第5話 さ、ほんじゃお付き合いくださいな

 ボクと高砂さんが選んだ選択肢。それは民衆に紛れ込み偽犯人を探すの一択だった。ヤケクソになってボクが高砂さんを抱えて屋上から飛び降りても殺人犯の末路としては相応しいのかもしれないが、殺人鬼に認知がレベルアップしてしまっている以上はヤケクソになる事すら赦されまい。

 赦されるって。

 誰になのかは考えないようにした。

 選択肢が転落死。

 それは言葉遊びにすらならない。

 「ん。手早く偽犯人を探すのか保身に努めるのか。我々が選択するべきは後者になる。しかしながらまた謎というか問題が現れる。この場合は問題というか難題だね。”偽犯人が君を真犯人だと知っていた場合、我々の動きは全てが後手に回る”んだ。何故ならば偽犯人は真犯人である君を無期限に脅迫する事が出来る。そして、そうでない場合、君が真犯人だと知らずにたまたま遺体があったから中庭に移動させた場合だよ?この場合は推理も推察も予測も推測も先読みも読心も何もかもが不可能だ。事件ならば名探偵がなんとかしよう。だがテロは名探偵の守備範囲外で管轄外になる」

 「目的の視えない暴力だった場合、確かに名探偵は何も出来なくなる、か……。」

 高砂さんは用務員である。

 名探偵ではない。

 しかしながら、名探偵ムーヴをしているのは確かだ。惜しむらくはハゲのチビで、全くカッコ良さが無いに尽きる。

 身体的特徴が評価になるのは悪習だが。

 正義の味方はイケメンか美人。

 それが世の常である。

 

 ボクは高砂さんの発した言葉を反芻し反復していた。事件ならば名探偵がなんとかするが、テロならば名探偵でもなんともならない。

 

 テロ。

 つまりは暴力を見せつける事か目的であり偽犯人とボクが相対するであろう関係性を有さない場合、人間を読み解く探偵は無力になる。謎を解き明かすのが探偵だ。カウンターテロでテロリストをやっつけるのは公安調査庁の役割というもんだ。

 この場合。

 確かにどうしようもない。

 遺体をたまたま見つけたからリサイクルして銅像に突き刺し、校内に恐怖をバラ撒く。

 それが目的ならば。

 偽犯人の内面は読み取れない。

 内面というか。

 何も読み取れない。

 何も視えてこない。

 宛ら。

 嵐の孤島に現れた殺人鬼のように。


 「もし偽犯人がUN・オーエンのような殺人鬼だった場合、この物語は即座にエンディングって事なんすかね?」

 「ん。まあ、UN・オーエンは登場人物の内に居たわけだから厳密にはそうではないね。しかしながら其処征く少年の言う通りだ。殺人鬼を相手にするのは探偵ではなく機動隊だからね。この学校法人に重武装の機動隊員が投入され、怪しい人間は端から捕まり尋問されるのだろう」

 これは難しい話だった。

 このまま、偽犯人とボクとの関係性が見つからなければ普通にお巡りさんが装備を固めてやって来るし。

 よしんば、偽犯人とボクとの関係性を見つけたとして。それは高砂さんとの物語の継続を意味する。

 どっちが良いかって。

 どっちも嫌だった。

 理由は言うまでもない。

 言われなければ解らないならば。

 敢えて言う。


 どっちも、ボクに主導権がない。

 真犯人であるボクが。

 後手に回るしかない。


 「ん。ミステリ小説だとね。こういう場合は少年の関係者が殺されて第二の殺人が起こるんだよ。それで物語が拡がる。其処から犯人は誰なのかを推理したり、犯行に使われたトリックを言い当てたりね。でもそんなのは無能の証だろう?『本当の名探偵ならば、第二の殺人を予防しなくてはならない』とは思わないかい?ん?ん?」

 「や。小説なんだから物語を拡げるには仕方がないんじゃ?」

 「小説ならば、ね」


 そう言う高砂さんは用務員道具なのだろう大きな鞄から小さな袋を取り出し内容物である白い粉を真の犯行現場に撒き始めた。

 一面が白くなる。

 泡に包まれたように。


 「ん。なかなか今の時代は見なくなったかもしれんけどね。昔はグラウンドに白線を引くのにもコレを使ったものさ。今は花壇の肥料として使ったりもしているがね。ん。ん」

 「石灰、すね……」

 「ん。用務員こそがね、学園探偵には相応しいんだよ。何故ならば鑑識捜査に用いる道具と同じ物を日々使うのだから」


 白に染められた犯行現場に。

 段々と浮かび上がるのは。


 足跡だった。

 大勢の。

  

 

 

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