ならば高砂さんにそう報告すればいい。偽犯人でないならば、何かしら適当な理由を付けて(当然、ボクが真犯人ですとは言わない。このサイコパス野郎エンドは徹底的に回避させて頂く)事件を調べていると話せばいい。

 校舎二階。

 渡り廊下から中庭を見下ろせば、まるでブルーシートとキープアウトで装飾されているようだった。鑑識のお巡りさんが大勢いる光景もまた、非日常であったし。何よりも何度も同じ校内放送が繰り返し流れる事が、終盤のバイオハザードを連想させたのだ。あのゲームの自爆装置が入った辺りに、雰囲気は近い。

 ま、困った事にボクのアイテム欄にはカスタムショットガンもカスタムマグナムも無ければ事件を解決する為のワクチンも無い。


 財布と罪悪感だけだ。

 今の持ち物は。


 「下校しろと言われても皆は必ず残ってる。まずはボクもセーフハウスに入ろう」

 タイプライターとアイテムボックスは無いが、拠点はボクにも存在している。 

 事件捜査を始める準備として。

 ボクはボクのセーフハウス。

 生徒会室へと、入場するのだった。

 

 

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