第6話

 考え得る可能性というか危険性というか、危機管理やリスクマネジメントの話になる。これを完璧に熟せる人間が存在するとすれば、“何もしない”に尽きるし“何も出来ない”に行き着くとは言えないだろうか? 

 外に出るだけで様々な可能性が産まれる。

 クルマに轢かれたり転んだりという日常生活の範疇にあるものから、通り魔に刺されたり落雷に打たれたりという非日常に属する危険も可能性として浮上してくる。

 だから本当の意味での生存を願うならば、穴蔵か洞窟にシェルターでも建てて何処にも行かずが正解だ。穴熊は将棋だけではなく実生活においても充分に機能する。


 しかし条件が付く。

 穴熊として生きるのが有効なのは。

 状況における切り札を持っている場合だけだ。


 「ん。だからつまり我々はフットワークの軽さを活かして動くのが最善手になるわけなのだがね。少年も確認した筈だ。あの足跡の数は尋常じゃない。“何処に偽犯人が居るのか解らない。”これはね、あまり良くない状況というか戦況だ。偽犯人側が少年を真犯人だと知っているかどうかは別にして、我々は今、幽霊を相手にしているのと同義なのだからね」

 高砂さんは当たり前のようにボクに協力を申し出た。その申し出を当たり前のように断り教職員に助けを求めますと言ったのだが、それは止めておけと強く注意された。石灰が写し出した足跡の多くは運動靴やローファーのソールだったが、その中にビジネスシーンで使うような革靴の物が混じっていたかららしい。

 つまり。

 偽犯人の中には大人も存在する。

 それが教員なのか事務方なのかは解らないのならば、下手に動くのは急所を晒す事に繋がると。

 本当になんなんだ。

 本当にワケが解らない。

 ワケがというか、全部解らない。

 偽犯人が誰なのかも。

 犯行動機も犯行方法も。

 何よりも、だ。

 真犯人のボクが悩んでいる。

 この状況がまず一番ワケが解らない。

 「穴熊ではなく風車として動くのは理解しましたが、事件に対してボク等が動くのも不自然なのでは?真犯人がボクだと露見するのが怖いわけではないですが、偽犯人側が警戒をしてしまえば真相から遠退きますよ?」

 「逆だよ。其処征く少年。確かに生徒一人が事件に対して嗅ぎ回れば警戒もするだろうさ。だが私は名探偵であり用務員だからね。ある程度行動範囲に自由があり、且つ調査も出来る。この騒ぎについて『証拠』を集めるのが私の役割になるだろう。そして少年は少年で生徒として事件に対して動けばいい。生徒同士の噂話や先生に相談したりしてね。少年は『証言』を集めるのが仕事となる。ん。ツーマンセルで動く強みというわけさ」

 慧眼だった。

 写真撮影していても用務員さんならば怪しまれない。流石に遺体遺棄の現場を撮影は不可能だろうが、其処に至る何かを形として残す事は可能だ。確かに学園探偵は用務員にしか務まらない。

 それは正しく、慧眼だった。

 そして重ねて聡明でもあった。

 今現在、けたたましいサイレンが鳴り生徒には集団下校を促す校内放送が何度も鳴っている。不安に包まれた空気が蔓延する今ならば、口が硬い生徒であったとしても、何かしらの証言を得る事は出来る。危ないのは証拠と証言を集めているのが同一人物だった場合、偽犯人側から警戒されるのだろうが、それもボクと高砂さんとのツーマンセルならば分担で個別に動ける。


 しかし何故。

 高砂さんは用務員さんをしているのだろうか。

 こんなに頭の回転が早いのに。

 何よりも。

 何故、人が死ぬような現場に馴れているのか?


 「ん。どうしたんだい、其処征く少年。ああ、そうだったね。情報の共有だったか。そうだね、私のアカウントを教えるから連絡はアプリケーション内で行うを厳にしようか。本来、生徒と用務員がこうして会話をしているのも不自然なんだ。今の状況がそれを許しているだけでね。ん?ん?」

 「……了解しました」


 スマートフォンでそれぞれのSNSアカウントの連絡先を交換し、先にボクが真の犯行現場から離れた。このまま下校せずに校舎内に残る生徒に話を聞いてみなさいとの指示だったので、一応はそれに従うようにした。

 ボクの判断だけで動くのは場を乱す。

 今は高砂さんに追従し動いた方がいい。

 続々と集まるお巡りさんや野次馬が校門に集まるのを遠目に確認し、ボクは震えるような校舎に足を向けた。

 


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