4、ぱちもん通りの冒険(その一)
俺たちのギルドのある南街区、通称ベッドタウン。
そこを、塔の前から伸びる大通りを挟んだ向かいには、大きな商業地区があった。
昭和レトロを感じさせるアーケードが再現され、西口の正面には、前掛けをしたタヌキの
アーケードに刻まれた文字には、こうあった。
「『ぱちもん通り商店街』か。おもしろい名前だよな」
「関西、主に大阪で使われる方言でしたね。ニセモノという意味でしたっけ?」
「正確には違うらしいよ」
さすがに、朝方のためか買い物客は少なかったが、それでも商店はシャッターや雨戸を開けて、仕入れや陳列に忙しそうにしている。
先頭を歩きながら、俺は初めて入る通りの珍しさを確認していった。
「本物ではないけど、値段も手ごろでクオリティも遜色ない。そういう『ええもん』のことをパチモン、って言うんだってさ」
「へえー、なんか面白いな」
「それ言ってた関西の友達、いい加減なこと言う奴だったからなぁ。ウソかホントか知らんけど」
少なくとも、この通りに名前を付けた奴は、ネーミングセンスはあったと思う。
「そういえば、ここの設立者、
「だろうな。……だった、ってことは」
「何年か前の肉獄クエストの時に戦死して、西口に『前掛け像』、東口に『守り神像』が建てられたって聞いたよ」
そんなことを話しつつ、俺たちはアーケードの中途にある建屋にたどり着いた。
珍しく、基礎から建てたという三階建ての雑居ビル。入り口のシャッターが半分開いていて、ガラスの引き戸には『てなもんや』とあった。
「ごめんくださーい、お約束していた『パッチワーク・シーカーズ』ですがー」
「おお、おはようさんです。どうぞ、おあがりください」
独特の節回しを感じる声、そのまま中に入ると、そこには山積みにされた新聞や、印刷物らしいものが、地面に所狭しと置かれていた。
そして、部屋の奥から進み出てくるのは、紋付き袴を身に着けた、トカゲの
「てまえ、
袂からすっと差し出される名刺。俺もとっさにポケットに手を突っ込んで、苦笑した。
「すみません。あいにく名刺を切らしてまして。お返しも出来ませんが、頂戴します」
「いえいえ。でしたら、てまえどもにご用命ください。勉強させていただきますよ」
俺は名刺を検め、『てなもんや』が、ギルドとしても活動していると知った。
なるほど、ムーランみたいな非戦闘系のギルド、ってわけか。
そのまま奥の事務所に通されると、俺たちは用意されていた椅子に座って、元町氏と対面することになった。
その背後には、でかいカメラを構えた奴や、メモ帳を手にした奴が控えている。
「しかし、本当にこんなのでいいんですか?」
「左様でございます。てまえどもは情報を商うギルド。特に、この前のダンジョン攻略、なかなか面白いじゃありませんか。それなら、みなさんから直接、お話を伺わせてもらおうと思いました次第で」
これが、
情報収集と出版印刷を扱うギルド『てなもんや』から、インタビューを受けること。
「あ、カメラさん、一番決まる角度で撮ってね。斜めの角度から、顎のラインがくっきり見える感じで、そーそー、いい感じ」
バシバシ焚かれるフラッシュ。目をしばたかせる俺たちをしり目に、グラビアアイドルの如く撮られまくる柑奈。
アイドル気取りというには、撮られ慣れている気がする。
「そういえば柑奈さん、以前のご職業は?」
「あー、うん。vと地下でアイドル生活。二足のミュール? ってヤツ」
「さすが、撮られっぷりが胴に入ってると思いやしたよ。その辺り、ちょいと詳しくお聞かせ願えませんか?」
結構ヒヤッとする質問を、なごやかな雰囲気で繰り出してくる元町氏。柑奈の方は上機嫌で、俺も知らなかったような過去を喋り出している。
こりゃ、きっちり釘を刺さないとダメだな。
「元町さん、枕はその辺で。あんまり長いと、寝床が欲しくなりそうだ」
「……おっと、こいつはとんだ失礼を」
こっちの振りに、一瞬だけ相手の目が鋭くなる。
要するに、彼はこの街全体の情報を握るマスコミだ。友好的に振る舞ってもいいが、開襟の付き合いはやめておいた方がいい。
「で、小倉さんがこちらにいらしたのが、一月と半前。文城さんの
「あんまり派手に書かないでくださいよ。たまたま俺たちのギフテッドがはまって、偶然と幸運で、うまく行っただけの話ですから」
「とはいえ、ダンジョンの階層を吹き飛ばして、十階までの道を開く。こいつをつまらなく書く方が骨ってぇもんですよ?」
そのことに関しては、俺に考えがあった。
切り出しにくいことでもあったけど、ここで公言したほうが、却っていいだろう。
「その攻略法ですけど、今後は封じ手にしようかと思ってます」
「はあ!? なんだよそれ!?」
俺は不満を漏らした紡を見て、それからしおりちゃんを見た。
「あの攻略法は、危険が大きすぎる。この前は何とか成立させられたけど、いつかどこかで、取り返しのつかない事故が起きかねない」
「……練習して、安全確認も、ちゃんとやれば……」
「それでも、万が一の確率が残る。そして、それを引けば、俺たちは終わりだ」
あの時は成功させることだけに頭がいっぱいだったし、危険性を指摘しても士気が下がるだけだから黙っていた。
だからといって、今後も危ない橋を渡り続けるつもりもなかった。
