5、ぱちもん通りの冒険(その二)
「よく来たね、少年少女たち」
背丈は俺の頭一つ高い、サマーセーターの上にに白衣を羽織った、黒ぶち眼鏡のイタチが、腕組みしつつ笑う。
その背景には、妙に温い空気と、耳に刺さる電子音が響いている。
懐かしい箱型筐体。ちらちらと見えるのは、レバーとボタンで操作するアーケードゲームの画面だ。
ゲームセンター『人参畑』。
その店主である
「今こそ旅立つのだ! クエストを果たした暁には、好きな褒美を取らせよう!」
「じゃあ十連プラチケください」
「……それはおねえさんの力を越えている。何か別なものを願いたまえ、少年」
癖のある喋りといでたちは、いかにも紡と気が合いそうなタイプだ。
っていうか、いくら外見年齢が若くなっても、いい歳したおっさんを少年呼びしないでほしい。
「とまあ、冗談はさておき」
「冗談のつもりだったのかよ。ノリが明らかに九十年代、あんたも明らかにお――」
「――おねえさんだよ。それ以外の呼び方は絶対にノウ! でないと」
白衣のおねえさんの後ろから、空飛ぶ円盤が姿を現す。
プロペラも推進機構のノズルもないまま、音もなく浮遊するするそれが、下部についた筒状のものを向けてくる。
そして、真紅のレーザーポインターが、俺の額に当てられる。
「禁断の超科学、スレイブ君一号機『アダムスキー』が、君の頭蓋を撃ち貫く」
「
「お、おう」
「次から仕事相手は選べ、オーケー?」
「オ、オーケーだ、リーダー」
店主の存在はたわけていたが、内容自体はシンプルで分かりやすかった。
「西の機獄崩落跡、いわゆる『廃ビル群』から、電子部品や配線用のコード、もし見つけたら、ゲーム筐体の基盤を発掘してきてほしい。それと燃料用の結晶だな」
「もしかして、このゲーセンのメンテナンスパーツ?」
「その通りだ少年。一応、ここは『インスピリッツ』所属だが、独立採算制を取っていてね。家屋の維持費やわたしの給与は出してくれるんだが、それ以外は自分で何とかしろというお達しだ」
そして彼女は、いかにもゲーセンらしいカウンターの奥から、一振りの短剣を取り出してきた。
「結晶武器。銘は無いが、そこそこいいものだ。使い方は分かるかな、少年」
「いい加減恥ずかしくなってきたんで、少年呼びは止めてもらっていいか? ……前に文城のを使ったことあるから、問題ないと思うけど」
「それが今回の報酬だ。ギルドから護身用にと渡されたんだが、かよわいおねえさんは剣が装備できないと、ルールブックに書かれているんでね」
ついでに剣帯まで手渡されて、腰に吊ってみる。
ネズミの俺にも、ちょうどいい長さ。意外とまんざらでもない感じで、口元がニヤついてしまう。
「まさに馬子にも衣裳。旅立ちの装備品にぴったりだな、少年!」
「いや、マジで止めていただけませんか、それ。ホントマジで」
「というわけで、報酬も前払いしたし、きっちり仕事は果たしてくれたまえ、期待しているぞ、若者たちよ!」
おいおい、マジでいいのかよ。
結晶武器って、かなりお高いって話を聞いてたんだけど。
そんな俺の気持ちを察したのか、紡は頷いた。
「攻撃補助の方法は無理でも、護身用の武器なら何とかなると思ってさ。あと、西の廃ビル群は、ダンジョン攻略の練習場代わりにもなってんだ。そういう経験も必要だろ?」
「イヌ頭にしちゃ、そこそこ考えてんじゃない」
「ホント、戦闘関連にだけは、鼻が利くな―」
「褒めてくれ褒めてくれ! オレって褒められて伸びるタイプだから―!」
そんなことを言ってる俺たちに、店長は人数分のビンを差しだしてきた。
蓋の部分がラムネと同じビー玉で止まっていて、蝋で栓が封じられている。中身は透明ではなく、茶褐色の炭酸だ。
ラベルには『katasubeer』というロゴがあった。
「門出の一杯だ。グッといきたまえ、少年」
「『カタスビア』……ゲーセンには炭酸飲料がつきものとは言え……こんなもんまであるのか」
指でビー玉を落とし込み、その液体を口に含む。
強いアニス香とリコリスの風味、混ぜ込まれた各種スパイスの冷たい流れが、喉の奥へと激しく泡立ちながら、染みていく。
「っかぁーっ、キツイなぁ! なるほど、ルートビア系か、シップくせぇ~!」
「脂とチーズギトギトのバーガーと合わせると、更にベネなんだがね。『EAT UP』でも扱っているから、ぜひ試してみたまえ。ただし、ハマり過ぎると体重爆増だから、そのつもりでな、少年!」
そういやこの店主、微妙にイタチっぽくないボディラインしてるけど、多分実体験なんだろうなあ。
