第2話 共犯関係を求める用務員。高砂さん

 包丁を握りしめながら走って逃げ出したので返り血が滴りヘンゼルとグレーテルのように足跡というか痕跡が完全に学校周辺に残ったのだろう。高砂さんの追跡は驚くほどに正確であり精密であり精緻だった。これは高砂さんの追跡術が名探偵並みだとする証明にはならなかったし証左にもしたくなかった。ボクが記録した血痕を辿っているだけなのだと、思いたかった。


 だって変態なんだもん。

 フーッ!

 フーッ!

 と鼻息荒く。

 顔を真っ赤に染めて。

 用務員さんがボクを追ってくる。

 ボクは人を刺した犯人としての自首より。

 まずは、あの変態から護って貰うために。

 お巡りさんに。

 助けを乞うべきなのかもしれない。


 普通に考えたら包丁をその辺に棄ててから逃げれば良いとも思うのだが。高砂さんがすぐ後ろに控えているので投棄モーションによる速度低下は望ましくなく、また自首をしようとしている人間が兇器を棄てるという行為は罪の隠匿を謀るを意味するので良心の呵責から自首を考えているボクとしては芳しくない。小高い丘の上にある学校からいつも登下校をしている長い坂を真っ直ぐに駆け下りる。

 血痕を残しながら必死に逃げる学生と。

 真っ赤な顔で追う用務員さん。

 世間様が客観的に分析をすればボクが何か重大な罪を犯して(いや、人を刺してはいたが)大人に追いかけられていると認識するのだろう。

 罪を糾弾し罰を与える為。

 大人として。

 追っていると認知するのだろう。


 「ん。其処征く少年。こうして鬼ごっこを続けるのも青春時代を思い出して悪くないのだがね。私は学生陸上の記録保持者でね。少年が逃げ切れるとは思えないのだよ。どうだろう?一旦、小休止を提案したいのだがね。ん?ん?」


 と走りながら話す高砂さん。

 口調は丁寧で落ち着きもあったが。

 顔は真っ赤で息は絶え絶えだった。

 地獄の獄卒を思わせる鬼気迫る表情は。

 なんだか、面白かった。

 

 

 

 

 

 

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