「ああいう作業は、慣れてきてからが怖い。そして、安全装置も緊急回避もない状態で火遊びを続けるなんて、パーティリーダーとして、認めるわけにはいかない」
「……せっかく、俺の超魔法が、使えると思ったのに」
「それにな、例の方法を聞きつけて、時々よそから打診があったんだよ」
甲山組や山本工務店から、あるいはフリーの引率屋から、例の攻略法を使わせてほしいと、話が持ちかけられた。
「もし、そうなったら、お前もしおりちゃんも引っ張りだこだ。お前はともかく、しおりちゃんは体力に不安がある。そんな状態を続けたら、どうなると思う?」
「……それは、わかる、けど」
「お前の魔法は、俺が必ず、何とか使える方法を見つけてやる。悔しいだろうけど、今は納得してくれ」
紡は頭を抱え、それから両手で頬をひっぱたいた。
「分かった! 聖竜天狼騎士団の名に懸けて、あの力は封印する! しおりに辛い思いをさせるのも、なんか違うしな!」
「しおりちゃんも、それでいいかな?」
「はい。リーダーの判断は、正しいと思います」
その後、いくつか個人的なインタビューを個別で受けて、依頼は完了した。
「いやいや。大変楽しいお話を頂戴して、ありがとうございました。記事が刷り上がったら『ムーラン』の方へ、お送りしますんで」
「初稿に赤は入れさせてくれないんですか?」
「おや失敬。でしたら、原稿ができ次第、お送りしやすよ」
こっちが言わなきゃ、素通しするつもりだったな、このジジイ。
あることない事、吹聴されたらいい迷惑だ。初稿刷りも見ずに出されてたまるかよ。
俺は他のみんなを先に行かせて、いかにも胡散臭い紋付に向き直った。
「うちはまだ、駆け出しもいい所のメンツです。騒ぎ立てられて、若い芽を潰されたら、たまったもんじゃないんですよ」
「こいつぁ手厳しい。とはいえ、成果を誇って名を売るのも、冒険者稼業ってやつには、必要なんじゃありやせんかね?」
「この前のは、いわば『悪い成功』です」
みんなのやる気を削ぐのも嫌だから伏せていたが、あれは成果には含められない。
だから、さり気なく、取り除けるつもりでいたんだ。
「本来なら、地道に実力をつけて、一階づつ経験を積んで、その結果手にするべき成果だった。でも、一足飛びで、奇跡みたいに成功体験が手に入った」
「それに胡坐をかいて、なんでも簡単にうまく行く、なんてことは覚えさせたくない。そうおっしゃるんですかい?」
「それで、前いた会社がめちゃくちゃになりましたからね。先輩が打った、まぐれのホームランで、みんなおかしくなっちまった」
不可能だと言われていた、大規模なシステム改修。本来ならバグとグリッチの塊だったはずの企画を、奇跡みたいな整合性にまとめ上げてしまった。
その立役者は、謙虚に言い残して会社を去った。
『すべては、神様の思し召しさ。俺の手柄じゃない』
だが、悲惨だったのはその後だ。
社長というのは、概して二種類に分けられる。
自社の成果を部下のものとして評価できる奴と、いいことは全部自分のおかげ、悪いことは全部部下のせいと考える奴だ。
そして、俺の上役は、後者だった。
「古臭いと言われようと、楽して得取れと言われようと、俺は、そんなのは認めない。そんな空虚な代物、いつか必ず、ボロが出るからだ」
「……小倉さん、あんたぁ今時、珍しいヒトだ」
なぜか、目の前のトカゲは寂しそうだった。苦い、残念そうな笑みが浮かび、
「我を張って、無理はせんでくださいよ。正しいやり方は、支持されねえことの方が、はるかに多いんですから」
「今更ですよ。そうやってたから、ここへ堕ちてきたんです」
「そういや、報酬がまだでしたね」
彼は小さな紙片に書かれたメモ書きを手渡してきた。
「十三階層、『永久の金時計』。そして、十三階の裏トレジャー、『歪曲の竜頭』の情報です。ご笑納ください」
「確かに」
「それと、その時計の『真の力の解放』についても、いくらか書き添えておきやした。うまくお使いなさいよ」
俺は一礼して、事務所を後にしようとした。
そのまま振り返り、ちょっとした仕返しをすることにした。
「あっちじゃ、真打ぐらいには上がれたんですか、元町さん」
「……ずいぶんと、嫌味な『下げ』を持ってきなさったもんだ……高座にも上がれなかった半端者ですよ、あたしはね」
「おあとがよろしくない者同士、仲良くしましょう。それじゃ」
店を出ると、何かを期待するようにみんながこっちを見る。手にしたメモを掲げると、俺は柑奈に頷いてみせた。
「俺の課題、お前のおかげでうまく行きそうだ。ありがとな」
「感謝しなさいよ。ついでに崇めて、盛り上げて、讃えまくりなさい」
「チョーシに乗んなよ。一人だけ写真撮られまくりやがって」
「イヌの顔なんて、この街じゃ宣伝にもならないでしょ。やっぱりあたしが適任なワケ」
そんなじゃれ合いを聞きながし、俺は空の具合を確かめる。
昼にはまだ時間があるし、仕事を片付けるなら早い方がいい。
「もう一件回ってから、飯にしよう。そこで今後の動きの調整を話し合うか」
「次はオレの奴だな! ついてきてくれ!」
リードを外された大型犬みたいに、白い姿が通りの向こうへ駆けていく。
俺たちは慌てて、その後を追った。
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