いつか、
「よし、
「いきなり何なの!? 心を読むとかそういうギフテッドなの!?」
「おねえさんには、少年の心を無条件に覗く権力があるのだ。古事記にも書いてある」
「やめてよ! 少年のハートを荒らさないで! ノーモア思考警察!」
そんなアホなやり取りを終えて、俺たちが外に出るころには、昼飯時になっていた。
あちこちの店から、うまそうな煙や湯気が立ち昇り、ジュースを飲んだきりのすきっ腹に染みてきた。
「んじゃ、折角だから『EAT UP』でも行く?」
そういう紡の目は、その店に行きたいと全力で主張している。
そういえば、こっちに来てから外食をするのは、これが初めてか。
一応、ムーランや親方のところで食事はしてたけど、手軽さのせいで、文城に頼りっぱなしだったからな。
「よし、それじゃ俺が奢るよ」
「マジで!? でも、いいのか?」
「一応、聞くけど、そのお店って……お高め?」
「だ、大丈夫だよ。冒険者のみんなが、安くて量があって、美味しいって!」
心なしか、文城の顔も期待に輝いている。性格のせいもあって、こういう食事の機会がなかったんだろうな。
その店は、西口のアーケードの近くにあった。来た時は営業時間外だったから、シャッター降りてて気が付かなかった。
外観は、この辺りでは珍しい、木材をふんだんに使ったログハウス風。でかい看板に『EAT UP』とポップな書体で描かれていた。
「
「実を言うと、そうでもないんだよねー。デザート系も置いてあるし。むしろファミレスに近いかも?」
「ちなみに、ここもギルドなんですよ。魔界の食材を料理するために結成された、食の探求者たちのギルド」
そう聞くと、ちょっと腰が引けるな。
食い物が皿から逃げ出す系とか、そういうのはちょっと勘弁なんだけど。
「はい、いらっしゃーい! あ、紡君、今日はお友達と一緒?」
店の中央にはでかいオープンキッチンがあって、いくつもの五徳が立ち並んで、火が吹き上がっている。
その上には、フライパン、中華鍋っぽい代物、寸胴、鉄板、焼き網が掛けられていた。
それぞれの調理器を面倒見つつ、こっちに挨拶してきたのは、白いコック帽と制服の、ふとましいキツネの
「違いますよ店長。俺の冒険者仲間っす」
「そういやこの前、十階行ったんだっけ。おめでとー。ほら、空いてるとこ座って!」
ボックス席に入ると、ムキムキした体つきの犬が、人数分の水を置いて行ってくれた。
二の腕や肩口の毛皮が剥げて、何かの傷跡が残ってたところを見ると、ここの従業員みんなが、食材を狩ってくる冒険者ってことなんだろう。
そうこうしている間にも、普段着の住民に混じって、ダンジョンから帰ってきたばかりの武装した連中が席についていく。
「ちょうど混む寸前だったなー、危なかったぜ」
「ゆっくり話す感じでもないから、さっさと食って出よう。細かい話は『ムーラン』でもできるしな」
「な、なに食べよっか。いっぱいあるよ」
受け渡されたメニューには、意外なことに地球でよく見た料理名が並んでいる。
もちろん、聞いたこともない材料の料理があったが、そっちは試さないでおくか。
「んじゃ、この
「オレもチャーハン餃子。どっちも大盛りで」
「パンケーキとビーベリーのソルベ、コーヒーセット」
「クラブハウスサンドとビーソーダで、お願いします」
「……す、ステーキセットとか、頼んでもいい?」
俺は笑って頷き、ウェイターさんを呼んで注文する。
それにしても、本当に盛況だな。
出されてくるメニューは、調理されてしまえば見知った料理そのもの。ゲテモノをゲテモノとしてお出しするような、露悪趣味は持っていないらしい。
だけど、俺は一つ、妙なものに気づいてしまった。
「……ビールや焼酎のおともに『死肉漁りの塩辛』……っ!?」
「あらお客さん、お目がたかーい!」
いつの間にか、両手に料理を持ったキツネが、笑顔で配膳を始めていた。
「い、いや、死肉漁りって、あの気色悪いウニみたいなやつでしょ!? あれを、食うんですか!?」
「みんな最初はそう言うんだー。食べると結構、病みつきになるよー。試してみる?」
「だ、だって、病気とか、毒とか」
「ああ。あれってシガテラの一種なんだってー。養殖してるのは臭みだけで、そんな問題はないよ? あ、天童君! 二卓のこのお兄さんに、ビールと塩辛のセット一つ!」
まてまてまて、なにをこともなげに言い放ってんのこのヒト。しかもなんか、俺が食う流れになってる!?
全員の料理が目の前に並び、俺の料理には、余計なものが追加された。
どぶ川みたいなグレーに染まった、ドロッとした代物。こうして距離を取っても、臭豆腐と塩辛と酢の物を足したみたいな、癖のある臭いが上がってくる。
だが、その隣に置かれたのは、ある意味甘露だった。
薄い黄色に染まった液体が泡立ち、汗をかいたビールのジョッキ。
キンキンに冷えて、いかにも美味そうだ。
「あ、聞くの忘れたけど、お酒大丈夫ー?」
「いけます、けど……マジで、食えるんすか?」
「お客さんがいなくなるの困るから、細心の注意を払って製作しておりまーす。ささ、一口食べた後、ビール行っちゃって」
くっそ、昼間っから飲むビールは最高だってのに、いきなりゲテモノのおつまみか。
とはいえ、ちょっとだけ味には興味がある。
俺は中に入っている紐みたいなそれを、箸で摘まみ上げて、目をつぶって噛みしめる。
「ん……ぅ、きくらげ、っぽいな。塩辛になってんのに歯ごたえが……ああ、臭いけど、かなりマイルドっつーか、ブルーチーズ系だな」
「げー、勇気あんなぁ孝人。俺、それ食った時、吐き出しちゃったんだけど」
「ほ、ほんとに、美味しいの?」
その問いに答えることなく、俺はぐっと、ジョッキをあおる。
喉を鳴らし、苦味の少ない、焼く前のパンだねを感じさせる香りの液体で、口に残ったうまみと臭みを胃の中に落とし込む。
そして、深々と嘆息。
「ッ……カァ~ッ」
「うわっ、オヤジ臭ぁっ!!!!!」
「いや、失礼。店長、このビールいいっすね。ヴァイツェンっぽくて」
「保食麦で造ったビールって、そういう感じになるんだよね。黒ビールにすると、すごく華やかな香りになるし」
そういや、親方のところは焼酎ばっかで、乙女さんのところはハイボールかアブサンばっかだったからな。久しぶりのビールは、心底体に染みた。
「そういや、この塩辛って、チャーハンに掛けても良さそう」
「いいよいいよー! そうやって、どんどん美味しく食べてって! ビールお代わり、二卓さんね!」
「うわ、だ、大胆にかけすぎだろ! チャレンジャーすぎるって!」
そんなことを言いつつ、それぞれが昼飯を平らげて行く。
それにしても、文城が食ってるあの分厚いサーロインみたいな部位は、何から取った奴なんだろう。肉汁と脂が透き通っていて、甘辛いステーキソースも本気で美味そうだ。
「ちょっと、食べる?」
「じゃあ、俺の餃子も一個もってけ」
結構大きめの塊を口に入れると、牛とはまた別の、濃厚な肉の味が口に広がる。噛むほどに味わいが強く出て、ステーキソースと一緒に、食道を滑り落ちていく。
「はい、ビールお代わりでーす」
新たなジョッキを受け取って、肉の味を洗い流す。そのまま餃子をつつき、チャーハンを噛みしめる。
麦のチャーハンは濃い味付けて、米のそれよりも弾力がある。たしか、麦は炒め煮にした後で、油で炒めるんだっけ。
この塩気は、醤油とは別の味付けを感じる。多分、しょっつるとかニョクマムとかの魚醤系だろうな。
餃子はどこ行っても餃子というか。こっちには白菜やキャベツは無いだろうけど、この葉野菜、どんなもんつかってんだろ。
あ、ビールなくなってら。
「すみませーん、ビールお代わり!」
「ねえ……その塩辛、ちょっと食べてみて、いい?」
「駄目そうだったら、無理すんなよ」
文城は箸の先をちょっとだけつけて、それをぺろりと舐める。
「んぐぅ、へ、へんなあじ……」
「ブルーチーズ、ゴルゴンゾーラなんか食いつけてたら、そんなに気にならないんだけどな。あれはハチミツ掛けるとうまいんだ」
「こ、これも、そうなのかな?」
「そういう事なら、はい」
いきなり、目の前に追加の塩辛とクラッカーっぽいもの、透明な液体の入った小さいボトルが置かれる。
また店長さんが出てきてるんだけど、大丈夫なのか?
「クラッカーに塩辛乗っけて、軽くシロップ掛けて食べると、似たような味になるよー」
「ど、どうも……」
「今日はビールが進んでるけど、あとでワインとかも試してみてねー」
「てんちょー、厨房詰まってるんでー、戻ってきてくださーい」
上機嫌で戻っていったキツネの店長は、豪快にでかい鍋を振っていく。
どうも塩辛の件で、店長の気を引いてしまったらしい。時々あるんだよな、癖の強いものとか、個性的な人に気に入られちゃうこと。
「あ、ほんとだ、おいしい」
どうやら文城の方は、シロップを掛けて食べるやり方が気に入ったらしい。俺も、同じようにしてつまみを作って、ビールを煽る。
「ほんと美味いなー。まさかあの気味の悪いのが、こんなにうまくなるとは」
「な、なんだよ、そんなに言うなら、俺にも一口くれ!」
「すみません、私も少しだけ」
「あたしは、絶対いらないからね! なんでそんなグロ生物を……」
その後も、適当に軽いつまみを頼みつつ、昼飯の時間が過ぎていく。
そして、
「しゅまん、ちょっと、のみしゅぎました」
ふたたび西口のアーケード前に戻った時、俺はすっかり出来上がってしまっていた。
「バッカじゃないの!? いい、ふみっち。間違っても、こういうおっさんになっちゃダメだからね!」
「う……うん」
だって、しょうがないじゃんよぅ、料理もお酒も、美味しかったんだもん。
乙女さんに潰された時よりはましだけど、ちょっと足元がおぼつかない。やっぱりネズミの体だと、アルコール耐性が下がってんのかもなあ。
「こんごは、ちゃんとひかえましゅ。ごめんなしゃい、かんなさん。ゆるして」
「……えっと、これはいわゆるアレ? 飲むと人格変わる系?」
「ほんとうに、みなさんのおかげで、いきていられましゅ。もうしわけございません。ありがとうございましゅ」
ひたすらみんなに頭を下げる。
俺はダメなおっさんだ。頭が上がらない。生きててすみません。
「まあ、俺らもなんだかんだ食っちゃってたし。今日は、解散しとこうぜ……げふっ」
「ふみっち、リーダーおぶってあげて。このままだと、どっかで潰れちゃいそう」
「う、うん……孝人、大丈夫? 乗れる?」
でかくて柔らかい背中に、俺の体が沈み込んでいく。首周りの緩い肉に腕を突っ込み、締め付けないように、しがみついた。
「うあー、ふみきぃ、ありがとぉ……」
「それじゃ、私と紡さんで、明日以降の手配を――」
ほんと、調子狂ってるなあ。
みんなの俺に対する評価、どんなもんになってんだか。出来れば少しでも、プラスの方にいってりゃ、いいんだけど。
『折角だから、甘えちゃえばいいじゃない』
そう言う訳には、行かないっすよ、乙女さん。
リーダーは、みんなの指針で、頼りになる奴じゃなきゃいけなくて。
へこんだりなやんだり、してちゃ、だめで。
あまえてるひまなんて、ないんだ。
「ごめん、あしたから、がんばるから」
文城の大きな背中に、俺はそっと祈りの言葉をささやいた。
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